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ジャマイカのジャングルと水木しげる
ある日、私はジャマイカの山の中にいた。首都キングストンから車でスパニッシュタウンを抜けて、ボブマーリー生誕の場所であり、お墓でもあるナインマイルズに向かっていた。今のジャマイカは、道が整備されていて舗装されたキレイな道路があるらしいが、当時は砂利道だった。
車から爆音で流れる、シュガーマイノット、ルチアーノを耳だけでなく全身で感じ、車の天井や窓に頭をゴンゴンぶつけながら山奥へ進んだ。なぜジャマイカのドライバーはこんなに細い道を自信満々で100キロで飛ばすのか?
途中に何度かベンダー〈サービスエリアのような簡易的なお店というより屋台〉に立ち寄ると、タバコを1本単位で買えたり、ぬるいペプシコーラと割れたオレオを買った。道路すれすれの所でお母さんに髪を編んでもらってる小さい女の子が、お母さんに隠れながら私を見てた。アジア人を見たことなかったのかもしれない。
エアコンのない車で、ヘアピンカーブと八の字みたいな山道を進むと、排気ガスや虫や土ボコリがガンガンに入ってくる。ずっと具合悪くてもたれて外も見ずにいたら、乾いた暑い空気から、ヒヤッと湿った空気に変わった。外に目をやると、そこはジャングルだった。
私がジャングルを見たのはこの時が初めて。
日本で見る、森や山とは全然違う緑色。シダ植物がうっそうと生い茂り、どこまでが一本の木なのか、ツルが絡みまくって、その隙間から光がキラっとさしてくる。
映画でみたような景色が目の前に広がっていて、息をのんだ。インディジョーンズにでてくるような攻撃的な原住民がでてきてもおかしくないし、か弱いアジア人が簡単に生贄にされてもおかしくない状況だと思った。ショートパンツにタンクトップにビーチサンダルでは戦えない。せめて武器が欲しいと考えていた。
その時にふと、好きな漫画家の水木しげるを思い出した。
子どもの頃に読んだ本で、水木しげるが妖怪を描くようになったのは、戦争中にインドネシアのジャングルで過ごした経験が描画背景にあるらしい。うっそうとしたジャングル、昼でもこんなに気持ち悪いのに夜にこんなところにいたら、すべて妖怪に見えても仕方ない。想像力が豊かな水木しげるにとってはジャングルは精神的に耐えがたい場所だったに違いない。
ジャマイカのジャングルで、渦巻くシダ植物が顔に見えてきて本気で怖くなり、足元からまとまりつく湿気を前にした時、私はジャマイカに全く関係ない水木しげるのことや妖怪のことばかり考えていた。いつ妖怪がでてきても対処できるように、念仏を唱えられるか頭の中で確認していたし、ここはキリスト教の地だから仏教の教えは妖怪には通じないのでは?とか本気で考えていた。アーメン!で悪霊退散できるのか?あれ?そもそも妖怪て悪霊?喉が渇いて、思考がまとまらない。もうダメだ吐きそう。
そんな私の顔色がよっぽど悪かったのか、ドライバーが
ok? miss chin?と心配してきた。
そうだ。私はジャマイカのジャングルでbadに入っていただけだったのである。