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「雄安新区」についての記録と考察

これは、中国語のまったく話せない大学生が、同じく中国語のできない友人3人とともに、中国の国家経済新区を冒険した、という旅行記である。

2017年4月、中国の習近平政権は、「北京から100キロ圏に河北経済圏をつくる!そこを『雄安新区』と名付け、千年に一度の国家プロジェクトとし、自由貿易試験区をつくり、深セン、浦東に続く中国経済の中枢とする!ウンヌン…」と発表した(当時のわたしはそんなことなど知りもしなかった)。

そして時は流れ2019年9月。ただの好奇心で、わたしと友人3人は日本語ベースの情報の限られた、「雄安新区」へと向かう高速鉄道G列車に乗っていた。
もともと中国行きは卒業旅行のつもりで計画していた。知っているようで実はよく知らないお隣の大国を見てみようよ、という話は、4000年の歴史流れる中華帝国という一面だけではなく、近い将来世界経済の中心となり技術のハブとなるような未来国家としての中国を覗こうよ、という話になった。その一環として、最新の国家プロジェクトの現場である雄安新区に突撃してみた、という流れだ。

もっとも旅行前から不安要素はいくつかあった。
まず、日本語での情報量がものすごく少ない。近年の訪中邦人の減少に伴ってか、北京や上海の観光情報すらそんなに多くはなく、雄安新区についての情報なんて複数のビジネス系メディアにしか載っておらず、どこを訪れればよいかも漠然としていた。

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なぜなら雄安新区といっても、上の地図で赤マークされた範囲全般を指す(保定市を中心に、雄県、安新県、容城県などの3県を含む、という。広すぎるねん)。
そのどこを見れば「千年に一度の国家プロジェクト」に出会えるのか、それはちょっとわかりにくい。

数少ないビジネスニュースと、旅ブログやビジネス系記事、中国事情を書いた新書などを漁り、とりあえずわたしたちは「雄安新区市民服務中心(市民サービスセンター)」へと向かうことにした。 

次に、わたしたちの誰もが中国語を話すことも聞くこともできなかった。これは英語圏以外の国に行くときはいつもそうであるので、旅行前は大して気にも留めていなかった。英語は世界言語になりつつあり、どこの国でも観光地ではかならず英語が通じる。しかし実際に中国入りすると、びっくりするほどに英語が通じない。見た目がアジア系なことも手伝ってか、かならず中国語で話しかけられ、英語を話しても中国語で返される。そんな状態で情報量の少ない地域へ赴くことは(少なくともわたしにとっては)冒険に感じられた。

そして、中国政府が雄安新区の実情について、情報を開示していない、という話が入っていた。不動産投機を抑制するためだというが、果たしてそんなところに人民カード(中国版マイナンバーカードのようなもので、中国人13億人が皆持っているという。IC式の身分証ではあるが、さまざまな経済活動の局面でこれが求められることに驚いた。これにより政府は国民の移動を把握できるということなのだろう)を持たず、ツテの一切ない外国人が立ち入ることができるのだろうか。

そんなこんなでも、とりあえず当たって砕けろ、の気持ちでわたしたちはG列車に揺られていた。
ちなみに高速鉄道のG列車には、パスポートで駅(火車、Railwayの表示のあるところ)の専用ターミナルへ行き、その中の窓口でチケットを買い(日本円でだいたい2000円くらい、人民カードのない外国人は窓口購入しかできないが、スマホの画面を必死に見せて乗りたい列車をアピールしてなんとかチケットをゲット)、搭乗時刻までにゲートへ向かえばわりとすんなり乗れる。それでもってかなり快適なのにも驚かされる。

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中国高速鉄道は速い。北京ー保定間のおよそ150kmを40分程度で駆け抜け、あっという間に雄安新区の入り口ともいえる白洋淀駅に着いた。

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…なんもない…

いや、あまりに何もなくて、のどかな田園風景が広がっていることに、想定内ながらも驚いた。

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画面右奥に、急ピッチで何か高層ビル群が建設されてはいるものの、わたしの故郷、福岡市西区(福岡のなかではわりと田舎)にソックリな風景で、ちょっとだけ笑ってしまった。ほんとうにここで千年に一度の国家プロジェクトが進められているのだろうか?

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しかし駅には、「中国自由貿易試験区設立熱烈慶祝!!!」をはじめ、雄安新区をアピールする看板が煌々と光っているので、どうやらここで合っているらしい。ふむ。

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駅のロータリーにはこんなものもあった。ここから徒歩30分程度で市民サービスセンターに着く。(睡眠不足により歩く元気がなかったのでトライシクルを捕まえ、さくさくとセンターの入り口についた。)

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そこから無料シャトルバスに乗ること5分、市民サービスセンターに到着。

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土曜日、かつ中秋節のど真ん中だったこともあってか、センターは家族づれで賑わっていた。どうやら政府の打ち出す「未来都市」の見学に来ている様子で、夕方になると次第に人が増えていた。おそらく無人ホテルに宿泊体験をするのだろう(人民カードもWeChatPayも持っていないわたしたちはそれはできなかった。無念)

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そこから数時間、わたしたちは政府の雄安新区PR映画を観たり、無人スーパーに張り付いたり、書店を歩き回ったり、モビリティ最先端の自動運転自動車を舐め回すように見たりと「未来都市雄安」を体験した。
中でもキャッシュレス化の徹底には目を見張るものがあった。映画館のチケットカウンターで現金を見せると受付のお姉さんに爆笑されたり、自販機でジュースを買おうとすると現金投入口が塞がれていたり、無人スーパーでは(当然だが)モバイル決済が徹底されていたり、本屋さんではカードを拒まれたりと、ただの観光客でWeChatPayやAlipayを持たないわたしたちは完全になにも買えず、ウィンドウショッピングをして終わるという結果になった。

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アリペイの無人コンビニ。商品に付けられたタグが出口センサーをくぐると、同時に顔認証システムで紐付けられた決済用アプリのアカウントにより支払いが行われているようだった。もちろん店内にスタッフは常駐し、しきりに訪問客への説明をしていた。

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中国政府による雄安新区のPR映画によると、
「雄安新区は千年に一度の国家プロジェクト、河北湿地帯の豊かな自然と融合して未来都市を設計中、新設の北京空港からは鉄道で20分、完全キャッシュレス化と無人化をきわめて国内外の企業を誘致、周辺の教育機関とも連携して未来に繋がる都市づくりを遂行中!!!」とのこと。

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これは百度(バイドゥ)と新石器が合同開発した自動運転バス。レベル4の自動運転自動車を生で見たのは初めてだったので、学部3年生のときの研究テーマを「自動運転のための道路交通法改正」にしていたわたしはめちゃくちゃ興奮した。動いてるところを見たかった、、、

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サービスセンター内の書店。中国の歴史書、5Gの技術解説書、そして習近平政権のプロパガンダ本、アメリカ批判の本などが並ぶ。そうか、高度社会主義政権下では思想の自由がない。つまり好きな本を好きなだけ読む、という当たり前が保証されていない。体制の転覆に繋がる本は当然置かれない。ここにきて改めて、そうかここは社会主義国家だ、と思い知らされた。

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各種国営企業のオフィスも誘致されているとのこと。たしかにそんなに広くない敷地内に企業が集合するというのは、効率化やイノベーションの点ではひとつ理想なのかもしれない。(完全自由主義や競争的資本主義とは相反するのだろうが…などと勘ぐったりしていた)

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何にせよ、緑溢れる計画された区画の中を顔認証システムによるモバイル決済が網羅し、自動運転自動車が走り、その中にコンパクトに行政や企業がまとめられる、というこのプロジェクトの一部を垣間見ることができたように思う。

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一番強く感じたのが、中国のエネルギーのベクトルとしての、「とりあえず作ってしまえ精神」とでもいうべきものだ。聞く話では、今回見学したセンターは10年以内には取り壊されるのだという。現に建設から2年に満たないものの、駐車場のコンクリートにヒビが入っていたり、建物のつくりにいささか簡易さを感じたり、という点が見受けられた。それでもとりあえず、何かハードから作ってしまう。これは経済大国ゆえにできることだろうし、自国の発展を見据えているゆえに実行されている。何よりその根底には、共産党の一党独裁による、政府の意思決定のスムーズさがあるのだろう。

しかし同時に、内外へのPR戦略の差を感じさせられた。おそらく中国国内では、PR映画にあったような、「エコでスマートな新都市をつくる」ということが先行報道されている。ゆえに休日に市民がこぞって見学に行き、投機の抑制も試みられる。しかし対外的には、「世界の中心となるような経済特区を新設」というメッセージが込められている。ここにある微妙なニュアンスの差、これこそが社会主義国家における報道であり、体裁と実情の差を知る外部からすると、「なぜこんな田舎に、、、ほんまに大丈夫かよ」「習近平政権の実績づくりか、、、?」なんて疑問が湧いてしまうのではないだろうか。

未来都市をみにいったはずなのに、そこにあった未来都市は仮の姿であって、まだまだ片田舎という農村地帯を眺めていた。そしてそこで、結局政治体制、イデオロギーによる都市計画のあり方、国家主体の報道のあり方なんかに思いを馳せてしまった、そういうところで人は何処でも変わらないなと思うし、変わらない自分でありたいとも思うのだ。




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