風の声が聞こえる場所
じっとしていても、歩いていても、止まることなく流れる汗を、何度も何度も拭きなおす。
8月末のルンビニは、まるで天然サウナのような湿度だった。
一番楽しみにしていたブッタ生誕の地へ行くことも億劫になってしまうほどだ。せっかくここまで来たのだからと、自転車を200ルピー(約200円)で借り15分程走った後、徒歩区域に入ってからは10分程歩いて目的地へ到着した。
"チケット売り場がわかりずらい”といくつかのブログで読んでいた通り、チケット売り場に迷い、ようやく入ろうとすると今度は「靴を脱いで」と警備員に止められてしまった。たった一つゲートをくぐるだけで変わらず外を歩くのに、聖域は土足禁止だそうだ。
真夏のコンクリートの上をはだしで歩く。コンクリートはジリジリの太陽に熱されて、はだしで踏みしめるのは苦行そのものだった。熱すぎて歯がかゆくなったなんて、こんな経験は生まれて初めてだ。
途中、「こっちから行くといいよ」という誘導の警備員さんに案内され、草の生えた場所を通ってようやくブッタ生誕の地にたどり着いた。
人類はコンクリートの歩きやすい道を作った代わりに、はだしでは歩けなくなって靴が誕生したんだろう。きっと、自然に抗わなければ、靴なんていらなかったのかもしれない。真夏のコンクリートにトラウマを覚えながら、ぼんやりそんなことを考える。
ブッタが生まれたその場所は、とても静かで、しんとしていた。
さっきまではまったく感じなかった風が、そっと私を横切っていく。
釈迦の誕生後に産湯として使われたというプスカリニ池の畔には、大きな菩提樹があり、カラフルな、「タルチョ」と呼ばれる旗がぐるぐるに巻かれていた。
タルチョにはひとつひとつお経が書いてある。去年のブータン旅行中、ガイドさんに「どうしてお経が書いてあるの?」と聞いたら、「風がお経を詠むためだよ」と言ってたのを思い出した。
風が優しく吹く。
不思議と、お経が詠まれている感覚に包まれる。
暑さを次第に忘れていく。さっきまで苦行に苦しんでいたなんて、嘘みたいだ。
風の声だけが聞こえる。なんだか守られているようで、心が自由になってくる。こんな気持ちになるのは、きっとみえない何かに包まれているからだろう。
それは気のせいなのか、本当なのか、きっと誰にもわからないけれど。