婚約指輪から考えたプレゼントの醍醐味
「婚約指輪はほしいですか?」の質問に対して、しばらく考えた。この先、結婚なるものが待っていた場合、果たして私は婚約指輪を欲しいと思うのだろうか。
結婚予定の相手に婚約指輪をプレゼントする習慣は、古代エジプトから始まっているらしい。由来についてググってみると、“永遠に途切れないもの“として男性がリングを贈る。もらった相手は、心臓の血管とまっすぐ繋がっていたとされる左手薬指にそれをつける。
そんな起源から始まり、今では二人の愛の証のため、主に男性から女性へとプレゼントされている。
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婚約指輪に限らず、プレゼントは贈る側から受け取る側への愛情の証だ。その人のことを大事に思うから何かあげたいな、と思うようになる。そして相手の喜ぶ顔を想像しながら、どれなら喜んでくれるだろうと思いを巡らすようになる。そんな贈り手の愛情がたっぷり入っているのが、「プレゼント」の醍醐味だ。
反対に、「この人にプレゼントなんてあげたくない」と思う時は、その人に対する愛情がプレゼントまで到達していなかったり、渡すに値しないと考えているから起こることだと思う。
もちろん、大事なのは品物やお金などのモノだけではない。その人が自分に費やしてくれた時間だったり、どんな風に話を聞いて、受け止めてくれるかだったりと、愛情を知る機会は“プレゼントの値段“だけには収まらない。
けれど、「プレゼントをあげたくない」と思ったことは事実。その人にかけるお金はない、と考えていることが読み取れてしまう。
たとえば、私はペットボトルの水は1円でも安く手に入れたいのだが、ストーリーが詰まった1箱950円のsoar teaはすぐに10箱購入した。私が「ペットボトルの水」よりも「作った人の想いが伝わるハーブティー」に価値を置いているからだ。お金で図る価値はすべてではないけれど、指標の1つには考えられるものなのではないか。
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「婚約指輪はほしいですか?」の質問に対して、今の答えはYESだ。けれどそれは物質的な“婚約指輪“ではなく、婚約指輪を渡したいと思ってくれる気持ちや、自分のために大事なお金を使ってくれるやさしさ。自分はその人にとって、プレゼントをあげたいと思ってもらえる存在であること。それら贈り手のすべての愛が形になった“婚約指輪“が欲しいな、と思った。
"婚約指輪“は物質的な指輪でなくていい。どんなものが良いか相手の性格を考慮したり、2人で考えてたうえで出てくるものなら、十分“婚約指輪“の役割を果たしていると思うから。そして一生懸命表現してくれたなら、私だって同じように、相手にも返していきたい。婚約の時だけでなくても、誰かにプレセントを送るときは、そんなふうにたっぷりの愛情をこめて渡したいなぁと思った。