『孤島の飛来人』(山野辺太郎著)|チャンスを阻む「幸せ」の重し
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冒険へと一歩踏み出すのはいつだって若者だ。アメリカの田舎町で4人の少年が旅に出る『スタンド・バイ・ミー』を代表に、先月公開された『すずめの戸締まり』でもネコを追いかけて旅に出た主人公はまだ高校生の女の子だった。どうして若者ばかりが、冒険の主人公なのだろうか。
この本の主人公・吉田も、20代半ばという若さで冒険へ繰り出した。風船飛行の実証実験。経営危機によりフランスの会社の傘下となる大手自動車メーカーの未来をかけて、横浜にある本社ビルの屋上から6つの風船をエネルギーとして飛び出すのである。行き先は小笠原諸島の父島。自ら冒険へと手を挙げて、同僚たちに見守られ、自分の身体と重しをつなぐロープの留め金を躊躇なく外す。しかし、吉田は父島に到着できなかった。何日も海の上を進んだあげく、風船が鳥に壊され、流れ着いた島で「不法入国者」として囚人となった。
10年という月日が経ち、物語の終盤で、吉田にもう1度飛行のチャンスが訪れる。しかしそのチャンスは彼にとって、必ずつかむべきものではなくなっていた。吉田は島で囚人となりながら、幸せをつかんでいたからだ。真っ暗闇の海の上を一人で飛び続ける恐怖、今度は生きて帰れないかもしれない不安、日常になった島での暮らし、守りたい大切な家族……。この10年は、重しのついたロープの留め金を外せなくなるには十分な時間だったようだ。
冒険の主人公が若者なのは、いまの生活よりも何よりも、未知への興味に心を奪われるからなのかもしれない。吉田にはいま、守りたいもの、大事なものがある。起こるだろう未来を憂う過去も揃っている。できなかったことへの未練は残るが、チャンスが来ても大事な「いま」が邪魔してうまく飛び出せないのだろう。大事なものを大事にしながら、未来へと飛び出すことは、叶わないのだろうか。
家庭をもち、居を構え、「できなかったこと」に想いを馳せながら、この物語の続きを想像した。
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