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イラストは、考えを巡らす余白をくれる

言葉は正確に伝えるため、イラストは想像力を広げるために、世の中に存在しているのかもしれない。

「異性へのメッセージにハートマークをつけるか」について、バーのカウンターで議論になった。ハートマークを送ったら相手は勘違いするかもしれない、いやいや今は誰に対しても使うから、そんなに特別視することではない……。実際に経験した出来事をもとに、どうするべきかについて意見が出される。

言葉を使うなら、「好きだよ」「友達だよ」「なんとも思ってないよ」の3択どれかを伝えれば瞬時に解決するものの、たった1つのイラストでどうしてこんなにも意見がわかれるのか。ハートマークには、見た人の数だけ解釈ができる、ある種空白のようなものが残されているのかもしれない。

ストレートに聞いてしまえば一瞬で終わるものの、1つのイラストに頭を悩ませたり、心臓がきゅっと縮まったり、誰かに相談したくなったりと、真実にたどり着くまでの寄り道ができるようになる。言葉で受けるよりも、そうやって楽しむ方がいい時期もあるだろう。

また、言葉にしたらチープになってしまうことも、世の中にはある。スラムダンク最終巻で、最後のシュートを決めるまでのコマには文字がない。キャラクターの表情と、躍動感のある動きと、それを助けるシンプルな線が「今後どうなるかわからない」胸の高鳴りやワクワクを表現している。

そんなふうに私は考えたけれど、人によっては「わからない」ことを不安に感じた人や、時が止まったかのように何も考えられず、そのコマ1つ1つに集中した人もいるかもしれない。絵に対してどんなふうに考え、感じるか。そこに描かれた内容の解釈は、やはり読者にゆだねられている。きっとここに、少しでもセリフが入ってしまえば、その世界観は一気に崩れてしまうと思う。

わかりやすく書くことが、時には必要ない時もある。どんなことをイメージするか読者にゆだねる発信方法があるおかげで、私たちはあれこれ想いを巡らせられるし、寄り道しながら自分らしい考えを模索することができる。イラストをみて考えることは、自分だけが体験できるファンタジーの世界に行く、1つの方法なのかもしれない。

ハートマークを使ったら、相手はどんな思いを巡らせるだろうか。脳内をのぞき見しながら送ってみれたらいいのにな、なんて考えている。

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もりやみほ
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