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息子からの想いをやっと受け取れた母より

克俊が私に望んでいたことが、結婚式を通してやっと理解出来ました。
私自身が私の人生丸ごと受け止めて肯定して、自信を持って凛と生きること。周りからの想いの受け止め方を間違えてたね。きっとそれは、私自身が自分を受け入れてなかったから。

ある種、呪縛とも言える罪悪感がずっとあった。後悔もあった。
自分がひとり親家族で育ったのに克俊にまで同じ境遇にしてしまった。それも意図的に。
ひとり親の心細さを自分は十分知っていたのに両親の揃った家族を守れなかった。理由はどうであれそのことに私は苦しんで、自分を肯定出来なかった。

別れることによって信じたものを失った悲しみの矛先を尚さんにぶつけることは出来なかった。それは克俊達の大事な父親だから。憎むことはしなかった。
それにある意味、離縁という形ではなく、もう少し距離を置く期間を長く持つべきだったと言う後悔。でも尚さんはとてもせっかちで、別居生活をして1ヶ月ほど経った頃かな、、、白黒ハッキリつけたがった。もう少し時間をかけられたなら・・・二人の関係は修正できたのかもしれない。でもそれも運命。尚さんと私の運命に克俊を巻き込んだ。

でもね、私の愛情を受け入れてくれて、克俊は素直に育ってくれたね。
その後の辛い期間も乗り越えて、本当の意味で利口に生きた。だからこそ、色々な出逢いがあり、結婚式で見せてくれたあんなにも多くの人たちの心を動かしたんだよね。あなたが多くの人を大切に思う気持ちとその人達があなたに向けてくれる愛情を私はひしひしと感じ取って、あぁ、こんなにも人に愛される息子に育って幸せだと、私は初めて自分を肯定できました。

私が子育ての中で希望したことは二つ。
自分の足でしっかり立って生きていける力を持つことと、出逢った人達に感謝の気持ちを持って助け助けられるような人になること。人は一人では生きていけないから多くの人に出逢って欲しかった。
その二つを見事に克俊は備えてくれた。それを目の当たりにした時、私の子育ては間違ってなかったのだと、私の伝えたかったことは伝わっていたのだと思えたのです。

私自身がこれからの私の人生を大切に生きること。あなたに求めていた力は、私自身に足りない力なのでしょう。
自分で自分を肯定することで初めて自分の足で立って、素敵な出逢いが出来るのでしょう。それを教えてくれたのは、克俊です。

本当に愛情深い大人に育った克俊は、親の私に対しても、弟の壮真に対してもたくさんの愛情をくれました。
そして、愛する人と人生を共にする時、大切な人が増えました。これからは妻の友佳理ちゃんが最優先です。克俊がこれ以上ない人と出逢えたこと、それも私の肯定感に繋がっています。

もう子どもではない克俊。でも一生私の息子です。かけがえのない息子です。どうか、この先ずっとずっとその笑顔のまま生きてください。
苦しい時は心配をかけまいと私には苦しい様子を見せなくなった克俊。
いや、見せられなかったのでしょう。でもいつか私はそんな克俊の弱音も受け止められるような私になれると思います。
結婚式を通じて、風向きが変わりました。あなたの一番望んでいたこと、母の私が幸せに生きること、そうしてあなたを安心させたいです。


あんなにたくさんのあなたの笑顔、人を慈しむ表情を写真を通して見て、私は幸せに満たされています。また、友佳理ちゃんが克俊に向ける眼差しも本物だと感じ、私は喜びでいっぱいです。


ありがとう。本当にありがとう。



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