見出し画像

小さな願い

 誰かに会いたいと思うなんていつぶりだろうか?
電車に揺られ窓の景色を眺めながらそんなことをぼんやりと思っていた。
新幹線を降りて在来線に乗換ること一時間。何も変わらない景色が視界に広がる。
 『同窓会のお知らせ』という葉書が届いてから一ヶ月。久しぶりに旧友に会いたいという衝動に駆られれてつい参加という文字を丸で囲っていた。
上京して約十年、その間もお盆とお正月には時々帰省はしていたけど、帰る時は家族にしか連絡してなかったし、その家族にも私が帰省していることは口外しないで貰っていた。 
 最寄駅を降りて久しぶりに田舎の空気を吸う。鼻の奥が少しだけツンとして、胸の奥がキュッと痛んだ気がした。
 「よぉ、帰ってきたのか?久しぶり」
聞き覚えのある声がして振り返ると彼が改札口の前で立っていた。
恥ずかしいのと気まずさとが混ざり俯いたままでいると、さり気なく私の鞄を手に取りこう言った。「今日帰ってくるっておばさんから聞いて迎えに来た。仕事用の軽トラで悪いけど乗って。」
 幼なじみで初恋の彼と車内で二人きり。彼に好きな人がいると高校の卒業式に聞いてから、あまりのショックに顔も合わせることなく今日まで来た。私がいちばん会いたくていちばん会いたくないと思った人。
 何を話していいか分からない私に対して彼は私が上京して会わない間の約十年何をしてたかを話してくれた。ご両親の農園を継いだこと、そして未だに好きな人を想い続けていること。
 その人は幼なじみなのに、黙って上京してしまい、連絡を取ろうにも誰も連絡先を知らず、親に聞いても教えてもくれなかったとボヤいていた。今回、同窓会に参加することを聞きつけ、彼女のお母さんに連絡を取って駅まで迎えに来たと言っていた。
 半分うわの空で聞いていたが、どこかで聞き覚えのある話だなと途中で気がついた…。
「それって、もしかして…」自分の心臓の音が早くやけにうるさく聞こえる
「やっと気がついた? まったくお前らしいよ」と彼は半分泣きそうな顔で私を見た。
 そこから先の記憶がやたらと曖昧で今となってはほとんど思い出せない。
お互い長い長い片想いからまさかの事態で、いい歳をして舞い上がってしまい数日間、朝から晩まで呆れるぐらい一緒にいてお互いの体力が許す限り繋がっていたからだ。
 我に返ると今日には東京に戻らなくてはならなかった。さすがに何もかも投げ出してここにいることはできない。何よりここは田舎で噂話はあっという間に広がることを失念していた。
 彼が最寄駅まで送ってくれるという、仕事の途中らしく行きと同じ軽トラだった。車内の揺れと同じくらい私の心も揺れる。うっかりすると『二人でここから何もかも捨てて逃げ出そうよ』という言葉が口から飛び出しそうになってしまう。来たときよりも帰りの方がとても気まずくて何を話していいかも分からず二人とも無言のまま駅に着いた。
 「じゃあ、また…」そう言うのが精一杯で軽トラから降りた。彼の顔を見ることができず振り返ることもしないで頭のうえで大きく手を振った。
「落ち着いたら必ず連絡しろよ!待ってるから!」と彼の叫ぶ声が聞こえた。
 在来線に揺られながら誰もいない車両で声を殺して私は泣いた。彼と別れることは辛いけどそれよりも、もっと過酷な現実が私を待っている。
 東京に帰ったら警察に行って全てを話そう。長い間夫から受けた暴力についに耐えきれず殺してしまったこと。そして遺体を遠く離れた山中に埋めてしまったことを。
 いつかまた彼に会えるだろうか?本当にこんな馬鹿な私をいつまでも待ってくれるのだろうか?自分勝手だとは分かっていながらも『また会えますように』と願うより他ないのだ。(了)


このお話はTwitterの診断メーカーを元に作りました。

https://twitter.com/y_tomosan0708/status/1352095855969402880?s=21

いいなと思ったら応援しよう!