【寿司職人の娘巻き】
お寿司とは、一生無料で食べられる食べ物だと思っていた。
思っていただけでなくて、実際に私にとってはそうだった。
私の実家はお寿司屋さん。
お店の定休日やその前日に寿司ネタが余ろうものならば、我が家の夕食は店のカウンター席で時間無制限お寿司食べ放題でした。
なんて贅沢な。
一生無料でなくなったのは私が二十四歳の時。
五十二歳の父は、膵臓がんと診断されてからわずか二ヶ月足らずで他界してしまった。
ひとしきりわんわん泣きまくった後、私は密かにある決意をしていた。
それは「もう一生お寿司は食べない」ということ。
たくさんのたくさんの思い出があって、とても美味しかった父の最高のお寿司より美味しいお寿司なんてもうこの世にはない。
あのお寿司が食べられないなら、私はもう一生お寿司を食べなくていい。
この「もう一生お寿司を食べない」という決意は、父の余命宣言よりも短く、あっけなく破られたのですが。
たぶん一ヶ月くらいで。
あっけなさすぎて申し訳ない。
父の寿司もよく食べ、父のこともよく知っている古くからの知人が「親父の寿司も美味かったが、ここの寿司も美味いぞ!」と連れて行ってくれたお店のお寿司も、父のお弟子さんだった方が「久しぶりに握るからどうかな」と言って握ってくれたお寿司も、とっても美味しかった。
お寿司って……お寿司って……美味しいですよね!
そんな簡単に封印できるような食べ物ではありませんでした。
大好きだった父のお寿司、その懐しい記憶は今でもしっかりある。
けれど一方で哀しいかな、味の細やかな部分、詳細までしっかり記憶しているかというと、そこは年々ぼやけてきているのが事実。
今となってはもう、食べていた期間より食べられなくなってしまった期間の方が長くなってしまいました。
レシピがあればいいという訳でもない。
父が目利きした魚で、父が握らないと、私が何十年と食べてきたあのお寿司にはならないわけで、つまりはもう、今となっては完全に失ってしまった味というわけです。
大切な料理って、思い出の中に生きるのかもしれない。
でもそれと同時に、思い出の中からよみがえらせることが出来るのもまた、大切な料理なのかもしれない。
今回私が思い出の中からよみがえらせたのは寿司職人の父が、酒のつまみにつくっていた「お父さん巻き」
このネーミングは父本人がそう言っていました。
私が大人になってから時々、店の閉店後に父と母と私とでお寿司をつまんだりお酒を飲んだりする時間がありました。
のれんを下げ、灯りを落とし、店仕舞いした後のカウンター席。
注文していないものが目の前に置かれて「これなーに?」と聞いたら「ん?……お父さん巻き……」って父はぼそっと言った。
たぶん料理名はなかったんだと思う。
私が聞いたので無理矢理名付けたのでしょう。
その「お父さん巻き」なるものの見た目は、極細海苔巻きでした。
極細の理由は、シャリが一切入っていないから。
海苔の上に、魚や貝や薬味、その時あるものをあれこれ乗せて、ぎゅうぎゅうに細く巻く。
それを食べやすい大きさに切ったつまみで、おそろしくお酒がすすむ。
なにこれすっごい美味しいね、と深夜にも関わらずテンションが上がる私に、なんだか父は照れていた。
お寿司が美味しいと言えば、そりゃそうだろうって感じだったけれど、お父さん巻きが美味しいと言うと妙に恥ずかしそうだった。
もうすぐ両親の結婚記念日。
思い出からよみがえったこのつまみをつくって、仏壇前で、二人の結婚五十三回記念をお祝いしましょうかね。
「お父さん巻き」娘がつくるから料理名は変えるね。
【寿司職人の娘巻き】
材料
■海苔半切1枚
■刺身お好みで
■薬味(大葉・ガリ)お好みで
作り方
■刺身や薬味を細く切り、海苔で細く巻き、食べやすい大きさにカットする。
以下、もう少し詳しく。
父は青魚や酢でしめた魚をよく使っていました。
私は青魚があまり得意でなかったので控えめ。
私の分には貝のヒモがよく入っていました。
ぎゅうぎゅうにしっかり細く巻くと美味しい。
酢でしめた魚やガリや大葉で味付けしている感じなのですが、そのままで食べても、醤油やお塩をちょっとつけても勿論美味しいです!