チカーノ・ソウルのゴッドファーザー、ついに来日。世界中で広がりをみせるチカーノ・カルチャーを体験するイベントが大阪・栃木・東京で開催!
2019年10月末にクラウドファンディングで翻訳出版が成立、およそ1年の製作期間を経て21年2月に出版に至った『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』。アメリカ・ロサンゼルス在住のメキシコ系アメリカ人、レコード・コレクター/DJであり、チカーノ・ソウルの名付け親でもあるルーベン・モリーナ(Ruben Molina)さんが、自身の愛してやまない黒人音楽とメキシコ伝統音楽のハイブリッド音楽、チカーノ・ソウルを体系的にまとめた1冊です。
エル・チカーノの女性メンバー、エルシ・アルビスの「エン・エル・タンボ」という曲について「いまだに僕にとってはチカーノ・ソウルという言葉にはチカーノたちが味わってきたこういう“苦み”が含まれます」と語ったのは、同書の翻訳者でクラウドファンディング発起人でもあるMUSIC CAMP, Inc. / BARRIO GOLD RECORDSの主宰者、宮田 信さん。
チカーノたちの音楽・文化に魅了され、日本でその素晴らしさを広げていこうと日々奮闘する宮田さん。書籍出版だけでなく、彼の活動のひとつの節目となるこのルーベン・モリーナさんをお招きしたDJイベントについてお話を伺いました。
ーーさっそくですが、5月のルーベン・モリーナさんの来日イベントについて教えてください。これは残念ながらオンライン開催となった『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』出版記念イベント(21年5月)のリベンジでもありますね。
宮田:はい。まず、あの書籍以外でもチカーノ・ソウルという音楽においてルーベンさんは重要人物で、僕自身とてもお世話になっています。昨年、日本に招へいしたボビー・オローサをロサンゼルスで2019年に行われたビッグ・クラウンのショーケースで最初に僕に紹介してくれた方。彼がチカーノ・ソウルという音楽にどのように魅了されてきたか、どんな物語をはらんでいるものなのかということをみなさんに伝えるためのイベントです。当日は、ルーベンさんのトーク・ショーとして特別なプレゼンテーションを行います。彼の人生やバックグラウンドで音楽がなにを補ってくれたかというような重要なお話をしていただきます。
ーールーベンさんはパーソナルなご経験、特にギャングやバリオについてはあまり多くを語らない方ときいていましたが……
宮田:そうですね。実は当日みなさんに公開する資料をすでに見たのですが、彼のご両親がどこからやってきたのかという話からはじまって、バリオでの暮らし、貧困や教育を受けられない問題や、70年代のギャング抗争の話などにも触れながらストリートに音楽がどのように存在し、暮らしや人生を補ってくれたかを語ります。このレクチャーだけでなく、彼のDJを日本のみんなにも体験してもらいたいんです。派手なことを特にするわけでもないし、誤解をおそれずにいえば、ひたすら渋い、良い曲をかけるだけなんです。しかし、そこには1曲にかける想いというか……特殊な雰囲気があります。これはほかのソウル・ミュージック・シーンや、DJカルチャーとチカーノ・ソウルが大きく違うところで、ルーベンさんのDJを聴くことがいちばん伝わるはずなので、とにかく体験してほしいです。
ーーなるほど。ひとつ一つの曲に想いを重ねる選曲は宮田さんやTrasmundoDJにも通じるものですね。
宮田:それから、急きょ決まったのですが、5月20日に小山 TRIBECAでもDJパーティを行います。『CHICANO SOUL PICNIC』と題してTRIBECAの前にある駐車場でBBQをしながら愉しめる、現地の雰囲気に近いイベントになりそうです。東京のイベントまで足を運べないローライダーの人が多く集まってくれるととても嬉しいですね。
ーールーベンさんはベテランローライダーですよね。
宮田:本物のローライダーがどのように音楽を聴いているかも体験できるんです。日本にもお父さんがローライダーだという若い世代がいるんですよ。背景にあるチカーノ・カルチャーに飛び込もうとするローライダーが日本で減ってきていることは残念ですが、音楽も含めて、かつて『ローライダー・マガジン・ジャパン』で僕らがやってきたこと、チカーノたちをバックグラウンドからちゃんと紹介するというの流れにおいても集大成的なイベントですね。
ーーシニアとジュニアが一緒にクルージングをすることが日本でも起こるんですね。
宮田:そうなんです。カルチャーに興味をもってもらえるように伝えていく必要をあらためて強く感じています。
ーー『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』の著者であることでルーベンさんは知られていますが、大阪・東京でDJをされるヘクター(Hector Gallegos Jr. )さんはどんな方なんでしょうか?
宮田:ヘクターさんはテキサス・オースティンのチカーノ・ソウル・コレクターです。僕もこの間アメリカで、偶然ですがレコード屋さんで会いました。イーストL.A.を拠点としているルーベンさんとはやはりエリアが違うので、彼のDJは僕も楽しみにしています。本でもわかるようにチカーノ・ソウルはエリアやローカルでそれぞれ個性がありますからね。
ーーThe Southern Soulspinnersのドキュメンタリー映像がMUSIC CAMP, Inc.のサイトに先行で公開されていますね。『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』のルーベンさんのパーソネルにThe Southern Soulspinnersのメンバーと書かれていたことでその存在を知ったのですが、どんなものなんでしょうか?
宮田:The Southern Soulspinnersはソウル・ミュージックのコレクター/DJのグループです。彼らのドキュメンタリーを撮影しているヘスス(Jesus Cruz)さんが、日本でのルーベンさんを撮影するために一緒に来日します。music campのサイトで公開している映像はトレイラーで、イベントでは6分程度のパイロット版に日本語訳をつけて公開します。それから、もうひとり、ボブ(Bob Dominguez)さんという方が来日して、イベントでのトークショーを予定しています。
ーーどんなお話が聴けるのでしょうか?
宮田:彼は今、日本でどのようにチカーノ・ソウルが広まったかということを記録していて、その取材もかねて来日します。イベントではチカーノ・パークの歴史についてレクチャーしてもらいます。
ーーチカーノ・パークについて、教えてください。
宮田:サンディエゴにある“チカーノたちの聖地”とも呼ばれている公園で、ボブさんはその写真をまとめたものや、ポスターを集めてそれぞれ自費出版している方です。サンディエゴの中心地にあったバリオが立ち退いて、高速道路ができたんですが、カリフォルニア・ハイウェイが、高架下を事務所や営業拠点として使おうとしたんです。チカーノたちは「私たちの土地だ」と抗議をして市と戦ったことで、かつてバリオだった場所を暴力に訴えることなく公園として取り戻しました。アメリカ社会のなかでの抵抗やチカーノのあり方、生き方をある意味で象徴するような場所ですね。今はMURAL(壁画)がいっぱい描かれていて、毎年4月の第4週目の週末にカリフォルニア中から人が集まるイベントが行われていて、最近ではシンコ・デ・マヨよりも大規模なお祭りになっています。
※ボブさんの書籍『La Tierra Mia: A CHICANO PARK STORY』『La Tierra Mia: A Chicano Park Day Poster Compilation』はそれぞれリンク先(MUSIC CAMP, Inc.サイト)で購入可能です。
ーーMIYASHITA PARKで敗北感を味わっている東京の人間としては、多くのことを学ぶことができそうで、そのレクチャーがとても楽しみです。たとえばフィンランドにボビー・オローサがいるように、そのほかの国や都市でもチカーノ・ソウルやカルチャーの広がりはあるのでしょうか?
宮田:音楽に関しては、インドネシア・スラバヤのThee Marloes。先日ビッグ・クラウンから7インチ(「Midnight Hotline / Beri Cinta Waktu」)をリリースしました。MUSIC CAMP, Inc.で取り扱うことになって「これは話を訊かなければ!」とインタビューをして、公開しています。彼らによれば、インドネシアでもビッグ・クラウン、ダプトーン、コールマインなどのレーベル人気が高まっているとのことです。
それから韓国やオーストラリアにチカーノ・ラップやローライダーのシーンがあります。ローライダーは、バリ島やスウェーデンにもいますね。それから、ベトナムにはチカーノのギャング・カルチャーを継承している一派も。80~90年代にロスアンゼルスには難民としてアメリカに渡ったベトナム人のギャングがいて、彼らはチカーノ・ギャングの影響を強く受けているんです。
ーーちょっと複雑ですね。
宮田:はい。そういう種類の複雑さでいうと、スペイン語よりも英語のほうが得意なアメリカ育ちのチカーノが、強制送還されてメキシコでローライダーのシーンを作っています。ルイス・ロドリゲス(Luis J. Rodriguez)という作家がいるんですが、彼を中心に強制送還されたチカーノたちが集まるフェスがつい最近グアダラハラで開催されました。エルサルバトルでは、92年くらいに僕が訪れた時にはすでにローライダー系のカスタマイズの一種、ミニトラックが走っていましたね。アメリカに移民した人たちとの交流はあるはずなので、当然といえば当然なんですけどね。
ーールーベンさんはどんな方なんでしょうか?
宮田:おそろしいほどに垣根のない心の広い、博識なのにまったく偉ぶったところのない素敵な方ですよ。気軽に話しかけても、ちゃんと返してくれますし、レコードも見せてくれます。とても悲しいことや、いやなこともたくさん経験されているからこそ、ささいなことで意固地になったり、人との間に壁を作ることがどんなに無意味なことなのかをよくわかっていらっしゃるんだと思っています。参加者のみなさんからも積極的にルーベンさんと交流してもらって、多くのことを得ていただけたら……本当にすばらしいイベントになるはずです。
ーーありがとうございました。
最後に、筆者の個人的な経験を残します。この数年間、疫病を理由にさまざまな事柄が悪意をもって分断されようとし、東京オリンピックの再開発ではジェントリフィケーションが“わたしの地元”で行われていることを可視化した、と感じながら過ごしました。もちろん、それは今も変わりません。そんな時、宮田さんが出演したラジオ番組で流れたTIERRAの曲はコロナ禍以前とはまったく違うものとしてわたしの耳に届いたのです。
“苦み”を経験したことで初めてチカーノたちが音楽にしのばせているものを本当の意味で受け取り、より高い解像度で、さらに美しい音楽を聴くことができました。
愛する音楽への想いを言葉だけではなく体と耳で体験できるイベントにぜひ足を運んでください。当日、レアなチカーノ・ソウルの音源がかかることを期待している方のなかには、音楽のバックグラウンドなど関係ない、興味がないという方もいらっしゃるのかもしれません。また、一方で音楽に秘められた想いやカルチャーが豊かで興味深いものであっても、逆にその音楽自体に興味を抱けないこともあります。
素晴らしい音楽とそこに秘められたバックグラウンドがともに美しく豊かで力強い。チカーノ・ソウルはそういう意味でも稀有な音楽です。どうぞ、本物のチカーノ・カルチャーを体感できる日をお見逃しないように……。
(取材・文 服部真由子 for Mihija)