No cartels,No guns, No drugs--『Gentefied/ヘンテファイド』で描かれるチカーノたちの新しい世界
スパニッシュ・ラップをBGMにBMXで駆けてくるタフガイ風の青年が返却本を回収している司書に本の入荷情報を質問し、去っていく姿。――この2月から配信されたNetflixのドラマ・シリーズ『Gentefied/ヘンテファイド』(https://www.netflix.com/jp/title/80198208)はこのシーンから始まります。つい先日第3シリーズが公開された『On My Block/マイ・ブロック』がエピソードを重ねていくたびにキッズ向けコメディ色が強くなってしまって、これはこれで面白いけどちょっと違ってきちゃった、と感じる方には特に勧めたいドラマ・シリーズです。
このドラマはチカーノ・カルチャー好きには避けて通れないイーストLAのど真ん中、ボイルハイツにあるタコス・レストラン‟ママ・フィーナ”を中心に、オーナーのおじいちゃん、その孫たちのエピソードをていねいに描くことでフッドの人々、彼らと地域が抱える問題やカルチャーを見つめていくことになります。スクリプトは英語とスペイン語が交ざりあって、出演者のほとんどはおそらくバイリンガル。あるエピソードのエンディングはみんな大好きCHICANO BATMAN「FREEDOM IS FREE」が流れます。……ね、おもしろそうでしょう?
エピソード1はおじいちゃん、孫の3人(兄妹ではなく、それぞれは従兄妹同士)と彼らを取り巻く友人や恋人たちが描かれていきます。どうやらポップ(おじいちゃん)のタコス・レストランは経営がうまくいっていないよう。急激に家賃が上昇し、フッドには再開発が進んでいく気配が感じられます。
※シリーズ・タイトルであるGentefiedはスペイン語のGente(=People)とgentrification(https://liberal-arts-guide.com/gentrification/)をミックスした言葉のようです。
このドラマにはパイロット版が存在したようで、2016年に公開されたトレーラー映像が残されています。そこで“No cartels,No guns, No drugs”“Maybe a little weed”とのコピーが確認できることからも、やはりステレオタイプではないチカーノたちの生活をドラマにしようという意志があったことは明確でしょう。EL HARU KUROIの曲や映像で描かれてきたイーストLAのストーリーや、MUSIC CAMPの宮田さんのお話で知ったものごとがドラマになって描かれていることにとても興奮しました。アナザーサイドから描かれた世界。遠くの高層ビルを背にしたストリートの夜の景色や、生活に困窮しポップスのカヴァーを演奏するマリアッチ。大嫌いなお父さんの電話番号を<EL KUKUI(DAD)>と登録していたり、‟高級な客”が‟やさしい観光地”を訪れるフードツアーに参加するストアの前でデモをするアクティビストがフッドを守れ!とスペイン語でコールしているシーンではバリオという言葉がしっかりと聞き取れます。とはいえ、あくまでもフッドの外側から‟観光”しているだけのものだという自覚は忘れてはいけない気がします。Netflixバージョンの描かれ方を新しいステレオタイプだ、と感じているローカルたちはたくさんいるはず。
新型コロナウィルス感染症の蔓延に対しての国や東京都の政策は2020年オリンピックに向けての再開発の総仕上げのようです。多くの人たちからライヴハウスが感染クラスターの温床として敵視され、外国籍の住民がやり玉に挙げられる。すべては何かから目を背けさせるため。余裕のある人々はハッシュタグで言葉遊びをし、モブとして自宅で優雅に医療関係者へ拍手を送り、私たちは家賃や生活費のために感染しているかもしれないと怯えながら、満員電車に詰め込まれて仕事へ向かうのです。街やカルチャーだけではなく、生活者であるわたし自身もGentefiedされていると重ね合わせることでよりリアルにこのドラマを観ることができる、このテキストのためにあらためて再視聴しての一番の感想です。
<この続きはネタバレ上等で進めます。未見で、ネタバレNGの方はどうぞNetflixへ>
ここからはいくつかのストーリーラインが並行するなかでの見どころを。ポップの孫エリック、クリス、アナの3人は自分の夢を追いながらポップと‟ママ・フィーナ”を守るために試行錯誤を重ねます。まずは冒頭に登場したタフガイ、エリックのストーリーを。従妹のアナからは「ダニー・トレホの隠し子みたい」と評されるルックスで、とても優れた読書家のエリック。きっといまでもアイドルなんでしょう、N.W.Aのポスターが部屋に飾られています。彼が東京の子であれば、Riverside Reading Clubのメンバーだったかもしれない。エリックはある日、図書館で知り合った少年の代わりに本を借りてあげたことをきっかけに、ママ・フィーナで本を貸し出し、その本のストーリーに関するクイズに正解したらタコスをご馳走するプログラムを始めます。貸し出す本はマルコムXの自伝、プラトン『国家』、『モンテ・クリストフ伯』……。『モンテ・クリストフ伯』は裏切り、復讐、秘密が詰まった最もギャングスタな本で、赤ちゃんのために殺人を犯す男の物語だから、8歳のキッズにもデュマは早くないとのこと(笑)。初恋の相手と離れてしまう少年にはシェイクスピアを投げ捨てたくなるほどのロマンティックな愛の本だ、とイスラムの神秘主義詩人ジャラール・ウッディーン・ルーミーの本を貸す、そんな読書家です。シリーズの後半ではLi'Broと称した移動私設図書館を始めるまでに至っています。Li'Bro、本の兄貴とは良い言葉。離れがたい最愛の存在として描かれる彼のガールフレンドはエリックの子を妊娠中。幼馴染で高学歴のフェミニスト、リディアへプロポーズするためにエリックが選んだTシャツはLibros Schmibros Lending Libraryのマーチ。この図書館はラテン系の多いボイルハイツに実在し、バイリンガルのために低価格または無料ですべてのネイティヴと移民へ本を届けることがポリシーの図書館だそう。
エピソード6はマリアッチの伝統曲「De colores」を演奏するママ・フィーナの常連客ハビエルの姿からスタートします。その場の誰からも興味を持たれず、ハビエルの息子ダニーだけが拍手をしているさみしいライヴです。メンバーは「高級な客はマリアッチに興味はない、帽子のないマリアッチだと思ってカーディーBやビヨンセの曲でもやるべきだ」とハビエルにアドバイスします。「プライドで飯は食えない、自分は金曜日にフラメンコのバンド、土曜日にはビートルズを演奏している」とも。経済的な理由からなのか、ハビエルの奥さんはメキシコで別居しているようです。さらに家賃が高騰した結果、家族で住むことがままならない部屋、スタジオ(単身者用ワンルーム)ですら1400ドル以上の負担です。このままでは音楽を辞め、LAを離れてベーカーズフィールドへ移らなくてはならない状況におかれています。
伝統的なスタイルではやはり注目が集められず、ハビエルは90年代のヒット曲「I SWEAR」(ALL-4-ONE)を演奏します。それまで無関心だった観客たちは耳を傾け、チップもこれまでにないくらい集まりましたが、高騰する家賃にはまるで足らずハビエルはマリアッチを辞め、LAを離れるというストーリーでした。伝統的なマリアッチのスタイルでは聴いてもらえないからポップスのカバーを演奏する、そこまでは多くのマリアッチたちがハビエルと同じようにプライドを捨てトライしているのでしょう。そこには、チカーノ・ミュージックだけではなく私たちをとりまくすべての表現にも通じる問題が描かれています。
一方でラテン・グラミーを受賞したフロール・デ・トロアチェをGentefiedのひとつだと感じるチカーノたちがたくさんいるのかもしれないという視点を得られたことは観光客のひとりであるわたしにとっては大きな収穫でした。誤解を招きたくないので記しておきますが、フロール・デ・トロアチェの一番の魅力は現代的な解釈と類まれな表現力でティピカルなマリアッチ・スタイルを遊んでいるところ。どこかにある種のギャルっぽさが感じられて、ジャンルを問わず多くの人をひきつける、彼女たち独特の引力と豊かな音楽性に疑う余地はありません。
家族や同僚のラティーノから外側が茶色くて中身が白いとココナッツ、ポテトと揶揄されるクリスや、アーティストとして成功しようとするアナとソーシャル・アクティビストのガールフレンド、イェシカのストーリーラインにもカジュアルでユーモラスな語り口のなかに様々な問題提起が示唆されていきます。なかでもアナのお母さんにフォーカスされたストーリー、エピソード8は旧世代のチカーナの生きざまと家族への愛情が描かれた傑作。チカーノカルチャーに興味がなく、政治的な視点を持たなくとも存分に楽しむことができるシリーズですが、いつもより時間的な余裕があり、多くの問題が自分のこととして起ち上がってきた今だからこそ、ひとりでも多くの方の心に触れて欲しい、より豊かに楽しめる作品を紹介いたしました。
(2020年4月、緊急事態宣言の眠れない夜に捧げます)