「衝動的なものをエディットしている」ーーJ.COLUMBUS & MASS-HOLEが語る共作アルバム『ON THE GROOVE, IN THE CITY』(前編)
WDsounds主宰で、PayBackBoysのフロントマンのLil Mercyが、旧知の仲であるMASS-HOLEとラッパーJ.COLUMBUSとして共作したアルバム『ON THE GROOVE, IN THE CITY』をリリースしました。
6月に東京・小岩BushBashで行われた読書家集団・REVERSIDE READING CLUB(RRC)のイベントにライブで出演したJ.COLUMBUSとMASS-HOLEに話を訊きました。
「最近のJ.COLUMBUSは、これまでの執筆とラップでの表現が近づいてシンクロしている」。RRCで活動をともにするikmさんが、筆者との雑談で口にした言葉。この観点は作品を聴いて確認するべきポイントのひとつです。
(前後編の前編、後編はこちらから)
ーーどんな経緯で制作がスタートしたのでしょうか?
J.C:MASS-HOLEとはビートを送ってもらうやり取りを続けていて。いろいろ話もしているなかで、俺から言ったんでしたっけ?
MASS-HOLE:Mercyさんが提案してくれたはずです。10曲くらい選んでくれたタイミングに「これだけあったら1枚全部(MASS-HOLEのトラックで)作れるね」ってなったのかな。
ーーMASS-HOLEさんが「J.COLUMBUSに」と選んで渡したトラックだったんですか?
J.C:ほかのラッパーに渡したほうがいいねってものはもうひと通り聴いたあとに、話をしていくなかで「俺が使わせてもらいたいな」っていうのがまとまって見つかった感じですね。3年くらい前の話ですよね。
MASS-HOLE:そうそう、2020年くらいの時期ですね。
J.C:選んだものをひとつのセットとして、同じ流れにあるまとまりにしていきたかった。この作品で‟言いたいこと”、コンセプトがはっきりとまとまるまでに時間がかかりましたね。
MASS-HOLE:コンセプトがきちんとかたちに仕上がったのは、この3か月間くらいのことですよね。それまでは、Mercyさんから2曲くらいプリプロとして戻ってきて、そこからまた2~3か月あいたりとか、すこしづつ進めていったかんじですよね。
J.C:全部の曲をそれぞれすこしずつ手をつけていきました。「ボトルと世界」はずーっとやり続けていましたね(笑)。
MASS-HOLE:あの曲は自分の『ze belle』(2021年発売)のツアーの時にはもうライヴでやってましたよね。
J.C:やってました。付き合いは結構長いけど、こんなにがっつり時間をかけて共作したのは初めてかもしれないです。
MASS-HOLE:あ。確かにそうですね。
J.C:『0263bullet』(2014年発売)に入ってる「PENCH」なんかはたしかCHANG YUUとかとツアーに行ったときに、みんなレコード買いに行っちゃって録ったんですよね。
MASS-HOLE:朝方にサクッと録った気がします。
ーーMASS-HOLEさんだけをトラックメイカーに迎えた理由は?
J.C:MASS-HOLEは音楽を作ることが日常なんですよ。俺も、音楽とか言葉と向き合うことが日常なので、その感覚がとてもあう。それにプラスして、正統派のトラックメイカーだって評価されているけれど、MASS-HOLEは宇宙なんですよ。これ、伝わりますか?
MASS-HOLE:宇宙?
J.C:宇宙。どんなラッパーでも乗せやすいトラックメイカーではないんです。俺も今回かなり難しさを感じながらでした。でも、がっつりMASS-HOLEと作りたいとはずっと思ってました。
J.C:「A LOOK」は俺が最初に考えた方向性と全然違うんです。最初にもらったフィードバックで「良い」と言ってくれたところを、MASS-HOLEがどういう考えで「良い」と言ったのか、その方向性に間違いがないことも理解できたから、それを活かして変えていくことができました。
MASS-HOLE:俺は「A LOOK」がこの音源で一番気に入ってるし、好きですね。現行っぽい感じがありつつ、80年代の空気、シティポップ感もある。言葉も良く響くし、サビ・フックもめちゃくちゃ歌いやすいですよね。
J.C:歌いやすいっていうところまで作るのが、シンプル過ぎてかなり難しかった。あの仕上がりになったのはMASS-HOLEのおかげです。
MASS-HOLE:普通にDJするときにも使いたい曲です。
ーーJ.COLUMBUSさんのお気に入りの曲はありますか?
J.C:ぶっちゃけ俺がよく聴いてるのはスキットなんですよね(笑)。どの曲も俺がんばったんで、なんていうかスキットが「お疲れ」ってねぎらってくれている気がしてます。
MASS-HOLE:スキットが入って「1枚」になりましたね。
J.C:スキットが加わって、ひとつの作品としてパッケージングされた。そこで音楽として、言葉だけでは補えないものも含めて成立しました。ミックスを聴いたときに「完璧だ」って。俺は「音楽」を出したいんです。
MASS-HOLE:それって、俺らがDJやったり、MIX音源をリリースしたりの経験が、音楽として聴きやすく成立させるっていう点で活かされてるってことですよね。
この作品で、俺は完全に‟受け”でしたね。こちらが考えたことは、ビートとラップのバランスだったり、音楽としてどうすればより高められるかってことだったり。
去年のシングル(J.COLUMBUS & MASS-HOLE/シティ・オブ・グラス)っていつでしたっけ?
J.C:あれは12月ですね。あの曲「シティ・オブ・グラス」はかなり赤裸々に内側を表にしてますね。<コカインを吸って約束を破った>と言うことができた。これは共感ではないけど「そういうとこあるよね(笑)」みたいに言ってくれる人には数年越しで謝れた気持ちでございます。
コンセプトは、ポール・オースターの作品をなぞっているんですけど、「街の中に紛れていく」。音楽は街に紛れていてほしい、細切れみたいになって、音楽がからみついてくるみたいな感覚。クラブで、車の中で、いろんな状況で音楽は聴けますけど、パーソナルなものになる瞬間がどこかに必ずある。どうしても去年のうちにリリースしたいって、MASS-HOLEにも伝えていました。
ーー2022年に発表するべき曲だったんですね。
J.C:リアルタイムな、そのときの空気を残せるようにジャケットの撮影もしてもらっています。
他の曲に関しても、普段リリックにしないようなこと……いや、違いますね。むしろラップのスタイルだから「言える」こと……自分のすごくダークな、どろどろした暗い部分。ほかの表現方法でアウトプットしたあとに、それでも‟残っている”ものを表に出そうと言葉を探しました。
ーーMercyさんには、Lil Mercy/J.COLUMBUS/Cotton Dopeといくつか名義がありますよね。それぞれ、Lil Mercyはレーベルオーナー・PayBackBoysのフロントマン。J.COLUMBUSはラッパー、Cotton Dopeは選曲家になると認識しています。それぞれの名義でペルソナの使い分けはしていますか?
J.C:昔は使い分けをしていたけど、今は全部一緒みたいな感じになってきていますね。
MASS-HOLE:今はJ.COLUMBUSがメインって感じですか?
J.C:そういうわけでもないんですよ。とくに文章は<ラッパーとして>書きたいときばかりではないんですよね。PayBackで最近曲を作っていたりもするから、Lil MercyとJ.COLUMBUSはもしかしたら分かれてきているかもしれない。
PayBackや文章を書くときは衝動的な部分が大きいですね。ラップは、その衝動的なものをさらにエディットしているので、違いがある、切り分けがある部分はそこなのかなと思いますね。
MASS-HOLE:Cotton Dopeは文章のときなんですか?
J.C:Cotton DopeはDJだったり文章だったり、と思っているんだけど、Lil Mercyとして掲載したいって言われることもあるんで、曖昧ですね。
MASS-HOLE:やっぱMercyくんとかMercyさんって呼ばれてますもんね。
J.C:最近俺のことを知ってくれたような人から「Jさん」って呼んでもらうこともあるけど、「Jさん」はほかにいるじゃないですか(笑)。JBMがいますからね(笑)。「コロンブスさん」もありました。
MASS-HOLE:コロンブスさん、いいですね。ヤバい。
J.C:面白いし、あえて自分からMercyって呼んでくださいとかは言わないんですけど(笑)。
ーーラッパーとして「衝動的なものをエディットしている」ことが、このアルバムでよく理解できます。
J.C:ミックスがあがってきたときに自分もそれをすごく感じました。「こういうふうにして欲しかったんです」って感じ。
MASS-HOLE:シングルにした「シティ・オブ・グラス」からの流れで、俺は全体的にちょっと「壊そうかな」って思ってたんです。
具体的にいうと、ちょっとボーカルの質感だったり、ミックスの仕上がりだったりを粗くしたりしてみようかなって。ディレイで飛ばしたり、リバーブを極端にかけたりする現行のヒップホップの感じってあるじゃないですか。
歪ませたりする、そういうのに合うかなって思ったんですけど、この生々しい感触は壊すよりもきれいに聞かせるほうが、この場合は正しいんじゃないかって答えが出たんです。そっからはすごい速かったですね。きれいに言葉を響かせる作業をしました。
ーーリリックをいかに届けるか、ということですね。
J.C:ラップが韻を踏むってことは確かに特徴だし、重要。だけど、ハードコアバンドのリリックだって韻を踏みます。音楽だけでなく、文章をデリバリーするときに絶対重要なことだから、このアルバムはそういうところにもこだわってます。
それから、間をうまく置いていきたいなって考えました。かなり不規則な構成をしている曲が多いんです。
MASS-HOLE:今回の、フックまでいかないんだけど、バースを繰り返す感じ。あれ新しいな、すげーなって思いましたね。
J.C:それ、やりたかったことなんですよ。完成した詩って、4行を繰り返すだけでも成立するし、それが好きだなって想いがあります。
ーーこの作品は、ヒップホップであることは間違いない。けどラップなのかというと、ポエトリーリーディングのエッセンスの純度と濃度が高いと感じました。
MASS-HOLE:あぁ、近いですね。
J.C:J.COLUMBUS & BLAH-MUZIKでの意識は、完全にポエトリーリーディングですね。より伝えられる表現方法を選べば良い。MASS-HOLEとやるってことは自分を出し切るしかないっていう想いがありました。ライブで目の前にいる人に、言葉として感情が届けられるなら、ノートを見ながらも良いと思うようになりました。
MASS-HOLE:東京での生活って、やっぱハードじゃないですか。暮らしているだけでリリックになるっていうか、そういう感覚は俺のなかにありますよ。さらに、Mercyさんはとにかくいろんなことやってるから、抱え込んでることもきっと多いだろうし。音楽としてそういうものをアウトプットすれば絶対に作品になる。
J.C:昔からあるけれど、ドラッグを推奨するような音楽が今、とても多い。捕まる子もたくさんいるし、ヒップホップに関して「もっとやっちゃえ」みたいな印象を抱くのかなって思ってます。個人的には悪いことだと思わないし、言い切れない。でも、ハードにやりつづけたら、いつか頭がおかしくなる。昔のロックミュージシャンがツアーばっかりして頭おかしくなるって話を読むし、今もEDMのDJが、そういうところからおかしくなって自殺してしまうなんてニュースを見て、その感覚は少し分かると思います。
「ヒップホップが好きなら、薬物もゴーハードする」みたいなのは、無理だと思う人がいて当然だし、無理でいいんですよ。俺もそんな派手な暮らししてないです。俺も壊れそうだったし、壊れてたかもっていうのは書いておくべきだと思いました。
MASS-HOLE:ぶっちゃけMercyさんの事件は作品に影響あったんですか?
J.C:あります。俺がグラフティやってることが公にバレちゃったから。それですごく気持ちが楽になったっていう、隠すものがひとつなくなったってのも少しあるんですよね(笑)。あとは本当に自分が作ったり、関わったりする音楽にもっと責任感をもっていこうって思ったんです。
ーー事件の前からもきちんと責任感はあったと思いますよ?
MASS-HOLE:ありましたね。
ーーこれ、すごく繊細な話ですよね。ヒップホップのシーンが広がって、みんなそれぞれ受け止め方や感じ方があると思う。だけど、影響力があるからこそ感じる責任感の話。
ヒップホップだとされているものが、本来関係のないものにフォーカスされていたり、リスナーやファンも、アートや表現に答えや結論を求め過ぎていると私は感じています。
J.C:答えなんてないですよね。
MASS-HOLE:ないですね。
後編に続きます!(取材・文 服部真由子 for Mihija)