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劇的・妊婦生活⑥~お産の記憶前編~

娘が一歳になる前に、お産の記録を残しておきたい。

書こうと思いながら、先延ばしになっていた。

お産の前に、子父との話し合いや、親友におきた事や、助産院にたどり着いた経緯とかもあるんだけど、

それはまた追い追い。


4月4日予定日。

お腹の子どもにも、

まぁ、一応予定日の4日を第一目標にしようかーなんて、話しかけていた。


前日、おしるしがきた。

助産師さんに連絡したら、おしるしから一週間後に陣痛くるパターンもあるからいつも通りにね〜とのこと。

いつも通り、散歩。階段上り下りしようと思い、この辺りでは高めな建物(イオン)にて、4階までを三往復。身体重過ぎてすごいきつかったのを覚えてる。

その後、ご飯。ラーメンとカレー。

その日は何事もなく就寝。

と、思いきや、

4日0時を回ったあたりから、痛みが。

10分置きくらいに定期的にくる痛み。

これは、陣痛だな、と思い、助産師さんに電話。

五分感覚になってきたら、また連絡を、とのこと。

ちなみに、助産院は我が家から徒歩10分。

初産だし、時間かかると見越して、ギリギリまでお家で過ごしてていいからね〜と。

まだ耐えられる痛みだったので、横になりながら感覚をタイマーで測る。

10分…8分…7分…短くなってきたけど、明け方あたりに、だいぶ間隔が開くようになる。

しっかりとは寝れないけど、痛みがないときに浅く眠る。

朝起きる。

間隔はあまり変わらない。

散歩したり、助産師さんのところへ行ったり…そわそわ。

けど、焦っても仕方なし。

12時頃、少し昼寝をする。

この辺りから、間隔は10分だけど、痛みが腰砕けそうなものに変わってきた。

バランスボールにしがみつきながら、痛みを逃す。痛い時はとにかく呼吸。ゆっくり吐く。

お昼ご飯食べたかったけど、イチゴくらいしか口にできなかった。

だんだん、5分間隔に。

助産師さんに連絡。5分のままなら様子見、間隔せばまってきたらまた連絡を、と。

この辺りの痛みから、だんだん陣痛きたときに声が出るようになった。

ぁーーー…と声出しながら息を吐く。

ぎゅって我慢しないように、とにかく呼吸。

母親にケアしようか、と部屋に入られるのを、拒否。入ってこないで!

とにかく、痛みを逃すことだけ考えて、バランスボールに必死にしがみついていた。その姿勢が、なんとなく一番しっくりきていたのかな。

家にいても落ち着かないのと、この時は早くお産が進んで欲しいを思ってたので、ゆっくり歩いて助産院へ。

陣痛の波が来たら、助産師さんが腰をさすってくれる。さすがプロ。もちろん陣痛は痛いけど、心地がいい。安心感がすごい。

波が来る時、ふーっと少し声が漏れるようになる。


間隔は変わらなかったので夕方頃に一回家に帰る。助産師さんが送ってくれた。お風呂はいっておいでーと。

お産のあとはしばらく湯船浸かれないから、ゆっくり入浴。

この後くらいから、痛みが強く、間隔も短くなってきた。

痛みの波が来た時、声出さないと耐えられなくなってきた。

20時前くらいに、姉の車(車高が低い方が乗りやすく、家の車じゃなく姉の車でお願いした)で助産院に送ってもらう。


この辺りから時間の間隔わからなくなってるので、覚えてる範囲で。

とにかく、波が来た時に、いかに力まず痛みを逃すか。

ソファクッションに抱きつく形で声を出しながらとにかく呼吸。

姉と母が付き添ってくれる。

赤ちゃんが出てきた時のために部屋を暖かくしてるため、汗だく。

水分を取る事に頭が回らない。

ストロー付きの飲み物を渡されても少ししか飲めない。

はぁぁぁーーーと次第に声も大きくなる。

破水はまだなのだろうか。

この痛みはいつまで続くのだろうか。

ケツ爆発しているようで、アンパンマンの新しい顔だよ!って感じで新しいケツをくれ、となんども思った。

痛みが強い時は宇宙が見えた。

宇宙でビックバンでも起きたような衝撃。

自分の内側からものすごい何かが動いてるような。


なんど陣痛の波が来たかわからない。

今は何時なのか、破水もまだってことは、この痛みは序盤なのか、だとしたら、相当な長丁場になる。

だいぶ時間が経ち、姉が居眠りしているのが見えた。

こっちはめちゃくちゃ痛いってのに、この野郎。


でも、きっと長丁場になるしな、

一度帰っていいよ、と声をかけたような。

だとしたら、私優しいな。


後半へ続く。

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