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文殊菩薩に、まみえる

チベットで篤く信仰されている菩薩さまに、文殊菩薩がおられます。
チベット人は、文殊菩薩が大好きです。

自他の罪障を浄め、福徳を積み、最終的に智慧を得るのが大乗仏教ですが、智慧は最初から働かせていかないとダメだよという話は、SNSのほうで書いたことがあります。

これは『法徳蔵般若経』をはじめ、大・中・小の般若経典で説かれていることです。

智慧とは「眼」であると古くから言われますが、現代で言えばグーグルマップかもしれません。智慧は、現在地と目的地への方向を教えてくれます。

とはいえ私たちは最初から智慧があるわけではないので、より智慧の優れた善知識ぜんちしきから教えを請い、現在地点とルートを逐次確認しながら、一切智・無上正等覚へと至る道を歩みつづけるのです。
善知識とは仏教語で、仏教の師を指します。

そして文殊菩薩は、究極的な智慧の加持を私たちに与えてくださる存在です。文殊菩薩の加持によって、道に迷ったときにも、私たちは自分の立ち位置とルートを見出すことができるのです。

チベットの占断では、文殊菩薩を本尊としてお伺いを立てるやり方があります。その理由は、過去・現在・未来の因果と縁起を見通す文殊菩薩の智慧により、回答をいただくためです。

チベット仏教に伝わる占いに用いる、サイコロ。
文殊菩薩の根本真言(心咒)が刻まれている。筆者蔵。


チベット仏教はインドのナーランダー僧院の伝統教育を継承しているため、学僧は今でも経典の丸暗記をやって、さらに問答(下の2枚の写真)もやります。

そのためには必死で、文殊菩薩の加護を求めます。
僧はまず朝起きて、文殊菩薩のお経を唱えることから始めて、舌の加持をするのです。
問答では、声がよく通らないといけません。

ナムドゥルリン寺(南インド)での問答。
撮影:気吹乃宮
ゲルク派の大本山セラ寺(南インド)での問答。
双方が大声で言い合い白熱している。
そして終盤になると、取っ組み合い。
なぜか部外者の私まで揉みくちゃに…
撮影:気吹乃宮


文殊菩薩は「菩薩」とは言われてはいますが、実際には仏陀で、しかも過去仏が菩薩の御姿をとられていると『勝鬘経』に説かれています。別の経典では「未来において仏陀となる」と説かれており、よって文殊菩薩は過去・現在・未来の仏であるとチベットではみなされています(ここらへんも日本との温度差かもしれません)。

そこで私たちが修行上の疑問点や悩みを解決しなければならないときは、「諸仏の智慧の総集」とされる文殊菩薩にまみえ、一切の疑義を晴らすことで、真実の意味へと到達しようと試みます。

実際に過去の多くの高僧の伝記では、文殊菩薩の加持が記されています。

たとえば私の師匠の系譜の先生、ジャムグン・ミパム(1846-1912)は文殊菩薩ジャムグンそのものとされています。
説法の場では空中に文殊菩薩が出現し、法話の中で疑問点があるとジャムグン・ミパムが空中の文殊菩薩に向かって質問して回答を得ておられる様子が、集まった聴衆にも確認できたそうです。

チベット本土に留まって生涯にわたり本土の民のために仏法を護持されたケンポ・ジグメ・プンツォク(1933-2004)は、1987年に文殊菩薩の聖地、五台山(五臺山)に巡礼して二十一日間のお籠り行をされ、文殊菩薩にまみえることができたと伝えられています。

五台山(中国 山西省)


ケンポは中国人も多く引き連れて五台山に巡礼しようとしましたが、現代の中国人にとって五台山は「羅刹国のように戻って来れない場所」という悪いイメージだったようです。しかし巡礼後、仏教の信仰はケンポ・ジグメ・プンツォクを精神的支柱として爆発的に、中国本土に広がる結果となったわけで、これも文殊菩薩の加持の賜物でしょう。

五台山は古から多くのインド・チベットの聖者・学匠が巡礼に訪れています。

日本の天台宗の第三代座主、慈覚大師円仁えにん(794-864)もまた840年に五台山を巡礼されており、その一部始終が『入唐求法巡礼行記』に残されています。現地では実際に文殊菩薩の奇瑞を多く目にしたことなどが細かく記されています。

『入唐求法巡礼行記』は私の座右の書ですが、慈覚大師の五台山巡礼は十年間の波乱に満ちた入唐生活の中でも活き活きとした描写で、1つのクライマックスといえる場面です。


現代においても、どんな愚者でも五台山に一ヶ月滞在して文殊菩薩をよく拝むことで、経典に書かれている意味が驚くほど理解できるようになると言われます。

重要な五部の大乗仏典の1つ『大宝積経だいほうしゃくきょう』にも、文殊菩薩の名号を念じる功徳の大きさが多く説かれています。

そういえばチベット文字を勉強するときも、最初に文殊菩薩のお経を書写し、書いた文字を発音することで、文殊菩薩の加持を得たものでした。日本のチベット語教室では決してやらない手法でしょうけど、そうやって教えてくれた若きお坊さんには(位の高い活仏だった)今や感謝しなければなりません。

文殊菩薩への祈願の中で最も有名なものは『カンロマ』(讃嘆文)、『文殊真実名経(聖妙吉祥真実名経)アーリヤ・マンジュシュリー・ナーマサンギーティ』、文殊心咒(根本真言)などです。

うち文殊心咒は短いし、唱えやすいものです。これを唱える者は、仏道修行している・していないに関わらず、智慧が増大すると信じられています。

文殊心咒

オン ア ラ パ ツァ ナ ディー


以前にも述べましたが、私の守り本尊は文殊菩薩です。

そこで(チベットでは文殊菩薩の化身とされる)弁才天と聖天様に対しても、特に信仰を持ち続けています。

私はうさぎ年ではありませんが、日本では文殊菩薩をうさぎ年の守護本尊としているようです。


最後になりましたが、告知です。本日(6/4)の午後3時から『文殊真実名経』読誦と文殊菩薩の特別なツォク供養を執り行ないます。

サカダワ月という吉祥の期間中、智慧をより増大させ、福徳資糧を積むことで、文殊菩薩の加持をより多くいただきます。フォローいただいている皆さまにも文殊菩薩の加持がありますよう、お祈り申し上げます。


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気吹乃宮(いぶきのみや)
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