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そんなところにもインターチェンジ効果

これが用語として成立しているのか分からないが世の中にはインターチェンジ効果なるものがある。

インターチェンジ効果というのは高速道路を運転した後にインターチェンジで降りた直後に生じる感覚のことで、高速道路での運転の時は周りの車も早いし風景も早く通り過ぎる。その状態からインターチェンジに降りるとしばらくの間まわりの風景や車が遅く通り過ぎるのを感じるという感覚の効果らしい。

この説明が「・・・らしい」になっているのはこの用語が速読や速聴系統でしか説明されておらず特に学術的な説明もない。まぁ単なる感覚が少し残っているだけとも言える。

そんな効果を最近仕事後にしばらく感じている。仕事が高速道路・・・とかそういうわけでもなく、仕事で使っている周りを見る感覚というのがどうしても残ってしまうのだ。

何回か書いているが自分は仕事の中でリーダー的なポジションにいる。その時に問われるのが周りを見る力だ。例えば自分がAという場所で働いているとする。そこから少し離れたBという場所ではAの後の工程のため状況に応じてAの作業を少し変えなければならない。

つまりはAのところにいながらBの状況を把握し、そしてBの今後どうなるかを読みながらAのところの場所を少し変える。さらにはAとBがCにもつながっているためCの状況も把握しなければならない。このようなことを日々している。

こうやって書くと自分は仕事中どんだけ神経を使っているんだと思われるかもしれないが、これが日常だ。そしてこれら物事の全てに近未来というか先を読む力が問われる。5分後、15分後、1時間後どうなるかを見越した上でその場の判断をしなければならない。

さて仕事後の話に戻るが、ここまで自分の所や周りの所を常に把握し行動をしているとこの周りを見る感覚というのが仕事後の帰り道にも影響をしてくる。

どういうことかと言うと駅前の通路を歩いているとしよう。その時にまずは自分の歩くルートを決めるためにまずは自分の周りを見て状況を把握しルートを決める。この人がこう動くだろうからこういうルートにしよう。これらは普段誰もがやっていることだ。

そしてそこから今度は自分の周りを一歩超えたところにも神経がなぜか働く。あっ、このカップル青春真っ只中しているなぁとか、この人道を迷っているんじゃないか、この人達社会人っぽいのに大学生ノリしすぎやろなどなど。

さらにさらにそれらを見て今日のnoteどうしようか。来週末に出かける帰省の支度なにか買うものあったっけ・・・とか自分のことにも神経が行く。

というふうに目の前のこと、少し離れた周りのこと、そして自分のことという3つのことを仕事からの帰り道考えている。考え過ぎなのかは分からないがまっすぐ何も考えずに目の前のことに集中して帰るというのは今ひとつできないらしい。

これがインターチェンジ効果のようにインターチェンジを降りた時に残っている高速道路の感覚なのかは分からない。しかし感覚として残っているという意味では非常に似ているものと言えるのではないだろうか。


#日記   #エッセイ   #インターチェンジ効果


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migmin
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