Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−19

「おいテメェ! さっきから黙って聞いていれば、いい気になりやがって」
キャサリンが今にも殴らんばかりに、キャサリンがつっかかってきたのを、私は彼女が羽織っている服の袖を引っ張って制止した。
「もうやめようキャサリン。こういう人間には、なにを言ってもムダだよ」
「クラウス、あなたにはがっかりだ。もう少し、分別のある言い方ができる人だと思っていたんだけどな」しょんぼりした表情を浮かべながら、フリーダも言葉をついだ。
「二人とも、さっさと外に出よう。こんな人間に、なにを言ってもムダだ」私はそう言うと、視線を出口に向けて、その方向に足を運んだ。2人も無言で私の後に続いた。
犯人が店内から連行されてから、まだ1時間も経っていない。それでも私には、店内がざわついているのは、4階での騒動が影響しているに違いない。
背筋をピンと張りながらも、他人と視線を合わせないように移動する。だが、耳から入ってくる雑音を遮るのは、この状況では難しかった。
「いいよな、あいつら。『皇族や貴族』というだけで、グランゼコールに無試験で入学できて、就職先も選び放題なんだからよ」
「うちら一般人は、大学を卒業してもろくな就職先がないってのによ」
「上流階級の人間は『文句があるなら、君たちもグランゼコールに入ってからいいたまえ』って、上から目線でいってんじゃねーよ!」
「あそこは受験制限があるっつーの! あいつら、それを知っていてそんなことを言うか?
「準備級に行くにしても、学費は高いし、授業は難しいし、合格率は高くないし」
「学費は奨学金で賄えるっていっても、生徒は全員が上流階級出身者」
「背伸びして庶民が入っても、こっちはつらいだけなんだよ」
店内のそこかしこから、上流階級に対する妬みそねみの声があがるが、私たちは、その声を無視して出口へと急ぐ。彼らが囁くことは、全部事実なのだから、いちいち気にとめていられない。
政財界のエリート養成教育機関であるグランゼコールは、旧フランスにあるそれを参考に設置されたものだ。入試倍率、学費ともに高く、入学も熾烈な勉強競争を強いられる分、卒業後の社会的成功は確実に約束される。もちろん、老後の生活も安泰だ。
しかも、今は不景気だ。大学の学費は無料とはいえ、好条件の職場に就職できる学生は、大卒者のごく一部に過ぎない。初任給でも、一般大学とグランゼコール出身者の格差は、年々広がる一方だ。
大卒ですらそうなのだから、高卒で出世するのは至難の業だ。私の周りにも、高卒で出世した人間はいるが、それは当人の身の上に、いくつかの幸運と奇跡が起きた結果だ。純粋に実力だけでのしてきた人間は、ほとんどいないだろう。
ほとんどの皇族・貴族は、自分の置かれた境遇にあぐらをかき、目下の人間を見下している。その反面、皇族・貴族というだけで、背負わなくてもよい苦労や宿命に苦しんでいる人間もいる。私の周囲の人間は、そういう人ばかりと言っても過言ではない。
やっとの事で私たちは、重苦しい雰囲気が漂う店の外に出ると、キャサリンはたまっていた怒りを爆発させた。
「ああチクショウチクショウチクショ──────────────────!!」
「ちょ、ちょっとヤメテよキャサリン! 場所と時を考えてよ!」
私は慌ててキャサリンに抱きつくが、今度はフリーダが爆発した。
「不満ばかり言ってないで、ちっとは行動せんか────────────い!!」
20歳過ぎのキャリア然とした女性二人組が、街中を貫く大通りのど真ん中で大声を上げているのだ。大通りは多くのサラリーマンや役人が歩いていたが、彼らの多くが、奇声が上がった方向に視線を向けている。私は恥ずかしさのあまり、下を向いた。
二人も、自分たちのやったことがまずいと感づいたのだろう。視線を下に向けたまま固まっている。
「やっちゃったなあ」とキャサリンが言えば、「やっちゃいましたねえ」と、フリーダも応じる。
「私たち、当分の間、あの店の近辺に行けないなぁ」と、ぼやき気味にキャサリンが呟いた、その瞬間……
「あなたたち、ここで大声を上げるなんて何事ですの?」
人を見下したような声に、私たち3人は凍り付いた。
声が聞こえた方向に視線を動かすと、そこには誰しもが畏敬し、怖れられている一族の皇女が、私の妹と一緒に並んでいた。
シュテファニエ・ヴェローニカ・ヘレナ・エルネスタ・フォン・セプテムステラ=サートゥルヌス。9家ある建国立役者の一つセプテムステラ=サートゥルヌス一族の末裔で、オルデンブルグ大公国第三皇女。彼女の父親は、我が国の情報機関の一つである連邦帝国情報局の長官を務める。もちろん、本人もそのメンバーだ。
「まーったく、地位も財力もある方々が、時と場所を考えずに品性を疑われることをしている。恥ずかしいですわね」

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