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『十三機兵防衛圏』は消費されてしまうタイトルなのか【コラム】
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某所に書いたコラムを発掘してので、せっかくなので記録として残します。
※2021年7月の記事
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『十三機兵防衛圏』は、特殊なタイトルでした。「名作」というには私のなかで当たり前になり過ぎているタイトルです。そして、そんな簡単なひと言で片付けるには、もったいない作品でもあります。
改めてこうしてレビューのような、コラムのようなものを書くのは、じつはとても私にとって難しいことです(笑)。すでにライター時代、Webに紙面、PSエディターズチョイスに……もう発売前、発売後と本作については全力をもって何本も語り続けてきました。ただ発売から1年以上が経った今思うのは、本作を「思い出にしたくない、思い出になってくれない」という不思議な感覚です。
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本格SFの練り込まれた世界設定、少女漫画のような青春、誰の心のなかにもある郷愁、じつは残虐性をも伴う隠された真相――どこか懐かしくも美しいビジュアルで彩られた世界のなか、物語に引き込まれていく体験は、いつでも「いつかあの頃のトキメキ」を思い起こさせ、それとともに“懸命”であることへの勇気を与えてくれました。
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大人になってしまったからこそ知ってしまうのは、誰かの特別になることの難しさ、そして何においても特別な人間になる難しさです。本作は“郷愁”という背景を使って描くことで、“懸命”になることへの気恥ずかしさを払拭してくれました。たとえ何者にもなれないかもしれなくとも、懸命であることは悪いことじゃない。
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■“キャラクター”という言葉では言い表せない“登場人物”たち
プレイを進め、本作の世界背景に引き込まれるうち、十三人の主人公たちと彼らを取り巻く人物すべてが私のなかで現実と“地続き”のような不思議な錯覚を覚えるほどに身近で、そして憧れを含んだ存在になっていきました。皆、誰かに何かに対して一途でひたむきで、時には悩み、時には過ちすら犯してしまうこともある。そんな泥臭さすら感じさせる彼らを“キャラクター”と表記することは、あまりにも軽いように思うのです。
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主人公たちだけでなく、誰一人欠けることなく重要な役割を担い、そして“生き生き”と存在している登場人物たち。点であった彼らが物語を進めるうち、見えない線でつながって行き、誰かにとってかけがえのない存在になる。その線のなかにはきっと、プレイヤーも含まれているでしょう。プレイヤーは本作を俯瞰視点で傍観する者でありながら、謎の究明に奔走する主人公のひとりでもありました。だからこそ、『十三機兵防衛圏』の世界から、自分をいまだに切り離すことができないのかもしれません。
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■『十三機兵防衛圏』は消費されるのか
悲しいことに、初めての体験をもう一度同じように味わうことは難しいかもしれませんし、どんなにすごい感動でも忘れてしまうこともあるでしょう。そして“好きだったもの”への愛情が薄れていくことを止めることは、とても難しいことだと思います。コンテンツは消費物です。体験は思い出に変わり、思い出は過去のものとして処理されていきます。
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すでに発売から、そして初プレイから1年以上の時が流れ、『十三機兵防衛圏』は私のなかで「思い出のゲーム」という棚のなかへ移す準備が着々と整えられようとしています。けれど、そのたびにプレイ中の断片が、心を打ったさまざまなシーンが、セリフが次々に思い起こされるのです。
『十三機兵防衛圏』を思い出にできないまま、考察を重ねたり、登場人物の描かれなかったシーンを想像したり、私は気付けば仕事、私生活ともに本作のことばかりを考えた1年あまりを過ごしてしまいました。もちろん、他のコンテンツを楽しむことも多くありましたが、根っこの部分にはずっと本作がそっと存在しているのです。
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■ただ恋しているだけ
いつも以上に時間をかけてここまで書いても、まったく手応えがないのが本当のところです(笑)。私は『十三機兵防衛圏』が好き。ただ、それだけなのです。これは、恋に似た感覚かもしれません。以前、神谷さんにインタビューをさせていただいた時、少年のような目で本作について語ってくださったのを今でも鮮明に思い出します。シーンの一つひとつすべてに、そんな神谷さんのキラキラした青春や心を動かされた何かへの思い出が注ぎ込まれているように思います。
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きっと、だからこそ、たくさんのユーサーに今なお愛され、たくさんの賞を受賞・ノミネートされ続けているのでしょう。たとえ本作がユーザーの皆さんの「思い出」になってしまっていても、私が作ったアイテムがその思い出を包み込むものでありますように、そう願いながら、企画者としてアイテムをお届けします。
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