「何クラスタ」という区分け、あるいはアカウント分けについて~私はしないよ。雑食性だから
人には色んな属性(クラスタ)がある。
学生、社会人、父親、夫、子、孫。
音楽好き、スポーツ好き、アニメ好き、読書好き、漫画好き、ゲーム好き、芝居好き、ドラマ好き。
肉好き、野菜好き、果物好き、お菓子好き、ケーキ好き、パン好き、ご飯好き。
ものすごく適当に書いたけど、当然その「大分類」の下には中分類、下分類があるわけ。
例えば「酒好き→焼酎好き→芋焼酎好き→**酒造の**好き」、みたいな。
当たり前だけど人は1つの属性だけで決まるワケではなくて、これらが縦横斜め……と網目みたいに複数絡み合っている。
「酒好き」の社会人もいれば学生さんもいる。
その社会人は読書家で、学生さんはゲーム好きかもしれない。
この2人、お酒の話では意気投合できても、書籍やゲームの話じゃあ全然噛み合わない(分からない)ことってあると思う。
何が言いたいかっていうと、人の見えている(見せている)属性なんてその人を構成するほんの僅かな一要素に過ぎないよね、ってこと。
当たり前なんだけど。
SNSだとそれらの構成要素のうち、どうしても可視化されやすいどれか(幾つか)が表に立つと、その人にも(もしかしたら自分にも)それ以外があることを忘れてしまう。
なので人によっては「複アカ」、いわゆるアカウントを複数持つことでそれらを上手く使い分けてる。
これはヲタクアカ、これはブライベートアカ、これは映画の感想書くアカ、これは飲食アカ……みたいな。
仕事のオンオフ、みたいに「別もの」として使い分けたい感覚、分からなくはない。
大変だろうなぁ、とは思うけど、おそらくそういう人にとっては「ごちゃ混ぜ」の方が嫌というか落ち着かないのかな。
私はそんな器用な事出来ない、というか「ごちゃ混ぜ」「雑食性」こそ自分、と思っているのでもう何でもあり。
特にTwitterは、スタァライトとか刀剣乱舞用のアカウント作った方が交流や情報収集には便利かもなぁ、と思いつつ
「舞台創造科かつ審神者で酒飲みでクラヲタで時々ドルヲタで観劇おじさんな2児の父な関西人over50」
な自分をまるっと見せるのが面白いのかな、なんて思って全部1つのアカで済ませてる。
しかし適当に描き連ねたけどたいがいなオッサンやなw
……当然だけど、上の長々した「属性」ですら私の「一面(のいくつか)」でしかない。
ブログは昔分けてたけど、日々の雑記もクラシック関係のブログも全部このnoteに一本化してからすごく楽になった。
要は、
これも私。
あれも私。
たぶん私。
きっと私。
「愛の水中花」(松坂慶子)みたいに言うな!www
……あれ?通じる?だいじょぶそ?(昭和w)
あの曲、作詞が五木寛之氏って知らんかった。
日々勉強!(とは?w)
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