できること、できないこと

高校のとき、所属していた放送部の先生に言われた忘れられない一言。「お前は普通できないことができるわりに、普通できることが全然できないよな」。

私は専門領域こそ得意でも、だれでもできる雑用がとにかく苦手である。開ける・閉める・縛る・組み立てるなど、小さな子供でもできるようなことができず、驚かれることが多い。

努力でカバーできる範囲なら良いが、いくら努力しても治らないことが多々あり、生活に支障をきたすことが多い。なので病院で検査をしてもらったところ、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の疑いありということだった。つまり発達障害。さらに立体空間の把握能力が低い。

ADHDといっても多動ではないから、不注意なのだろう。いちど東京で友人と会った際、本を買うのに会計すらロクにできずに小銭をバラ撒くわ、買った本をお店に忘れるわで散々だったことがある。このときに限らず幼いころからそうで、とにかく自分のそそっかしいエピソードは枚挙にいとまがない。

救いなのは「普通できないことができる」というところだが、その「できる」が通用するのもせいぜい学生まで、職業にした途端に周りはプロ集団なわけだから、専門領域を上達させるまではとにかく〈なにもできないひと〉の烙印を押される。しばらくはつらいだけの毎日であった。メンタルヘルスの問題も抱え、会社を休んだり早退したりもしていたから、試用期間で終わったところが2社ある。

とはいえ、今の会社は10年目である。ずいぶんと長くいるものだ。しかしそれは今の会社での仕事が楽しいことだけでなく、自分の特性を理解してくれている、という点が大きい。これで転職なんかしたら、またイチから始めてダメ人間の烙印を押されてしまう。それなら今の会社でのキャリアを積み重ねていきたい。

もっとも、自分の特性を免罪符にして努力を怠ったり、専門領域で慢心するつもりもない。毎日、目の前のことに誠実に向き合っていく、それだけなのだ。


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