40歳を過ぎて受験した保育士試験のこと
ずっと子どもと関わる仕事を続けて、「子どもに関する専門性がありますよ」みたいな顔をしていたのですが、そういえば、その「専門性」を客観的に保証してくれるものが何もないな、と、ふと気づいたことがありました。
私は、そもそも教育学部でも、保育学科でもなく、商学部の出身なので、在学中に、人の育ちに関わることを体系的に学んだ訳ではないんですよね。
新卒で入社したおもちゃメーカーで働いていた頃、「おもちゃを開発するために、子どもの育ちや発達のことを、もっと知らなくちゃいけないな」と思って、勉強のためにチャイルドマインダーの講座を受講し、資格を取りました。発達心理についても学んだし、子どもを預かることを想定した実践的な内容も多く、とても興味深かった。でも、興味深かった、というだけで終わっていました。
その後、キッザニアの会社に転職し、子ども向けのワークショップを手探りで企画し、試行錯誤しながら形を作っていきました。小学校の授業で来場頂けるように、キッザニアの体験を学習指導要領に記載された学習内容と照らし合わせた一覧を作成したり、事前事後学習の授業プランを作ったりしましたが、それとて、見様見真似でした。
フリーランスとして働き始めるようになって、株式会社が運営する保育園を巡回して、母体となる株式会社の独自カリキュラムの実演指導をしたこともありました。「保育のことも分からないヨソモノがきた」という目で見られたりもしました。ごく限られた人ですけどね。
そんなこんなで、保育や教育の領域に近いところで実践経験は重ねてきたのに、今のままでは「色々やったことがある人」で終わってしまう気がして。ここはやっぱり客観的な何かがあった方がいいんじゃないか、そう思って、覚悟を決めて、保育士資格を目指すことにしたのです。
実はチャイルドマインダーの資格を取った時にも、保育士はちょっと考えました。でも、当時はまだ、そこまでの覚悟がなかった。もう少し気軽に学べるものがいいな、と思ってしまったんですよね。
結果から言えば、保育士受験のタイミングは、若い頃ではなく、色々な経験を重ねた、このタイミングで良かった。それまでの自分の経験が、全て生きてくるような受験勉強になりました。
試験は、筆記が9科目。どの科目も正解6割以上で合格です。筆記試験を全科目合格すると、実技試験に進みます。実技は、素話・絵・音楽の3科目の中から2科目を選びます。
学生時代から、効率の良い勉強法をあまり意識したことはなく、ブルドーザーみたいな力技で乗り切ってきたので、最初はそんなノリで勉強を始めました。購入したテキストを一通り読んで、過去問を解けば何とかなるだろう、って。
ところがまぁ、テキストを読んでも読んでもアタマに入ってこないこと!電車で読んでいても、気づいたら同じところを何度も何度も読んでいるだけで、前に進んでおらず、ちっとも埒が明かない。(若い頃はアタマがやわらかかったのに・・・とは、こういうことか!!)
試験日が迫ってきて、このままではどうにもならないと思い、とにかくテキストは読まないままに、試験問題を解いてみることにしました。問題を解く。最初は、ほとんど解けない。それでも考えて、解いて、解説を読んで、また解く。解説を読んでも分からないところは、テキストに戻って確認する。それをひたすら繰り返すうちに、少しずつ、正答率が高くなってきました。
母親としての経験が、びっくりするほど役に立ちました。「子どもの食と栄養」は、離乳食本を熱心に読んで実践したから、何カ月でどんなものを食べるのか、子どもたちの様子を思い出せば何とかなりました。「子どもの保健」だって、第1子と第2子で大きく変わった予防接種カレンダーに戸惑ったおかげで、随分詳しかったんですよね。感染症については、チャイルドマインダーで学んだことも覚えていました。我ながら「何事も、無駄って、ないんだなぁ」と感嘆したのは、「保育実習理論」で毎年必ず4題くらい出題されている音楽理論。コードとか、転調とか。中学の時の音楽の先生が、音楽理論をとても丁寧に教えてくれたので、コードも、転調も、和音を数える時の●度という言い方も、あぁ、あの時やったぞ、と容易に思い出せたんですよね。
そんなこんなで、筆記はスムーズに合格しました・・・と言いたいところですが、そうでもありませんでした。「児童家庭福祉」と「社会福祉」という法律とか制度とかの科目が、何度受けても6割に達することができず、結局3回かかりました。あーやれやれ。
さて。実技です。
私は、新人の頃に企画書のドラえもんがドラえもんに見えず、先輩に爆笑されたくらい絵が描けないので、実技科目は迷うまでもありませんでした。素話と音楽の2科目に決定です。
素話は、4つくらいの課題の中から1つを選び、絵本も何もないところで、子どもたちに語り掛ける場面を想定して、3分で物語を話します。それまでに、児童センターや親子カフェなどで、親子向けの絵本の読み聞かせを何度もやってきたぞ、という自負があります。これは大丈夫さ、と思っていました。
音楽は課題曲が2曲決まっていて、楽器を使っての弾き語りをします。ピアノを選びました。子どもの頃に使っていた箱型ピアノも家にあります。とはいえ、ピアノは何年ぶり?何十年ぶり?というくらい、ずっと弾いていないので、かなり練習しました。
試験当日、素話は自信満々に実演しました。時間も2分58秒くらい。言い淀むところもなく、完璧♪ って思っていました。
音楽の試験開始まで、まだ時間がありました。控室の机で、ずっと指の練習をしていました。鍵盤がなくても弾けるくらい、頭ではなく、指に覚えさせるようなイメージでした。
いよいよ順番がきました。1曲目の最初の音を出した瞬間、ピアノの音の大きさに驚きました。〈キーボードなどで練習すると、本番で、ピアノの鍵盤のタッチの違いに戸惑うから、ピアノで練習した方がいい〉という、攻略本の注意事項は読んでいました。でも、音の大きさは盲点だった。家で練習する時は、いつも消音ペダルを押した状態で練習していたんですよね。
それでも1曲目は、まぁ何とかまとめたと思うんです。さぁ2曲目です。少し小さく音を出した方がいい、と思いました。練習の時みたいな、強いタッチじゃなくて、ふんわり弾こう、って。
でも、本番になって急に練習と違うことをやろう、なんていって、できる訳ないんですよね。
2小節目くらいで、指が1音、高い方にずれました。指は1曲の流れで覚えているので、途中からの軌道修正ができません。ずっと違う音のまま、全く役にたたないピアノの音を無視して、とにかく歌い、必死に歌い、歌い続けました。
これはもう完全に落ちたなぁ、と思ったんです。
あーぁ、もう1回受験かぁ、面倒だなぁ、って思いながら、落ち込んで、とぼとぼと帰りました。
イヤなことは、もう忘れよう、とすっかり忘れた頃、結果が届きました。各科目50点満点中30点が、必要な得点です。
結果は、合格でした。
絶対落ちたと思っていた音楽は、なんと、36点でした。どんなに音がずれたとて、最後まで止まらなかったことが、正解だったのかもしれません。良かった。ほっとしました。
それより、どうしても腑に落ちないのは、自信満々だった素話が、32点だったことなんですよね。合格点ぎりぎり。失敗した音楽よりも、低い得点でした。
読み聞かせには自信があった私としては、どうも、納得がいかない。
出直しですね。