議員はなぜ世襲されるの?-制度からみる日本の民主主義の歴史-
1.はじめに
「叩き上げの首相」
昨年(2020年)9月、菅義偉・自民党総裁が安倍晋三・元首相を継いで首相になったとき、新首相のイメージを伝える中で多くのメディアが用いた言葉の1つが「叩き上げ」でした。菅首相自身も、自民党総裁選挙の討論会の中でこの言葉を用いました。「下積みから苦労を重ねて一人前になる」(広辞苑より)という意味の言葉ですが、どうして「叩き上げ」という言葉が菅首相を表すのに用いられ、注目されたのか。簡単に言ってしまえば、政治の世界ではそれが当たり前でないから、つまり現在の政治における「世襲」の多さが理由だと言えます。
子が親の跡を継ぎ国会議員になる例は珍しくありません。例えば現在の岸田内閣では、20人いる大臣のうち岸田首相を含む8人が世襲議員に当たります。自民党より割合は大きく減りますが、現在の野党にも世襲政治家は存在します。昨年(2020年)亡くなった立憲民主党の羽田雄一郎・参議院議員の後継者を選出する2021年4月の参院長野県補選では、故・雄一郎氏の弟である次郎氏が立憲民主党から出馬し、当選しました。
2000年代後半にクローズアップされた「世襲」問題は、今回の衆院選に際して有力議員の後継者としてその親族が擁立される事例が相次ぎ、再び注目されつつあります。本稿では、世襲議員が日本で見られるようになった理由について、制度と歴史の観点から説明していきます。
※以下、本稿で用いられる「世襲」の定義は、「3親等以内の血族・姻族に国会議員がいる国会議員」を指します。
2.日本の世襲議員は本当に多いのか?
なぜ世襲議員が多いのか、という疑問に取り組む前に、そもそも本当に日本「だけ」世襲議員が多いのか、確かめる必要があります。例えば先進民主国においても、アメリカの政治家一族として有名なケネディ家やブッシュ家、父親も首相だったカナダのトルドー首相など、世襲政治家の例が容易に見当たります。政治家の世襲は世界的にどれほど珍しいことなのでしょうか。
先進民主国の下院議員を対象に調査したSmith (2018, p.40) によると、議員の世襲は世界的に見られる現象です。しかしほとんどの国ではその割合が総議員の10%を下回る程度であるのに対し、例外的に大きな割合を示す国が調査対象国の中に2つありました。日本とアイルランドです。
日本・アイルランドともに、その割合は20%以上、つまり他の先進民主国より2倍の世襲議員が存在しています。どの国も一度は世襲議員が多くなる時期があるのですが、最大3割を超すまで世襲議員が生まれ、その多さが現在でも維持されているのは、調査対象国中この2国だけでした。
まとめると、①世襲議員の存在は世界的に見られますが、②しかし日本の世襲議員の多さは、他の先進民主国には見られない特殊な傾向であるといえます。
3.なぜ世襲議員は多いのか?-「3バン」形成と世襲の歴史
では、日本の特殊な現状がわかったところで、改めて「なぜ多いのか?」という疑問に取り組んでみましょう。
選挙を有利に戦う上で必要なものとして「3バン」という言葉が用いられます。
そして世襲議員は、この3バンを親から引き継げるため有利であると言われます(例えば上杉(2009))。初めて政治の世界に入った新人よりも、親からスムーズに組織・政治資金を受け継いだ世襲候補者の方が当選しやすいというのは感覚的にもわかりやすい理屈でしょう。しかし3バンだけでは、世襲議員が強い理由を説明できても、日本「だけ」世襲議員が多い理由の説明は出来ません。その答えの1つは、選挙制度にあります。
衆議院はかつて、「中選挙区制」と俗称される制度を採っていました。中選挙区では、有権者は1票を投じ、その結果複数人の候補者が当選します。実はこの中選挙区制は、日本以外ではほとんど使われていないのです。
ここで、3人当選する中選挙区に衆議院過半数を狙う自民党から2人の候補者A・Bが、他に野党も2人候補者が出ているとしましょう。Aにとってはもちろん、野党は議席を争う敵です。しかし、「自民党に投票してください!」とお願いするだけではAは勝てません。なぜなら、同じ自民党の候補者Bに大量に票が流れてA自身は落選する可能性もあるからです。つまりAが当選するためには、野党のみならず自民党の候補者Bとも戦い、BではなくAに票を入れてもらえるようアピールする必要があるのです。
このように中選挙区制はその性質上、議席過半数を狙う政党から出る候補者にとっては「同士討ち」の必要性が生じることから、政党本位ではなく人物本位の選挙制度であると言われます。そのため、Aは自民党を頼ってばかりいられません。自分自身で資金を工面して「鞄」を用意し、自分についてきてくれる支援者を労力と金を注ぎ込んで組織し「地盤」を固めていきます。こうして政党の地方組織とはまた違う、後援会という議員独自の組織が整備されるのです。
では次に、長く議員を務めたAが引退する状況を考えます。Aには、これまで手塩にかけて育ててきた自分の「地盤」や「鞄」を、赤の他人に渡したくない気持ちが生じるかもしれません。Aの後援会は、Aのように影響力があり自分たちの意見を自民党中枢や国に伝えてくれ、後援会も満場一致で推せる人を後継者として擁立したいと思うはずです。ではそう思う彼らの近くに、秘書としてAに仕える中で政治家の仕事をよく知り、後援会や国・自民党とも繋がりを持ち、やがてはAのようになりたいと考えているAの息子Cがいたらどうでしょう。Aにとっては赤の他人に「商売道具」を渡すより息子Cに譲るほうが安心です。後援会でも、何人もいる地元の有力者のうちの1人や無名の新人が後継者になるより、血筋という正統性があり「お世話になったA先生の息子さんをもり立てる」という大義名分を得られるCの方が、後援会内が円満におさまり組織を温存することが出来ます。さらに選挙を統括する自民党としても、擁立したい!と後援会から申請された候補者を拒む理由はありません(拒んだ結果として野党から立候補・当選されると、自民の議席が減るため却って不都合です)。
世襲候補者Cが擁立されると、Aの時代から変わらない力を誇る後援会組織が引き続き活動します。これまでAに投票してきた有権者にとっても、知らない自民党候補者より「あのA先生の息子さん」の方が、投票するにも安心です。そもそも、名前を書いて投票する日本の選挙システムにおいて、Aと同じ名字のCは名前が憶えられやすい時点で無名の候補者より有利です※。「地盤」「鞄」のみならず「看板」も揃った世襲候補者Cは、仮に他の候補者より能力面で劣るとしても、当選するための資質・資源の面で優れているためにあっさりと当選するのです。
※「看板」効果の重要性は、政治家の娘婿が名字を変える例の多さからも伺うことが出来る(例:加藤勝信・前官房長官は旧姓室崎、大蔵官僚時代に自民党・加藤六月衆議院議員に婿入り)。
このように中選挙区制は、世襲政治家を生み出す上で大きな効果を持っています。終戦直後に当選した数多くの新人議員が、引退にあたって親族を後継者とすることで世襲議員の数は増加していきました。特に自民党議員を中心に世襲は行われ、その割合は1980年代に議員全体の3割のピークに達しました。
4.世襲はどう変わってきたのか?-小選挙区制と世襲
これまで、中選挙区制が世襲議員の増加をもたらしてきたことを説明してきました。しかし1994年に、選挙制度は中選挙区制から小選挙区制へと変化しました。では「世襲政治」もそれに伴って何か変化があったのでしょうか。
結論から言うと、世襲は弱体化しました。小選挙区制とは、中選挙区とは違って選挙区から1人しか当選しない制度です。そのため、選挙区から同じ政党の候補者は基本的に1人しか立候補せず、自民党候補は「自民党」であることをアピールするだけで当選出来るようになりました。また、票全体の20~30%を抑えれば当選できた中選挙区に比べ、50%前後の票を獲得しないといけない小選挙区では、後援会を築き、特定の人を対象に選挙活動をするだけでは不十分になりました。もっと多くの人に広く働きかけないと当選できないのです。候補者より政党で投票先を選ぶ有権者も増える中で、「血統」が持つ重要性は相対的に低下しました。
政党本位の選挙制度では、政党にとって候補者を選ぶことはその選挙区での自分たちの顔を選ぶことにもなります。そのためこれまで地方の意向を尊重してきた党執行部が、誰をどこに擁立するか、に対し強い関心を持ち始めます。この流れを
・政党の強化:国から政党に交付される政党助成金によって、党執行部の発言力が増した
・選挙法・政治資金法規制の強化:多額の金銭がかかる後援会の弱体化・新規後援会の減少(中北(2017), p.256)
・2000年代のマニフェスト選挙の広がり:候補者の人柄より政党の政策を重視=政党本位の加速
・民主党による「公募」の実施や世襲候補者の制限
・世襲批判の激化:世襲議員である安倍・福田両首相による短期政権
などが後押ししました。
では世襲議員は急減したのでしょうか。大きな変化が発生するのは2009年の民主党への政権交代のときで、多くの自民党議員が落選した結果、世襲議員の割合は30%から20%に落ち込みました。自民党政権が復活してから若干増えているものの、元の水準までは戻っていません。自民党から出る新人候補者についてみると、半分以上が世襲候補ということもあった中選挙区制時代に比べ、小選挙区制になってからは10%を切るまで減少しました。
ただ、世襲を根絶するまでには至っていません。なぜなら小選挙区制には、親戚議員に仕える中で政治家を志すようになる世襲候補者の数を減らす効果まではないからです。特に、これまで世襲されてきた回数が多いほど今後世襲される可能性も高いことがデータから分析されています。「家業」となって久しい政治家一族の子どもは、親がたまたま政治家だった子ども以上に、自分の将来の仕事として政治家を想像しやすいことが理由として挙げられます。
ちなみに閣僚における世襲議員の割合は、民主党政権時代を除いて小選挙区制になってからむしろ増えており、議員全体における割合を上回っています。何百人いる議員より把握しやすく、露出も多い閣僚における世襲議員の多さが、2000年代の激しい世襲批判の一因かもしれません。理由として、選挙で強く、大臣を選ぶ首相と関係が深い人(世襲議員は有利)ほど大臣に選ばれやすいことが考えられます。他方で、Smith(2018, p.233)はデータを用いた分析から、「世襲議員が閣僚になりやすい」のではなく、「閣僚に適任と考えられる当選回数の議員に世襲が多い」可能性も指摘しています。
5.まとめ
以上、なぜ世襲が起きるのかということについて、歴史から考えてみました。簡単に本稿の内容をまとめると、
・日本の世襲議員は、世界的に見ても多い
・世襲議員を多数生むことのなった大きな原因は、中選挙区制という個人本位の選挙制度である
・小選挙区制への変化は、世襲を緩やかではあるが減らす効果をもたらしている
というところになるでしょうか。
では世襲の存在は民主主義にとって「良い」ことなのか?この議論については、何を善悪の判断軸とするかの問題もあり、容易に結論が出るものではありません。飯田・上田・松林(2011)によると、世襲国会議員がいる市町村の方がより多額の補助金の恩恵を受けていること、他方でそのような恣意的な補助金誘導は全体で見た場合非効率を生じさせる可能性のあることを指摘しています。憲法問題として考えてみても、政治を志す新人にも平等な機会を保障するため世襲を制限すべきという議論がある一方、憲法14条・44条の公務就任権と衝突する可能性も指摘されています(さらにいえば、この違憲論に対する反論も根強いものがあります)。
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使用文献
書籍・論文
Smith, Daniel M., Dynasties and Democracy, Stanford, Stanford University Press, 2018
中北浩爾『自民党-「一強」の実像』中公新書、2017年
上杉隆『世襲議員のからくり』文春新書、2009年
飯田健、上田路子、松林哲也「世襲議員の実証分析」、『選挙研究』26巻2号p.139-153、日本選挙学会、2011年
新聞記事(全て2021年10月15日最終閲覧)
日本経済新聞「菅義偉氏、たたき上げの『令和おじさん』」2020年9月15日
朝日新聞「『3バン』備える世襲議員、岸田新首相も3世 いまなお目立つ姿」2021年10月4日
参考文献(全て2021年10月15日最終閲覧):世襲が発生する他の説明やその制限に対する意見など
平河エリ「なぜ、日本の国会には世襲議員が多いの? #25歳からの国会」2020年12月15日
…現行法制度の面からの世襲の優位性の説明
朝日新聞「(社説)政治家の世襲 政党は制限の検討を」2021年7月26日
音喜多駿「『世襲議員』は是か非か、制限することは可能なのか。まずは政治資金団体を課税対象にするのが現実解?」2021年7月26日
…現職参議院議員(日本維新の会所属)による世襲制限を巡る論稿
伊藤真「教えて塾長!伊藤真の憲法Q&A 第7回『国会議員の世襲制限について』」2009年6月10日
…有名資格予備校の経営者・弁護士による世襲制限違憲説への論駁
◯本稿で使用した写真は、全て政党(自民党、立憲民主党)のホームページに掲載されているものを使用しています。
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