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【森喜朗氏】【後編】女性に対する偏見に基づいた例の発言を掘り下げてみた

※本記事は前編と後編に分かれています。
前編では、失言の一連の流れを振り返り、森氏の経歴と過去の失言から森氏の性格を分析しています。
後編では、「女性のいる会議は時間がかかる」発言の問題点や真意、謝罪会見について分析していきます。

前編の「【森喜朗氏】【前編】女性に対する偏見に基づいた例の発言を掘り下げてみた」もあわせてご覧ください!

問題となった発言の全貌(JOCでの挨拶)

2021年2月3日のJOC臨時評議員会での挨拶(問題視されている発言)の該当部分を見ていきましょう。

全文自体は約8200字ですが、該当部分は約500字です。全文は日刊スポーツ 森会長「NHKは動かないと」/発言全文1より確認できます。ただ、該当部分の言葉尻が消されていて、正確な文字起こしではないことに注意すべきです。

これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは文科省がうるさく言うんですね。だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会は今までの倍時間がかかる。女性がなんと10人くらいいるのか今、5人か、10人に見えた。5人います。

女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局女性っていうのはそういう、あまりいうと新聞に悪口かかれる、俺がまた悪口言ったとなるけど、女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります。

私どもの組織委員会にも、女性は何人いますか、7人くらいおられますが、みんなわきまえておられます。みんな競技団体からのご出身で国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですからお話もきちんとした的を射た、そういうのが集約されて非常にわれわれ役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです。
      (スポニチ「森喜朗会長の3日の“女性蔑視”発言全文」より)

まずは、報道と森氏の発言に相違がないかを分析してみましょう。
4点に絞って確認していきます。

1.「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言に関しては、ラグビー協会の例を引き合いに出していることから、森氏自身の体験で語っており、報道に誤りはありません。

2.「女性は競争意識が高い」という言葉の前に「女性の優れたところだが」と添えている点はあまり報道されていませんし、あまり注目されていません。競争意識が必ずしも悪影響だとは思わないという、女性への理解を示す発言とも取れます。

3.「女性の発言時間を規制しないと困る」と言う発言は森氏自身が行ったものだと報道されがちですが、「誰が言ったかは分かりませんがそんなこともあります」と発言しているように森氏の発言ではありません。

4.「組織委員会の女性はわきまえており、的を射た発言をするので役立っている」という言葉について、「わきまえる」「役立つ」という言葉を使ってしまった配慮の欠如はあれど、「的を射た発言」などから女性への敬意が読み取れなくもありません。

さて、次に森氏の発言の真意に迫っていきます。
森氏の発言をまとめると

「文部科学省は『女性理事を4割に』と要求するが、女性が5人いるラグビー協会では今までの倍の時間がかかっている。女性の競争意識が強いのは優れた点であるが、一人発言すると全員発言する。そのため、女性理事を増やす場合は発言の規制を設けないと困るという人(男性)もいる。一方で、私の組織委員会の女性理事は国際的な場数を踏んでいるため、話が的を射ている人ばかりで大変役立っている。しかし、(文部科学省の要求のせいで)欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになる。」

ということになります。

この文部科学省の要求と言うのが、文部科学省の下部組織であるスポーツ庁が2019年に策定された「スポーツ団体ガバナンスコード」によるものです。
PDFのp13に次の記述があることが組織委員会の人事に影響を及ぼしていると言えます。

 外部理事の目標割合(25%以上)及び女性理事の目標割合(40%以上)を設定するとともに,その達成に向けた具体的な方策を講じること

ちなみに、この規定が定められている理由は「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度になるよう期待する」という内閣府の目標を踏まえているからです。


さて、森氏の発言が批判を浴びているポイントを整理してみると、主に以下の4点が挙げられます。
1.女性をステレオタイプに当てはめた発言は「男女平等」というオリンピックの精神に反しているということ
2.特定の女性を悪く言っているのではないかということ
3.「私どもの組織委員会の女性理事はわきまえている」という発言から、女性は発言を控えるべきだと森氏が考えているように思えること

4.森氏の発言に対して会場から笑いが起きており、会場の大半が女性蔑視発言を受け入れていること

そもそもオリンピック精神とはオリンピック憲章に定められているもので、最新の憲章(2020年7月17日から有効)をJOCが分かりやすい表現にした「JOCの進めるオリンピック・ムーブメント」には以下のような記載があります。

人種、宗教、政治、性、その他の理由による国または個人に対する差別は
いかなる形態であれ、オリンピック・ムーブメントとは相容れない。
           (JOCの進めるオリンピック・ムーブメントより)

森氏の発言は性の理由による差別ということになり、(たとえ個人に対してではないにしても)その姿勢自体がオリンピック・ムーブメントとは相いれないと言えるでしょう。

2点目の「特定の女性のことではないか」という指摘は朝日新聞の「ラグビー協会初の女性理事「私のことだ」 森氏の発言に」で触れられています。2013年に女性で初めて日本ラグビー協会の理事に就いた稲沢裕子氏がニュースを知って、自分のことだと思ったと話しています。

以上の4点については「問題となった発言の全貌(記者会見での謝罪)」で再び考察していきます。


さて、これは完全な推測ですが、森氏の発言が失言につながった理由の一つは、即興で挨拶をしていたからではないかと考えられます。実際挨拶の中で述べているように

今日、私は実際、しゃべりはないと。そう思って。言われなかったから原稿も用意してなかった。急な話ですから昨日一昨日使った、当時使った、この原稿を使ってくださいと。一昨日しゃべったことを何でなんだと。

原稿を使い回したは定かではありませんが、準備が十分でないまま挨拶していたのでしょう。こういった背景も失言につながった原因かもしれません。

問題となった発言の全貌(記者会見での謝罪)

翌日、各社が森氏の発言を報じたことにより、緊急で記者会見が開かれます。その2021年2月4日の記者会見の冒頭発言全文は以下の通りです。

この中には昨日JOCの理事会の後で私がごあいさつをしました、それをお聞きの方々おられると思いますので、これ以上詳細なことは申し上げません。今、皆さんにお集まりいただいて、大変ご心配いただいていることに恐縮をしております。昨日のJOC評議会での発言につきましては、オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であったと、このように認識いたしております。そのために、まず深く反省をしております。そして、発言をいたしました件につきましては撤回をしたい。それから、不愉快な思いをされた皆さまには、お詫びを申し上げたい。以上であります。

オリンピック・パラリンピックにおきましても、男女平等が明確にうたわれております。アスリートも運営スタッフも多くの女性が活躍しておりまして、大変感謝をいたしています。私どもの組織委員会のことを申し上げたわけではないことは皆さんもご承知だと思いますので。この組織委員会については非常に円満にうまくいっていることは、つい昨日の挨拶の中で申し上げたことも聞いておられたと思います。
次の大会まであと半年になりまして、関係者一同、一生懸命頑張っておられます。その中で、私が皆さんのお仕事に支障があるようなことになってはいけないと。そう考えて、お詫びをして、訂正、撤回すると、そう申し上げたわけでございます。世界のアスリートを受け入れる都民、国民、それからIOC、IPCはじめ国際的な関係者にとっても、オリンピック・パラリンピック精神に基づいた大会が開催できますように引き続き献身して、努力したいと思っています。
  日刊スポーツ「森会長「邪魔な老害、粗大ごみなら掃いて」会見全文

より正確な情報を提供するため、その後の記者会見の質疑応答を以下に図解します。
質疑応答を明確にするため文章を改変しています。また、スペースの都合上やむを得ず省略した質問がございます。森氏の意図を変えないよう注意を払いましたが、ぜひ全文と動画を日刊スポーツの「森会長「邪魔な老害、粗大ごみなら掃いて」会見全文」より是非ご覧ください。

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※記者との応酬があった部分や上記にまとめられなかったものはチャット風に以下に記します

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以上を踏まえると、上に述べた4つの批判のうち1、2、3に対しての回答は以下のように与えられます。

1.女性をステレオタイプに当てはめた発言は「男女平等」というオリンピックの精神に反しているということ
>>>特定の人のことを言ったわけではないが、男女の区別をした点で不適切なので謝罪するとともに撤回したい。
2.特定の女性を悪く言っているのではないかということ
>>>違う。誰が理事で誰がどういう話をしたかは聞いていない。
3.「私どもの組織委員会の女性理事はわきまえている」という発言から、女性は発言を控えるべきだと森氏が考えているように思えること
>>>その意図はなく、会議を円滑に進めるために女性だけでなく私自身も場所や時間・テーマに合わせて話すことが大事だと思っており、それをわきまえると表現した。

2について、森氏は特定の女性のことを述べたわけではないと言っていますが、2月3日の挨拶で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会は今までの倍時間がかかる。」と断言している点から、ラグビー協会の女性理事は話が長くて困っているという文脈が読み取られざるを得ません。
この点に関しての説明責任は果たされていないと言えます。

ちなみに、謝罪会見での森氏の弁明「誰が理事でどんな話をしたかは聞いていない」と言うのはJOC理事の話をしているのではないかと考えられます。ここに質問者と森氏の答弁のずれが見られます。


さて、記者会見を踏まえて、より重要な観点となってくるのが「文部科学省が定めたガバナンスコード(運営指針)」です。先述のように女性理事の割合目標が示されており、組織の会長などは人事に苦労したようです。特に苦労していた現JOC会長の山下氏に向けて運営の大変さを語る中での発言だったと説明されています。森氏は、何人かから「女性がいると会議が長い」と聞かされていたため、それを引用したのだとしています。

また、森氏が「理事の割合を定めること」にどのような考えを持っているかも、今回の記者会見で明らかになりました。女性登用についての質問に「誰が選ばれてもいいが、数にこだわって無理なことはしない方がいい」と答えています。
3日の発言を振り返ると、「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです」とも述べているため、「数字目標を達成するためだけに(かさ増し目的で)女性を登用するのはやめたほうがいい」と考えているのではと考えられます。

以上の政治的な考えがあって、例の発言につながったのではないでしょうか。

ジェンダー論有識者の意見

東京大学でジェンダー論を教えている瀬地山氏は森氏の一連の発言について、厳しい見方をしています。(YAHOO!ニュース「東大・大人気「ジェンダー論」教授、「森発言のどこが悪い」派に伝えたいこと」)

瀬地山氏は「森氏の発言はデータや日本の常識に基づかないステレオタイプ的な発言であり、森氏は謝罪会見や辞任会見を聞いてもどこが問題なのかわかっていない」と指摘しています。
そのうえで、「森氏には『聞く耳』を持ってほしい。聞く耳がないから、女性が長く発言しているように聞こえるのではないか。自分がしゃべっている間に人が黙って聞いていることを意識しないから、あんな発言になってしまう」と述べています。


確かに、森氏の謝罪会見での質疑応答を振り返ると、質問した記者の発言にかぶせて答弁する様子や、「女性の話は長いと思うか」という質問に対して「最近は女性の話を聞かないからわからない」と答えるなど、「聞く姿勢」が足りないともいえる様子が見受けられました。
(答弁の様子は「森会長「邪魔な老害、粗大ごみなら掃いて」会見全文」をご覧ください)

森氏のオリパラ組織委会長としての資質

最後に、辞任となった森氏ではありますが、会長としての資質はどうだったのかを分析してみようと思います。森氏の後任を選定する際の5条件をもとに見ていきましょう。

1.オリンピック・パラリンピック、スポーツへの造詣の深さ
森氏はオリパラ開催地が決定してからオリンピックとパラリンピックの差をなくすことに注力してきました。まず初めに手掛けたのが、世界で初めてオリンピックとパラリンピックを同一の組織委員会にすることでした。2016年のリオ大会の後には、「オリンピックだけでパレードをやりたい」というJOCの一部の反対もある中で、オリンピックとパラリンピックの合同パレードを実現させました。
森さんは小学生の時からラグビーに憧れを抱き、高校から大学にかけての約3年をラグビーに捧げています。政治家になってからは教育事業の一環としてスポーツ振興に取り組んでおり、日本ラグビーフットボール協会会長、日本体育協会会長、日本ラグビーフットボール協会名誉会長を務めるなどスポーツとのかかわりが深い人物です。

2.男女平等や多様性など五輪憲章の理念を実現できる
今回の一件で、森氏の男女平等の考えには信頼がおけなくなった方が多いのではないでしょうか。4日の記者会見の質疑応答では「女性登用に関して、多様性を求めているというより、文科省がうるさいから規定が定められているという認識か」と聞かれた際に、「そんな認識ではない。女性と男性しかいないから。もちろん両性もいるが。どなたが選ばれてもいいと思うが、あまり数字にこだわって、7名までにしなければならないということは、ひとつの標準でしょうけれど、あまりこだわって無理なことはなさらん方がいいなということを言いたかった」と答えています。

3.国際的な知名度や国際感覚がある
森氏は第85代内閣総理大臣を務めていたこともあり、国際の場に立つこともありました。PRESIDENT Online「森首相の外交が"ベスト"だった具体的理由」では、元外務省主任分析官の佐藤優氏と慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏が森氏を「アドリブを重んじるが、細かいところはよく確かめる慎重さがある」と高評価しています。

4.東京大会の経緯や準備状況への理解がある
森氏は組織委員会が立ち上げられてからの会長です。

5.組織運営能力や調整力がある
NHKの「森会長 辞任表明 東京五輪・パラ組織委緊急会合 【発言詳細】」では、森氏の調整力や人脈に関して以下のように評価されています。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が発足した7年前から会長職を務めてきた森会長は、総理大臣経験者としての幅広い人脈やきめこまやかな調整力を生かし、国家的なイベントの準備の旗振り役を担ってきました。

IOC=国際オリンピック委員会や東京都、政府、それに国際競技団体などとの間で複雑な調整を行いながら、経費削減を図るための競技会場の見直しや大会の延期に伴うスポンサー企業との契約の延長を実現させるなど、難しい課題を克服することができたのは森会長の功績だと大会関係者は口をそろえて指摘します。

最後に

森氏の問題発言の分析は以上です。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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執筆 ゆたか

参考文献
幻冬舎文庫 「遺書 東京五輪への覚悟」森喜朗(2017/4)
読売新聞 五輪組織委の新会長に求める「五つの資質」…初会合で8人の検討委員がまとめる(2021/02/16) 
公益財団法人 日本オリンピック委員会 オリンピック憲章
公益財団法人 日本オリンピック委員会 JOC の進めるオリンピック·ムーブメント
日刊スポーツ 森会長「NHKは動かないと」/発言全文1(2021/2/4)
日刊スポーツ 森会長「私が悪口を言ったと書かれる」/発言全文2(2021/2/4)
日刊スポーツ 森会長の心境「どんなことあってもやる」発言全文3(2021/2/4)
スポニチ 森喜朗会長の3日の“女性蔑視”発言全文(2021/2/4)
日刊スポーツ 森会長「邪魔な老害、粗大ごみなら掃いて」会見全文(2021/2/4)
スポーツ庁 スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>
スポニチ スポーツ庁運営指針 女性理事割合「40%以上」目標も現状15・6%(2021/2/5)
男女共同参画局 ポジティブ・アクション
産経 東京五輪半年 森喜朗会長、平和の尊さ訴え、社会構造の変革促す「オリパラ一体」(2020/1/24)
PRESIDENT Online 森首相の外交が"ベスト"だった具体的理由(2018/5/18)
朝日新聞 ラグビー協会初の女性理事「私のことだ」 森氏の発言に(2021/2/4)
YAHOO!ニュース 東大・大人気「ジェンダー論」教授、「森発言のどこが悪い」派に伝えたいこと

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