とやまの見え方・和田さん筒井さん川端康成と、もう一度『倫敦巴里』
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2020年3月10日投稿
週刊文春の表紙は、長い間、和田誠さん(1936~2019)の手掛けるお洒落でエスプリのきいた絵で飾られてきましたが、数年前から、新作が載らず、旧作がもう一度使われてきました。体調が悪いのかなあなどと勝手に推測していましたが、昨年に他界されました。それでも今なお旧作が、もう一度使われています。
その間、表紙を見るたびに、和田さんが富山についてお書きになっている文章、それは、『倫敦巴里』という著書に載っているのですが、それをご紹介しようと何度か思いついては、その都度あきらめてきました。
というのは、この『倫敦巴里』の中の富山に関する記述は、古い話ですが1991年5月に私が某新聞に寄稿したことがあって、同じ題材を使わないことが私のモットーなので、私の胸にしまってきたのでした。
最近になって、和田さんの著作物が、書店の棚の一角に一塊になって陳列されています。お亡くなりになったこともあってか、特設されたのでしょう。独特のイラストの面白さは言うまでもなく、外国映画などいろいろなジャンルの著作物を見ると、長年にわたり多方面に関心を持ち続けた和田さんの根気の良さやその多才ぶり、ユーモア、機智などに思わずため息が出ます。
そうやって渉猟するうちに、見慣れた装丁の和田さんの件の『倫敦巴里』が目に入りました。やっぱりあの本は、和田さんの代表作の一つだと納得していると、なんだか違和感があります。全く同じ装丁なのに私の頭の中の『倫敦巴里』と印象が違います。よく見るとその書名は『もう一度倫敦巴里』でした。旧の『倫敦巴里』に未掲載だったものを増補して、“もう一度”と書名に加筆して、出版されたものでした。
ひょっとしたら、その増補の部分に新しく富山の記述があればいいなと立ち読みしましたが、どうもなさそうです。でも、読み落としがあるかも…と思い購入しました。結局、富山の新しい記述は、ありませんでした。
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ところが、そこで、はたと思いました。和田さんは、週刊文春の表紙で旧作を使用する“もう一度”を実行しておいでだ。そして、『倫敦巴里』でも、“もう一度”を実行しておいでだ。ということは、和田さんに関しては、私の“もう一度”も許されるんじゃないか?
そこで、今回は、長年私の胸にしまってきた『倫敦巴里』の、とっておきの箇所をご披露することにしました。
さて、ノーベル文学賞を受賞した川端康成に『雪国』という名作がありますが、和田さんは、その書き出しの一節を、いろいろな文筆家の文体を使って書き直すという“遊び”をしています。庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢佐保、永六輔、大藪春彦、その他多士済々、その中に、筒井康隆さんの文体の模倣というか、“もじり”があります。そして、そこに、川端の『雪国』の原作には出てこない富山が登場するというわけです。
ちなみに、まず『雪国』のあまりにも有名な書き出しをご紹介すると、
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止った。
向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん」
『雪国』の原文では、これに続いてぬめぬめした艶めかしい描写も出てくるのですが、さて、これをもじった和田さんの書く“筒井康隆”調の“雪国”は、次のとおりです。
国境の長いトンネルを抜けると、そこは隣国だった。国境を超えたのだから、隣国であることに間違いない。この小さな国は四年前まで新潟県であったのだが、今では独立した新興国である。
信号所で汽車が止まると、駅長が雪を踏んでやって来た。彼は駅長だが、この国の外務大臣も兼任している。おれはいわば国賓だ。大臣が迎えに来たのはそのためだ。
「ミサイルが必要だ。都合してくれ」と駅長が言う。
「いよいよ戦争ですか」とおれは聞いたが、群馬CIAの一員でもあるおれには、そんなことはとっくにわかっている。
新潟は、ついこの間独立したばかりの富山を攻略しようとしていた。目的は黒部だ。
「何とかしましょう。おたくはダムが欲しいらしいから」
「ダムだけじゃない。白馬も立山も取る。わが国は観光国としても売ってゆくつもりだ」
前の席にいた女の子がいきなり発砲した。駅長は倒れながら「どこのスパイだ」
「佐渡よ。今日から独立するの。新潟にミサイルは売らせないわ」次の銃弾はおれの胸に命中した。それきりおれは動けなかった。
かくのごとく、文豪の『雪国』は、ハチャメチャなSF小説になってしまいました。
(引用参考文献)
『倫敦巴里』和田誠著 話の特集 1977年8月刊
『もう一度倫敦巴里』和田誠著 ナナロク社 2017年1月刊
『雪国』川端康成著 新潮文庫 2006年5月改版
『文豪ナビ 川端康成』新潮文庫編 新潮文庫 2004年12月