とやまの見え方・加古里子さん、山本忠敬さんと絵本のこと
2019年8月9日投稿
1962年に出版され、50年以上を過ぎた今も売れている絵本があります。
“4歳から小学校初級向き”とふれこみの『かわ』(加古里子著)という科学絵本です。山岳地帯の川の源流から流れ流れて大河となり海に注ぐまでが、途中切れることなく表現されています。
もう15年以上も前、郡部の小さな書店で見かけ、私の絵本の趣向とは違うのですが、気になることを見つけその場で購入してしまいました。開いた最初の見開き2ページの山岳地帯の絵が、剣岳を中心とした立山連峰にみえるのです。その時から、ズーッと気になってきました。
山好きの家族は、そのページを見て「違うんじゃないの、いや、わかんない」と言います。著者に手紙を書くことも考えましたが、逡巡するうちに、近年、加古さんは他界されてしまいました。
後悔しながら私の疑問は続いていて、つい先日、仕事の合間の昼食時、富山市内の大型書店に立ち寄った時でした。『絵本作家のアトリエ』という「1」、「2」、「3」と3冊シリーズの書籍が目に入ったので、その中の「1」を手に取りました。
それは10名の絵本作家のアトリエ探訪記で、加古さんの記事もありました。立ち読みしましたが、『かわ』の山岳のモデルについての記述はありません。まあ、そんなものでしょう、妙に納得しましたが、この書籍には、私の贔屓の絵本作家数名の探訪記も載っていたので、「1」を購入して、持ち帰りました。
太田大八、井上洋介、瀬川康男、赤羽末吉、田島征三と、贔屓の作家の記事を、私の手元にある作品を思い浮かべながら読み終えました。
その他の作家は私の趣向とは違う絵柄の人たちなので、本を閉じようと思いましたが、待てよ…と思い直して、この時まで私は知らなかったのですが、自動車絵本の第一人者と言われる、山本忠敬さんのページを開きました。そうしたら、なんと…
〈1980年代末の、真夏のある日、富山県の自動車博物館で、月刊絵本「たくさんのふしぎ」編集部(当時)の時田史郎は、暑さからくるめまいに耐えていた。フェーン現象に襲われ外気温は37度。冷房もなく風も入らない館内は40度近い。
その横で、山本忠敬さんは、汗をぬぐおうともせずにクラシック・カーのスケッチを続けている。絵本『日本の自動車の歴史』の取材であった。二日目、山本さんの体調を気づかった時田が「写真を撮って資料にしませんか?」と提案すると、山本さんはこう答えた。
「写真では、車の大きさもにおいもわからない。実物があるのだから、スケッチをしていきます。」 〉
まさか、こんなところで“富山”を見つけるとは、夢にも思いませんでした。この博物館、今は富山にないんだけどなぁと、いささかの感慨にふける間もなく、山本さんの“富山”は、これで終わりませんでした。
〈その夜。乾きをいやすため地酒「立山」を1升以上あけた山本さんと時田は、翌日の晩、戻った東京でも、また「立山」を飲み続けるという離れ業(?)をしてのける。〉
と、書いてあります。
私は、加古さんの立山を探していて、山本さんの立山に出会ったのでした。
◆
ところで、このことがあって3週間後、件の大型書店を覗いたら、わたしが買った『絵本作家のアトリエ 1』は補充され、「2」「3」とともに3冊が並んでいました。
今度は、どんな人が、どんな動機で、この本を購入し、どんな出会いがあることやら…
(引用参考文献)
『かわ』加古里子著 福音館書店 1962年7月刊 1980年6月33刷
『絵本作家のアトリエ 1』福音館書店母の友編集部著 福音館書店 2016年6月刊