とやまの見え方・ミステリーと、十勝川の〝けあらし〟
2020年12月10日投稿
9月中旬の夕方、帰宅途中、「週刊ポスト」「週刊現代」を買おうと、コンビニに寄りました。
書籍を購入するのは、普段なら書店ですが、週刊誌に限って、コンビニで買うこともあり、この日は、立ち寄りました。週刊誌のラックへ行くと、多くの雑誌に混じって、「ポスト」も「現代」も並んでいます。
ところが、変だ? 目当ての2誌とも、記事のタイトルが派手な色遣いでぎっしりと林立した表紙ですが、見たことがあるのです。先週購入したものとそっくりです。
そんな馬鹿な、今日は新刊の発売日だぞ…、ラックから抜き出して広げると、見覚えのある記事、見覚えのあるマンガ、そして、見覚えのある艶めかしいグラビア、うむ? これは先週購入したはずだ…
日本のコンビニは、商品管理に厳しいことで定評があり…、それなのに、このコンビニの週刊誌は、先週のままだ。なんてズボラなコンビニだ、どうしたんだろう? 私は悪夢でも見ているのか? それとも既視感というやつか、どうにも合点がいかぬまま、購入を思いとどまりました。
そのまま帰ろうと思ったのですが、せっかく高まっていた読書意欲がおさまらず、いつもなら素通りする月刊誌や文庫のラックの前で、立ち止まりました。
そこで何気なく手にしたのが、『10分間ミステリー THE BEST』という文庫本でした。日本のミステリー作家50人が、1作当たり8~9ページの短編ミステリーで競作しています。1作あたり10分で読み切れるという触れ込みです。コンビニによく陳列してある肩の凝らない類の本です。
「ミステリーね? なんだか今の僕みたいじゃないか…、ま、騙されついで、おあつらえ向きだ」と自嘲しながら、手にしてパラパラと開いたら、なんと、”富山”、”富山”の描写のオンパレード、思わぬ拾い物です。さっそく購入して、わが家で寝転がって読みました。
そのミステリー「境界線」(城山真一作)は、金沢から富山へやって来たサラリーマンが、なにか心配事を抱えてタクシーに乗りこむという筋立てです。結末を披露するわけにいきませんが、富山の描写の一部をご紹介してみます。例えば、
〈富山駅近くのビジネスホテルで遅い朝食をとった。〉
〈曇り空の下を富岩運河環水公園まで歩いた。〉
〈昨夜、金沢から電車で富山へ移動し、ホテルで一泊した。〉
執筆者の城山真一さんは、隣県石川の生まれのよし、しかし、50人の執筆者の中に富山県出身の作家は参加していないようで、ちょっと残念。
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さあそこで、です。引き続き、収録されている50篇の題名を眺めていたら、「〝けあらし〟に潜む殺意」(八木圭一作)とあります。
〝けあらし〟という言葉に、私は多少の知識があったので、怪訝に思いながら読んでみると、北海道の十勝川の辺りを舞台にするミステリーで、次のような描写があります。
〈早朝の十勝川は濃い霧が立ち込めていた。氷点下二十度近くなると、冷気が川面の水蒸気を冷やすことで発生する〝けあらし〟という現象だ。その幻想的な雰囲気の─後略〉
これは、高岡市の伏木あたりで〝けあらし〟と言っている冬景色と同じです。そして、私は、富山から北海道の留萌方面に移住した人たちが、留萌の同様の景色に〝けあらし〟と名付けていることを知っています。(「実業之富山」2017年6月号「とやまの見え方」150回)
だから、ひょっとしたら、この十勝川の〝けあらし〟という言葉も、富山をルーツとする言葉でないかと推理の網を広げました。
そこで、富山県立図書館で助けてもらって調べたら、砺波地方の人たちが、留萌のみならず十勝にも移住していることが分かりました。また、次のように、砺波地方の人たちが、庄川や小矢部川の河口に縁があることもわかりました。
〈富山県の東西砺波地方では、庄川・小矢部川が当時の主な交通路であった。移住者は笹舟と呼ばれる小舟で川を下り、河口の伏木港で北海道行きの舟を待った。〉
かくして、私は、このミステリーで描写されている十勝川の〝けあらし〟は、明治時代に富山から移住した人たちの故郷富山の言葉の”痕跡”だ、と断定したのでした。
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ところで、冒頭のコンビニの古いままの週刊誌の件ですが、謎が解けました。
件の週刊誌「ポスト」と「現代」は、祝日連休の都合で前週との合併号だったのです。それで、新刊は来週まで入荷しないということでした。
(引用参考文献)
『10分間ミステリー THE BEST』 宝島社文庫 2016年9月刊
『道新選書6 むらの生活 富山から北海道へ』宮良高広編著 北海道新聞社 1988年2月刊
「実業之富山」2017年6月号「とやまの見え方」第150回