小説「15歳の傷痕」-41
第 四 楽 章
<これまでのあらすじ>
中学3年生の夏休み前に初めて片思いが実り彼女が出来た上井純一は、逆に片思いの相手、神戸千賀子と両思いとなったことで前よりも喋りにくくなってしまい、愛想を尽かされて高校受験直前にフラれてしまった。
その後、次々と彼氏を乗り換える神戸に対し、失恋続きで怒りが増すばかりの上井は二度と神戸とは喋らないと誓うも、同じ高校に進学し、同じクラス、同じ吹奏楽部という、否応なく神戸の存在が目に入る運命に苦しめられる。
もう女の子なんか好きにならないと決意した上井だったが、高3の文化祭で多忙を極めている内に、上井のことが気になる存在の女子と不思議な縁でよく会話を交わすようになる。また夏のコンクールまで出るつもりの上井だったが、バリトンサックスと打楽器のどちらで出るか、新たな悩みを抱えていた。そんな折、海外留学していた同級生が帰国し、帰国パーティーに誘われ、中学時代の恩師の家へ出かけることを決めた上井だが…
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- 序 曲 -
本橋家と神戸家による結婚披露宴は、佳境を迎えていた。
俺と村山の他に、広島の同級生として呼ばれていたのは、松下弓子と伊野沙織だった。
「上井君、神戸ちゃんと色々喋ってたね。やっぱり中学や高校時代の思い出とか?」
と俺に話し掛けてくれたのは、伊野沙織さんだ。
高1の時に理由不明なまま失恋した女性だったが、気付いたらいつの間にか普通に喋れる友達のような間柄に戻っていた。
だが今も怖くて、何故16歳の時に突然俺の事を嫌ったのかは、聞けないでいる。
「なんかね、中学校の時に俺の事をフッたのは間違ってたとか、何を今更ってことを言うんだよ」
「えーっ、横に旦那さんがいるのに?もしかしたら、まだ上井君に未練があったりして?」
「まさか!未練があったら、結婚なんかしないでしょ?」
「いや、男子と女子は、恋愛脳が違うから、分かんないよ?」
「うーん、そ、そうなのかなぁ。大村と付き合ってる時も、心の奥底で俺の事は忘れられなかったとか言ってたし」
「やっぱり。アタシも実はね、神戸ちゃんとさっき話してたんだけど、結婚って、2番目に好きな男性としたら幸せになるんだよね…とか、意味深なこと言ってたの」
「一番好きな人が、神戸さんにいるってことだよね。大村かな?」
「んもう、昔から天然ね、上井君は。1番目は上井君に決まってるじゃない」
「ま、まーさかー」
と酔いながら答えつつも、俺はかなり動揺していた。
「あれだけ高校で有名なカップルだったのに、大村君があんな形で神戸ちゃんをフルから、神戸ちゃんは大村君のことは許さないと思うよ」
「そうかな?それこそ大村に対して、未練があったように当時は思ったけど」
「多分ね、神戸ちゃんがフラれる側になったのって、大村君にフラれた時が初めての経験だったと思うの。その時に、中3の時の上井君の気持ちが、初めて分かったんじゃないかな」
「まあ確かに、あのフラれ方は、俺が神戸さんにフラレた時と酷似してたから…」
「だから女のアタシが決め付けるのもどうかとは思うけど、きっと神戸ちゃんは、結婚はするけど、上井君の事を、別格な存在に思ってると思うの」
俺は伊野さんの言葉を聞いて、不可思議な気持ちになった。
確かに神戸さんは、俺にとって初めての彼女であり、初めて壮絶な失恋体験をさせてくれた相手だ。この伊野さんにもやっつけられたが…。
その後お互いに色々な経験を積み、今は親友として付き合っていて、婚約者もいるというのに、心の何処かでは神戸さんが結婚することを心の底から祝えない自分がいる。
もしかしたら神戸さんも、大村と別れた経験を経て、俺と同じ気持ちになったのだろうか…。
― サイレンスがいっぱい ―
1
文化祭後の週は、夏のコンクールにバリサクで出るか、打楽器で出るか、日によって、時には朝か昼か夜かですら、考えが一方に傾きまとまらなかったため、福崎先生にこっそりと相談し、決断するまで休部させてもらうことにした。
「分かったよ、上井。宮田と若本の2人から熱烈なラブコールを受けとるんじゃろ。お前の性格からしたら、多分2人とも傷付けずに何とかしたいと思ってる筈だ。しばらくゆっくり考えろや」
「ありがとうございます、先生。でもなるべく早目に結論出しますので」
「おぉ、頼むよ。それまで若本も宮田も、モヤモヤし続けるからな」
俺は部活の時間ではなく、2時間目と3時間目の間の休憩時間に音楽準備室に福崎先生を訪ね、しばらく部活を休みたい旨、相談した。部活の時間に出向いて、誰かに捕まりたくなかったからだ。
「考えても、どうしても結論が出なかったら、俺に言ってくれよ。俺は上井に、最後のコンクールでやってほしい楽器は決まってるから」
「えぇっ、そうなんですか?」
「ああ。だがそれは言わない。今はお前の出す結論を待って、それを尊重するつもりだ。だから、焦らず、だけど出来たら早目に決めてくれや」
「はい、ありがとうございます!」
俺は福崎先生に頭を下げ、音楽準備室を後にし、3時間目の授業の教室へと向かった。3時間目は日本史だった。
理系と体育が全く苦手な俺は文系コースを選択し、そろそろ志望校も絞らないといけない時期に来ていたが、まだ吹奏楽コンクールに出る気持ちの方が強く、いわゆる受験勉強というのは、殆どしていなかった。
また文系コースの日本史は、教室が別の教室なので、いつも間違えないようにするのが面倒だった。
今日は音楽準備室に福崎先生を訪ねたので、いつもより出遅れてしまい、普段座っている席には先に別の生徒が座っていた。
舌打ちしながらいつもと違う、前側の席に座ると、後ろから肩を叩かれた。
「んっ?」
そこには、大谷香織さんがいた。
「あれ、大谷さん。ごめん、気付かなくて。日本史で前後に並ぶなんて、珍しいね」
「そうよね。いつもミエハル君、こっそり後ろに座ってるし。でもアタシ、日本史好きだから、結構前に座ってるの。今日はミエハル君、休憩中にどっか行ってたの?この教室に来るのが遅かったし」
「うん、音楽準備室にね。ちょっと吹奏楽部のことで顧問の先生に相談があって…」
「え?ミエハル君、文化祭で吹奏楽部、引退したんじゃないの?」
「いや、夏休みの終わり頃にコンクールがあってね。そこまで出たいと思ってるんだ」
「そうなんだ。アタシの友達の広田さんって分かる?あの子は文化祭で引退って言ってたから、てっきりミエハル君も引退したのかと思ってたよ」
「3年生の引退は、各自に任されてるんだ。3年生になった途端に引退する人もいれば、俺みたいにコンクールまで居座る奴もいるし」
「そうなんだぁ。そのコンクールでは、またミエハル君、ドラム叩くの?」
「いやいや、コンクールでは…」
と言ったところで、まだ何の楽器にするか、決めてないんだよなぁ…という思いに縛られ、返答に窮してしまった。慌てて俺は、話題を変え、
「あっ、大谷さん、手紙ありがとう!すっごい嬉しかったよ♪」
「あっ、気付いてくれた?嬉しいな。また朝や夕方、一緒に.なることがあったら、よろしくね。あとミエハル君のドラム、惚れちゃうカッコよさだったよ~💖」
「そ、そう?」
照れてしまった。例によって顔は赤いことだろう。
「額の火傷跡も、消えつつあるね。良かったね」
「あっ、うん。そんなに痛い訳じゃなかったから、助かったよ。大谷さん、火傷の薬持ってたんだって?」
「そうそう、そうなの。ウチのクラス、焼き物を提供してたじゃん?だから、もし誰かが火傷したらいけないと思って、塗り薬用意してたの。だけどタイミング悪かったよね、アタシが店番の時でしょ、ミエハルくんが額に火傷したの」
「流石女の子!そうなんよね。まあその時は、正本さんが調理用の氷が入った袋をそのまますぐに額に当ててくれたお陰で、酷くならずに済んだけど」
「……アタシがミエハル君の火傷、治してあげたかったなぁ……」
「ん?大谷さん、今なんて言ったの?」
「いやっ、なんでもないよ、気にしないでね」
大谷さんが小声でつぶやいた内容を、俺は聞き取れなかったが、その後大谷さんは顔を真っ赤にしていたので、もしかしたら…?
というところで日本史の先生が来たので、大谷さんとの会話は強制終了になってしまった。
もう少し話してみたかったな…。
2
文化祭翌週の部活を、先生に許可を得て確信的に休んでいた割には、あっという間に1週間が過ぎたような感じだ。結局1週間悩んでも、コンクールではバリサクで出るか、打楽器で出るかの結論は出なかった。
(福崎先生の意見に従おうかな…)
その内土曜日になり、松下弓子さんの帰国祝いパーティーの日になった。
村山とは高校内でなかなか会えなかったので、前日の金曜日に電話があり、午後5時に竹吉先生の住んでいる町、岩国駅に集合ということだけ聞いた。
メンバーはお楽しみじゃ、と言って教えてくれなかったのが、不安要素ではある。
(ちょっと早目に着くようにするか…)
と思い、岩国駅には4時半過ぎに着くよう、家を出た。
列車に揺られ、ボーッとしていると、今頃みんなは部活してるんだろうなぁという思いが頭をよぎる。早く結論を出さなくっちゃなぁ…。
岩国駅までは俺の日常使う駅から2つなので、あっという間に着いた。
俺が一番乗りかと思っていたら、既に村山が来ていた。
「お疲れ~」
「あれ?なんつー早くから来とるん?」
「んー、4時前には来とったかな?」
「早過ぎだって!」
「でも一応俺が幹事みたいなもんじゃけぇ、目印として遅いよりは早くからおった方がええじゃろ」
「ああ、そういうことね。で、今日のメンバーは?」
「んーと、男は俺とお前の2人」
「2人?!男は2人だけなん?」
「そうなんよ。先生とかに関わりがあって、俺もお前も喋りやすそうな何人かに声掛けたんじゃけど、他校は期末テスト週間に入っとるらしくて、無理だった」
「そうなんや。ウチの高校の期末が、逆にちょっと遅いんやね」
「そうみたいやね。じゃけぇ、後は女子なんじゃけど…」
「うん…。俺が気になってるのは女子なんよ。お前さ、俺に参加するよな?って、何度も念押ししたじゃん。何かあるのかと思ってさ」
「まあ、一応な、ちょっとな、お前には確実に来てほしかったし、こんな機会に会わせたい女子がおったけぇ…」
「それは誰?」
「…まあそのうち分かるよ。一応女子の参加は3人」
「3人ね…。1人は松下さんとして、残り2人か。誰やねん?」
「まあまあ、嫌でもあと数分で分かるよ」
俺と村山がそう話している内に、次の列車が到着した。
しばらく誰か来るかと待っていたら、主役の松下弓子が登場した。
「わー、上井君じゃ。久しぶり~」
と手を振りながら、改札を出て、俺たちの方へとやって来た。
「1年ぶりじゃね!お帰りなさい」
「ただいま~」
「村山とは会っとるん?」
「うん、ちょっと前にね。打ち合わせも兼ねて、1回会っとるんよ」
「まあ、会ったって言っても、立ち話程度じゃけどね」
3人で話していると、そこへ俺たちを迎えに、竹吉先生が現れた。
「おー、みんな久しぶりじゃの!元気にやりよるか?」
「先生!久しぶりです~!」
一番でかい声を上げたのは、なんと俺だった。村山と松下は、打ち合わせで数回電話で話しているのもあって、やや控え目だったのだ。俺は中学卒業以来、全く音信不通だったから、一番でかい声を上げてしまった。
「おお、ミエハルよ、お前倒れたんだって?大丈夫か?」
「た、倒れた?いつの話だ…2月に入院した話ですか?」
「そうそう、入院したってのを聞いてビックリしたぞ。お前、無茶しすぎなところがあるから、気を付けんにゃぁのぉ」
「ハイ、気を付けます…。村山、ちょっと大袈裟に先生に言ったんじゃないの?」
「そうかのぉ。地域のイベント演奏の前日に救急車で運ばれて入院して…って言っただけじゃが」
「何も知らずにその話だけ聞いたら、とんでもない重病に聞こえるって!先生、ちょっと風邪をこじらせただけですから、今は大丈夫です!」
「そうか?そうなら安心じゃけど、気を付けてくれよ!」
「ハイ、あまり無茶せんようにします…」
「ところで、あと2人か?」
先生が村山に聞く。
「はい。5時ギリギリの列車があるんで、それで来ると思います」
と話していると、その5時ギリギリの列車が到着した。
しばらく待って、列車から降りてくる人波を見ていたら、こっちに向かって手を振る2人連れの女子がいた。
「おお、あの2人か」
俺も遠目で見たら、1人は別の高校に進学した、吹奏楽部の同期の武田美香さんだった。もう1人は…
「なあ村山、神戸さんは俺が来ることを知っていて、今日のパーティーの参加を決めたの?」
「そうそう。だから俺は、お前には来てほしいと思って、念押ししたんじゃ」
2人は改札を抜けると、先生に久しぶりです~と挨拶していた。
チラッと神戸千賀子は俺の方を見た。しばらく視線と視線がぶつかった。だがお互い無言のままだった。
果たして俺はどう行動すればいいのだ…?
(次回へ続く)