小説「年下の男の子」-16
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第18章-1「5月3日」その1
井田が高校最寄りの駅に到着したのは、集合時間の30分も前だった。
11時集合に合わせて列車を選ぶと、燈中由美と同じ列車になる可能性があり、出来ればそれを避けたかった思いがあったからだ。
当然、まだグループデートに参加するメンバーは来ておらず、井田が一番乗りだった。
(山村はどこへ行くって言ってたっけ…)
昨日の部活後、11時に駅に集合と言われたが、何となく気持ちが上の空で、どこへ行くかは聞き逃していた。
そのうち、井田と燈中とは反対方向の4人のうち、山村と森田の男子2人が、女子より先に駅に到着した。
「よ、井田!早いね。気合入っとる?もしかして」
とリーダー格の山村が言ったが、
「いや、早く起きちゃったからさ、早く行っとくか、程度だよ」
「またまた~。ワクワクしてるんじゃないの?」
山村はしつこそうだったので、井田もとりあえず、まあそうだね、と返しておいた。
「ところで女性陣3人はまだ?」
森田が聞いてきた。
「まだみたいだね。で山村、今日はどこへ行くんだっけ?」
「井田、もう忘れたの?今日はファミレスでランチした後、アイススケート場へ行くって話」
「忘れてたよ~」
と井田は取り繕ったが、全然聞いてなかったので、アイススケートとは思いもしない場所だった。
次に現れたのは、フルートの山田、クラリネットの小谷の、女子2人だった。
普段は高校の制服しか見ていないので、私服姿を見るのは新鮮だ。ちなみに2人とも、ロングのフレアースカートを履いていた。
「男子みんな早いね~。アタシ達が一番かもねって話してたのに」
と小谷が言うと、
「もうみんな気合入っとるから。井田が一番乗りだったんだよ」
と山村が答えた。
「へ~、井田くんが?クールに見えて、結構熱い心を持ってたりして」
山田がそう言うので、井田は返答に困ったが、今日は周りに合わせておこうと思い、
「そうなんだ。実は燃えてるんよ。なーんてね。ハハッ」
我ながら棒読みみたいなセリフだと思いつつ、井田はそう答えていた。
「あとは…燈中さんだけだね。まあまだ11時には10分前だけど」
燈中と近付きたい山村が、まだ燈中が来ないことを気にし始めた。
「次の列車で来るんじゃない?」
井田がそう言うと、
「燈中さんと同じ中学だろ、井田は。一緒の電車で来るように話しとけばよかったのに」
と山村が少し拗ねた口調で言った。
「ねえ、山村くん。燈中さんのこと、狙ってるの?」
と山田が少し茶化すと、山村は焦りながら
「いっ、いや、何もそうじゃなくって、井田が…」
「なんで俺が悪者になるんだよ!」
5人は笑った。井田は渋々来たのだが、なんとか楽しい一日を送れそうだと思った。
そこへ次の列車が到着し、改札から燈中が出てくるのが見えた。
山村は大きく手を振り、こっちだよ~と合図した。
「ごめんね、ギリギリになっちゃったみたいで」
「ううん、全然大丈夫!」
と山村が言うので、井田は
「嘘つけ!俺になんで燈中さんと一緒に早く来なかったんだって責めてたくせに」
と言ったら、また笑いが起こった。
「とりあえず6人揃ったし、行こうか」
山村がリーダーシップをとって、グループデートが始まった。それぞれが、それぞれの思いを持って…。
第18章-2
アイススケート場は、駅から歩いて10分くらいのところにある。その横にファミレスがあるので、そこでランチとなったが、改めてランチを食べながら自己紹介していると、同じ中学から進学したのは井田と燈中の2人だけということが分かった。
残る4人は、全員違う中学校出身だった。
山田と小谷の女子2人は、中学の時も吹奏楽部だったが、山村は中学時代はサッカー部、森田は野球部だったとのことで、この日揃った男子3人とも中学時代はスポーツ系の部活だったことが判明した。
また山田と小谷は、小学校時代は同じ小学校だったが、中学の校区の線引きで違う中学に進むことになり、N高校で再会を果たした、昔からの親友とのことだった。
「山村くんは、どうして吹奏楽部に入ったの?」
小谷が聞いた。
「俺は、サッカーやりたくてN高に入ろうって決めてたんだけど、去年の夏の県大会で、膝の皿を割っちゃってね…」
女性陣から、えーっという悲鳴が上がった。井田も既に聞いた話だが、他人の怪我の話は何回聞いても、聞いた方が痛くなる。
「でもN高に入ろうって気持ちは、なかなか他の高校を目指す方には変わらなくてさ。でもスポーツの部活に入っても戦力にはならない、じゃあ高校では別の部にしようと思ってたんだけど、吹奏楽部の紹介で、原田部長が男子大募集って言ってたのを聞いて、よし、吹奏楽部にしよう!って決めたんだ」
「それはやっぱり、女の子目当て?」
「ち、違うよ!…ゼロとも言えないけど」
笑いが起きたが、山村は珍しく顔を赤くしている。本命の燈中が、ニコニコとしながら話を聞いているからだ。
次は山田が、森田に吹奏楽部に入った理由を聞いた。
「俺は、野球を続けたくてN高を目指したんだけどね…。去年の暮に自主練してたら、体が鈍ってたのか、ランニング中に空足踏んじゃって、酷い捻挫しちゃって。受験の頃は松葉杖ついてたんだよ。だから野球部は最初から諦めて、足を使わないでもいい、文化部の中でも体育系の吹奏楽部を選んだんだ」
森田もまた怪我が原因で、スポーツ系の部活を諦めたのだった。
女性陣は、さっきほどでは無かったが、えーっという声が上がった。
「あっ、今は何ともないから!そんな、暗くならないでよ」
「でもさ、貴重な男子部員がスポーツリタイア組ばかりだと、なんか怪我が可哀想って思っちゃうし、怪我してなかったら吹奏楽部には入ってくれなかったのかなとか思っちゃうよ…」
女子のリーダー格、山田が言った。
井田は内心、自分まで中学までバレー部で、夏の大会で左膝に内側側副靱帯損傷という重傷を負ったため、高校のバレー部を諦めて吹奏楽部にしたと言ったら、更に女性陣が引くんじゃないかと思い、他の言い訳を考え始めたが、燈中がここで発言した。
「前歴なんて、別にいいじゃん!それを言ったらアタシなんか、先週まで女子バレー部だったんだもん。でも今は少しずつ、吹奏楽の楽しさに気付き始めてるよ。山村くんも、森田くんも、そうじゃない?吹奏楽って、意外に奥が深くて楽しくない?」
「うん、つまんねーとか思ったら、体験入部期間中に辞めてるよ」
山村が言った。森田も同意した。
「ホルンって最初は吹きにくいし、面倒だなと思ったけど、野球部で培った俺の肺活量がこんな形で活かせるとは!みたいに思ってるよ」
井田は、自分のバレー部での怪我を言わずに済みそうな流れに変わって、安堵していた。
ほぼランチも食べ終わり、アイススケート場へ移動することになった。
山村と山田は、アイススケート場で滑るペア決めのクジを用意していた。
ファミレスと同じ建物なので、入口に移動して、会場に入る前にクジを引くことになった。
「じゃあ男子は、アタシが作ったクジを引いて、女子は山村くんが作ったクジを引くことにしよう!」
と山田が提案した。みんな同意したので、ワイワイ言いながらクジを引き合った。ここでは山田がリードした。
「じゃあまず、1番の男子と女子はぁ?」
「あっ、俺1番!」
「アタシも、1番!」
「じゃあ最初のペアは、井田くんと小谷さんね」
井田は小谷と組むことになり、ちょっとホッとしていた。燈中とペアになるのは、出来れば避けたかったからだ。
山村の嫉妬もあるだろうし、何より色々突っ込まれて聞かれそうだからだ。
「井田くん、よろしくね」
小谷が井田に近付いて、言ってくれた。
「こちらこそよろしくね。小谷さん、スケートは出来る?」
「…実は殆どやったことがないの。井田くんは?」
「俺はほんの少しかな?ただリンクの上を一周する程度だよ」
「うわ〜、それだけでも安心するよ。よろしくね!」
小谷は少し嬉しそうな顔をした。
山田は続けて2番のペアは誰〜?と呼んだ。
「と言っても、女子の2番はアタシ。男子の2番は?」
「はーい、俺です」
山村が手を上げた。
「なんだ、幹事同士だね。ま、時間確認とかしやすいからいいか」
必然的に3番のペアは、森田と燈中になった。
山田は、今から2時間はペアで行動してね〜と呼び掛けた。
井田は、山村は燈中と組みたかっただろうし、燈中はもしかしたら自分と組みたかったかもしれない…と思い、スケートの後でどんな展開になるのかに、思いを馳せた。
「井田くん、スケート靴借りようよ」
井田は我に返った。
「そうだね、先ずは靴から借りようか。俺は26cm。小谷さんは?」
「やっぱり男の子って大きいね!アタシは22.5cmだよ」
小谷はニコニコしながら、貸靴券を買っていた。
「あ、貸靴券なんて、買って上げたのに」
「いいよ、そんなの。それより、リンクの上で歩けるように教えてね」
確かにバレー部だった井田は、背が高い方だ。対する小谷は、女子の中でも小柄な方だ。
井田も26cmの貸靴券を買い、スケート靴を借りた。井田と小谷は並んでスケート靴を履き、紐を結んでいった。
「結構スケート靴って長いんだね。紐を通しても通しても、まだ先端に届かないよ〜」
「確かにね。いつ結び終わるんだろう?って思うよね」
と小谷と会話しながらスケート靴を履いていたら、誰かの視線を感じた。
後ろの方に座ってスケート靴を履いていた、森田とペアになった燈中だった。
燈中と目が合った瞬間、なんとなく燈中が寂しげに見えた。
(ひょっとしたら、今日結論を求められるのか…?)
小谷は燈中の気持ちなど知らないので、靴を履いた井田に、どうすれば立てるの〜と聞いてきた。
「あっ、ゴメンゴメン、手を貸すから、ゆっくり立ってみて」
井田はさり気なく小谷の右手を握り、立ち上がらせた。
「あ、ありがと…。うわっ、不安定すぎる〜。ねえ井田くん、次は何すればいいの?」
「あ、自分の靴を、貸靴センターに預けるんだ。で、引き換え券をもらって、時間が来たら、引き換え券で自分の靴を返してもらって…ってシステムだよ」
「そうなのね。井田くん、アタシ、歩くのが怖いから、服に掴まっててもいい?」
「うん、それぐらいいいよ」
2人はそう言って、貸靴センターに自分の靴を預けに言った。
そんな2人を見つめていたのが燈中で、その燈中を見つめていたのが、山村だ。
男子と女子の駆け引きが、今から始まる予感がする…
<次回へ続く↓>