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小説「15歳の傷痕」70~告白

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― DAYBREAK ―

森川さんが、恐らく相当の決意で、俺の気持ちを聞かせてくれ、と勝負に出てきた。
変な言葉で誤魔化したりするのは、良くない。ストレートに答えねば…。

「俺は、森川さんのことが好きだよ」

色々頭の中で考えを巡らせたが、今の気持ちを率直に口にした。

「ミエハル先輩…。本当ですか?」

「本当だよ。俺も森川さんがプールに、勇気を出して誘ってくれたデートが楽しくてさ。また森川さんにお弁当作ってもらって、何処か行けたらいいな、って思ってたんだ、実は」

「う、嬉しいです…。ありがとうございます!」

「細かい所にも気を使ってくれてさ…。最後にブラとパンツを忘れちゃうお茶目さも含めて、森川さんのことが好きだよ!」

「先輩…。1年間先輩のことを好きで良かった…。で、でも…。下着を忘れたことは、忘れて下さい!」

森川さんはずっと泣いていた顔が明るくなって、今度は赤くなった。

「じゃあ、俺と付き合ってくれる?」

「はいっ!こんなアタシですけど、よろしくお願いします!」

やっと俺は森川さんと目と目が合った。

「改めて…」

俺は手を出した。森川さんも手を出してくれ、俺達は握手した。

「もう、泣かないでいいよ。ただ…」

「え?ただ…なんですか?」

「俺、今まで女の子にフラレてばっかりだから、上手く森川さんをリードして上げられるか、ちょっと心配なんだ」

俺は率直に、恋愛偏差値の低さを吐露した。

「そ、それは、アタシも…。先輩が初めての彼氏ですから…。アタシこそ、先輩に嫌な思いをさせないように、頑張ります!」

そんな部分も、アタシも同じですと言ってくれる健気な森川さんの存在が、俺の中でグングンと大きくなる。

「お互いに頑張ろうね。ところで俺達が付き合うことに決めたのは、若本に伝える?」

森川さんはしばらく考え込んでいたが、こう言った。

「成り行きに任せませんか?」

「成り行き?」

「はい。特にアタシや先輩が、若本さんを捕まえて、わざわざ交際開始報告なんかはせずに、あの子にバレたらその時、そんな感じです」

「なるほどね。コッチからは言わないけど、隠してる訳じゃないよ、そんな感じでお付き合いしようね。若本はそれでいいとして、山中には言っとく?」

「あっ、そうですね…。山中先輩にもご迷惑をお掛けしてたんで…。生徒会活動をスムーズにする為に、山中先輩にはお伝えしましょう」

「じゃ、俺から言っとくよ」

「分かりました。すいません、先輩。あの、と、ところで、先輩!」

「ん?なに?」

「実は、アタシの夢だったんですけど、あの、あのぉ…」

森川さんは再び顔を真っ赤にしていた。照れるような内容なのかな?

「なにかな?何でも言ってみてよ」

「アタシ、彼氏が出来たら、下の名前で呼んでほしいなって夢が…あったんです。だから先輩、アタシのことを、他の人がいない時は……裕子、って呼んでほしいな、なんて…」

「えっ、いいの?そんな呼び方して」

「はい!いいんです。試しに、今、呼んでみて下さいませんか?」

「な、なんか俺が照れる…」

俺の顔が真っ赤になる番だった。

「い、いい?呼んでみるよ」

「はい!」

「ゆ、裕子…ちゃん」

「先輩、ちゃんとかさん付けしないでいいんです。もう一回!」

「じゃ、もう一回…。ゆっ、裕子!」

「はい、先輩!」

俺と森川さんは互いに照れながら笑い合った。

今日は中学3年生の1月末に神戸さんにフラレて以降、誰を好きになっても失恋ばかりだった俺に、やっと女神が舞い降りた、記念すべき日になった。

「今日、どうする?ちょっとだけど、一緒に帰る?」

「はい!ほんのちょっとだけでも…」

俺は森川さんの手を取り、下駄箱へ向かった。

そんな俺達の様子を眺めていた女子が1人いた。


3年生が完全引退した吹奏楽部は、新村部長の元で再起を期すべく、練習を再開していた。
まずは体育祭での開会式、プロムナード、閉会式の曲の練習からだ。

若本は再びバリトンサックスに戻り、出河もソプラノサックスからアルトサックスに戻った。

だが若本は部活に来る前に、見てはならないものを見てしまった罪悪感から、滅茶苦茶落ち込んでいた。

(なんでアタシはミエハル先輩に、金賞を取ったら告白するなんて宣言したんだろう…。森川、遂にミエハル先輩の彼女になっちゃったじゃん)

そう、屋上での上井と森川のやり取りを見ていたのは、若本だったのだ。
部活に行こうと音楽室へ向かっていたら、屋上の方から聞き慣れた声がしたので、誰だろう?とそっと覗いたら、2人がまさに告白し合っていた瞬間だったのだ。

(確かにアタシは普通の後輩に戻るし、森川といいカップルになって、って先輩に言ったけど、こんなに早く先輩と森川が付き合うなんて…)

若本はバリトンサックスを準備しながら、つい数日前まで上井がこれを吹いていたんだなと考えると、胸が熱くなってきた。

(アタシは先輩と付き合いたかったんでしょ?ミエハル先輩が好きだったんでしょ?なんで、自分で自分を縛ったりしたんだろう…。森川に譲りたかったの?そんなことないでしょ?何してんだろ、アタシは…)

若本がバリトンサックスを抱えて涙を堪えていると、クラリネットの瀬戸が声を掛けてきた。

「若本さん…?どうしたの?」

「あっ、瀬戸くん…。な、なんでもないよ」

「なんでもない訳、ないじゃろ。泣きそうな顔して…。何かあったんじゃろ?俺で良ければ、聞くよ?」

瀬戸は最初に若本が上井をフッて、上井を避けていた頃、何とか仲直りさせようとしてくれたことがある。

又も瀬戸に話をすることになるとは…。しかも悩みの相手は前と同じ、上井と来ている。瀬戸に理解してもらえるだろうか。

「あの、ちょっと複雑なんだけど…」

「複雑なの?」

「ちょっとここでは…話しにくいんだ…」

「そうなの?どっか他に行こうか?」

「うん、でも屋上じゃない所にしたい」

「な、なんか…本当に複雑そうだね…」

若本は組み立てたバリトンサックスを一旦ケースにしまい、瀬戸と共に2年生の空いているクラスを探した。

大体のクラスは空いていたので、瀬戸のクラスで話をすることにし、窓際に向かい合うように座ると、瀬戸から声を掛けた。

「泣きそうな顔してたら、また何かあったんかなって、心配になるじゃん」

「ごめんね、瀬戸くん。アタシなんかのことを気にしてくれて」

「同期じゃん。若本さんはいつも笑ってる存在でいてほしいんよ。ミエハル先輩と掛け合いしてた時なんか、息がピッタリで名人芸だったもんね」

「…実はね、そのミエハル先輩について、なんだ。今の悩みは」

「えぇっ?ミエハル先輩とは春に仲直りして、順調にいい関係になってたじゃん」

「うん…。そうなんだけどね」

「じゃ、なんで泣くほど悩んでるの?ミエハル先輩が引退されて寂しいとか?」

「超大きな理由には、含まれる…かな」

「超大きな理由…。ますます謎が深くなってきたよ。ごめん、詳しく教えてくれるかな?」

若本は仲直り後、上井の事を好きだという女子がいるから紹介してあげる、ということから始まり、最初はその子と上井が上手くいくよう願っていたが、上井が文化祭等で頑張り続け、事実上吹奏楽部をコンクールまで引っ張り続けた姿に、次第に心が惹かれ、上井に紹介した女子と張り合うようになってしまったこと、金賞を取ったら告白すると上井に宣言したものの銀賞だったので、上井のことは諦めると宣言したこと、すると紹介した女子と上井が告白し合う現場をついさっき見てしまったこと、これらを一気に瀬戸に話した。

話し終わったら、反動で若本は号泣してしまった。

「そうだったの…。全然知らなかったよ」

しばらく若本が泣き続けるのを、瀬戸は見守るしか出来なかった。少し落ち着いたら、若本から話を始めた。

「アタシって、勝手でしょ?我儘でしょ?去年、ミエハル先輩をフッておいて、今度はアタシが好きだとか言い出して。アタシがミエハル先輩に紹介した女の子は、去年からずっとミエハル先輩のことを一途に思い続けてた女の子なの。それを知ってて横入りして、金賞じゃないから告白やーめたって、アタシ、やってることが滅茶苦茶だよ…。ミエハル先輩の優しさに悪乗りしてさ。こんなことしなきゃ、アタシが紹介した女の子はもっと早くミエハル先輩と付き合えてたんだよ」

若本は再び号泣してしまった。

瀬戸は若本が落ち着くのを待つしかなかったが、とりあえず机に突っ伏して泣き続ける若本の背中を軽く撫でてあげた。

「ありがとう、瀬戸くん…」

「うん…。なんか、ドラマの台本でも読んでるような気分だよ。さて…まず確認じゃけど、若本さんは、ミエハル先輩が、その女の子とカップルになることには、反対なの?」

ううん、と若本は、頭を横に振った。

「じゃあ、賛成なんだね。もう一つ確認じゃけど、若本さんは今もミエハル先輩が好き?」

若本はしばらく悩んだが、最後は大きく頷いた。

「そっか。まあ、コンクールが終わってまだ一週間も経ってないけぇね。気持ちの整理はなかなか付かないよね」

「でも、なんでアタシは、金賞取ったら先輩に告白する、なんて宣言したのかな…。自分でもよく分かんないの」

「俺も今聞いて、すぐにどうこうとは言えないけど、一つは先輩のことが好きだけど、付き合うのは、その紹介した女の子に申し訳ないって心理があったんかな、なんてね」

「…というと?」

「若本さんの気持ちだけは、先輩が引退する前には言っておきたいけど、言うだけで良かった、気が済むはずだった説」

「うーん、なるほどね…」

「だって、金賞取るなんて、難しいよ?もちろん欲しいけどさ、ウチの高校はこれまでコンクールで金賞取ったことがないんじゃけぇ。そのことを告白する条件に付けたのは、内心先輩には好きと言えただけで良くて、付き合うまでは別にいいってことの表れかも」

「アタシも分からない内に、そういう心理状況になってたのかなぁ…」

「もう一つは、その女の子を、早くミエハル先輩にくっ付けて上げたかった説」

「……うーん…」

「若本さんの自覚がないだけで、本当は若本さんが早くから紹介してるのに、ミエハル先輩がオクテじゃけぇ、いつまでも告白しないことにイライラしてた。だから先輩に対しても、その女の子に対しても、いつまでもウジウジしてたらダメでしょ、っていうプレッシャーを与えたかった…とか」

「瀬戸くんに指摘されると、確かにそういう気持ちもあったのは否定出来ないわ。ミエハル先輩は、俺はモテないばっかり繰り返すから、そんなことないよ、先輩を好きな女の子が、アタシと同じクラスにいるよって、紹介したのに、何回も告白のチャンスを棒に振るんだもん」

「なんか若本さんにとってのミエハル先輩って、兄貴でもあり、弟でもある、そんな存在じゃない?」

若本は、瀬戸のその言葉にハッとした。そう、とにかくミエハル先輩の存在って、格好いい憧れの存在でもあるし、オヤジギャグとか言って困惑させる悪戯っ子みたいな存在でもあるなぁ…。でも間違いないのは、若本にとって、かけがえの無い存在ということだ。

「若本さんとしては、今は、こうなって別に良かったはずなのに、何故か心が乱れる、そんな心境でしょ。今まで聞いた話をまとめたら、そんな気がするよ」

「瀬戸くん…、当たり。本当にそうだわ。アタシ、コンクールの後にミエハル先輩に、もうアタシは先輩の彼女候補じゃなくて、普通の後輩に戻ります、アタシが紹介した女の子といいカップルになって下さいってキッパリと言ったんだ。なのに実際先輩が、アタシが紹介した女の子と仲良くしてる場面を見たら、何とも言えない気持ちになったの。ミエハル先輩は別にアタシに嘘を付いたり、コソコソ隠れたりしてる訳じゃない。もうアタシから離れて問題はないのに…。ね、瀬戸くん、こういうのを未練って言うのかな…」

「ま、まあそうだろうね」

「アタシは未練を抱えて生きていくのかぁ…」

その若本の言い方に、瀬戸はやっと気持ちが落ち着いて来たのだろうと思った。

「そろそろ音楽室に戻らん?結構音が聞こえとるし。瀬戸と若本は何処に行った?って思われてるかもしれないから」

「うん。瀬戸くん、ありがとう。分からなかった自分の中の気持ちが、かなり整理できたよ」

「また何かあれば、言ってよ。出河じゃ言いにくいこととか。せっかくの同期じゃん。ミエハル先輩の代みたいに、みんなで仲良くしていこうや」

「そうよね」

若本も一旦は気持ちを落ち着けたつもりだった。

だがまだ完全に上井への気持ちを断ち切るには、時間が必要だった。

<次回へ続く>


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