【読切小説】初戀
1
「今度、映画に行こうよ。俺と、三井と、田川さんと井上さんで」
「え?4人で?」
「そうそう。最近、三井と田川さんが上手くいってないみたいでさ、三井から相談を受けたんだ。じゃ、2人で解決出来ないなら、俺が一肌脱いでやるって言ってね。でも俺が1人加わるだけじゃ、ちょっと…ね」
「それで、アタシを誘ってくれたの?」
「うん…。ダメかな」
「ううん、いいよ。アタシで役に立てるなら」
「本当に?ありがとう、井上さん!じゃあいつ行くか決まったら、また教えるね」
そう言って10月のある日にアタシを映画に誘ってくれたのは、アタシの片思いの相手、井本雅治くん。
アタシは高校2年生の、井上紗織。
これまで、男の子と付き合ったことは2回あるけど、2回とも相手の男の子の幼い部分が見えちゃって、アタシからフッちゃったんだ…。
でも三度目の正直で、次に付き合いたい男の子が出来たら、今度こそはしっかりと向き合って、ちゃんとしたカップルになりたいの。
だから今は、同じクラスの井本くんに片思いしてるんだけど、アタシがもう大丈夫って思うまで告白しないことにしてるんだ…。
でも井本くんはアタシのそんな気持ちを知ってるのか知らないのか、物凄くフレンドリーに、ダブルデートの相手にアタシを誘ってくれたの。
アタシが井本くんを好きになったのは、文化祭の時。
井本くんは吹奏楽部に入ってて、文化祭では吹奏楽部のステージがあったんだけど、そのステージでカッコよくドラムを叩いてたの。
その姿に、一目惚れしちゃったの、アタシ。
それで勇気を出して、文化祭の後、井本くんに話し掛けてみたのね。
「井本くん、ドラム、カッコよかったよ!」
「えっ?あ、井上さん。本当に?嬉しいなぁ」
「また、お話してもいい?」
「勿論!」
その日以来、井本くんはアタシのことをお友達みたいに、色々話し掛けてくれるようになったんだ。
でもアタシは、お友達じゃなくて、お話する度に井本くんへの気持ちが高まっていって…。
ほんのちょっとしたお話でも、他の男の子と話す時とは違う気がするようになった。
前に付き合った男の子とは、全然違う…。
何気なく交わす、おはようとか、バイバイって言葉だけで溶けそうになっちゃう。
こんな気持ちは初めて…。
「井上さん!」
「あっ、井本くん…」
アタシは、ノートの隙間に描いてた、井本くんの似顔絵を咄嗟に隠した。
なかなか井本くんに似ないんだよね〜。
「三井と田川さんと井上さんと俺で映画に行く日が決まったよ!」
「あっ、決まったの?いつ?」
「今度の日曜日。井上さん、空いてる?」
「うん、大丈夫だよ!空いてなくても空けちゃう」
「アハハッ、助かるよ、井上さん。じゃ、日曜日、いつもの駅に9時半に集合ね。よろしく」
「日曜日の9時半ね。寝坊しないように気を付けるね」
「あ、寝坊の心配は俺もだ〜」
うふっ、こんな何気ない会話が嬉しいな。早く日曜日にならないかな…。
2
日曜日がやっと来たよ。
9時半にいつもの駅…。
アタシもちょっと気合いを入れて、10月だけどミニのワンピースで頑張っちゃった。
駅に着いたら、先に井本くんが来てたよ。
「あっ、おはよう!井上さん」
「おはよう、井本くん♫」
「井上さん、結構大胆な感じだね」
「エヘッ、せっかくのダブルデートだから、張り切っちゃった」
「そっか、2vs2だもんね。ダブルデートみたいだよね」
そう言って井本くんはちょっと照れて、顔を赤くしていた。
そんな何気ない仕草が、アタシの井本くんを好きって気持ちを、増々強くしてくれるんだ。
「おっはよー。井本くんに井上さん、今日はありがとね」
そう言って現れたのは、田川さんだった。
「おはよう、田川さん」
「えーっ、井上さん、そんなミニのワンピも持ってるんだ?もしかしたら井本くんが惚れちゃうかもよ?」
「エヘッ、そうかな?」
田川さんにそう言われて、アタシは素直に嬉しかった。
そういう田川さんはロングスカートだったから、余計にアタシの膝上丈のミニのワンピが目立っちゃう。
「後は三井だね。まあまだ9時半じゃないから、遅刻じゃないけど…。今の内に田川さんに聞いとこうかな、三井のことは、どう思ってる?」
「勿論、好きよ…。なのに、三井くんの方が、アタシに飽きたのかな…」
「何々、三井の方が態度が変わってきたの?」
「なんかね…。デートしてても、いつも他の女の子ばっかり見てるし、手も繋がなくなったし」
「田川さんみたいに明るくて元気な女の子なんて、付き合えてるだけでも喜ばなきゃいけないのにね」
アタシもそう思った。田川さんは女のアタシから見ても、元気で明るくて可愛くて、男の子なら一度は好きになるような女の子。
だからそんな田川さんと付き合ってる三井くんは、もっと田川さんを大切にしなくちゃ。他の男子に取られちゃうよ…。
「あ、三井が来た」
井本くんが三井くんを見付けたみたい。
「おはよー。あれ、俺が一番遅かった?スマン、スマン」
田川さんの様子を見たら、複雑な表情をしてた。
三井くんが来て安心してるのと、これからどうなるのか心配なのと…。
「じゃあ4人揃ったから、映画館に行こうよ」
映画館は、駅から歩いてすぐの所。
多分井本くんは、10:00始まりの純愛モノを観ようとしてるはず…。
そのほんの少しの距離だけど、歩く時は男同士、女同士になっちゃった。
田川さんはアタシに聞いてきた。
「井上さんは今日は、井本くんに誘われたの?」
「うん」
「ゴメンね、アタシと三井くんのせいで」
「ううん、全然!」
「でも井本くん、どうして井上さんを指名したのかな?ひょっとして、ひょっとするのかな?」
「えーっ、そっ、そうかな…」
アタシまで照れてきちゃった。
そうこうしてる内に映画館に着いたよ。やっぱり井本くんは、封切りされたばかりの、青春純愛物語のチケットを買ってた。
「はい、1人1,200円、後から頂戴ね」
そう言って井本くんはチケットを皆んなに配ってくれた。
中に入ると、1回目の上映だからか、そんなにお客さんは多くなかった。
アタシ達は前がいいか、後ろがいいか話して、後ろ側に座ることにしたよ。
「まず一番奥に三井、続けて田川さん、そして井上さん、最後は俺」
と、井本くんはアタシ達が座る位置を指示してくれた。
きゃ、井本くんの隣だ…。
きっと三井くんと田川さんを並ばせて仲直りさせるようにして、そして女同士並ぶようにしてアタシの不安を取り除いてくれて…。
なんて素敵なんだろ♥
定刻に場内が暗くなって、映画も始まったよ…。
アタシの右肩に、井本くんの左肩が触れる…。
肩と肩が触れ合って、肩だけ熱く感じる。映画に集中出来ないよ…。
3
「面白かったね。最後、ちょっと泣かせる演出なのが、なかなか上手かったよね」
井本くんがそう言ってる。その言葉に対して、三井くんと田川さんは色々喋ってる。
今度は、男同士、女同士じゃなくて、男女一組ずつでいつもの駅へと向かっていた。
「井本くん…」
「ん?」
「三井くん達、元に戻ったかな」
「そうだね…。あの雰囲気なら、仲直りしたんじゃないかな」
「良かった!流石井本くん。やるね〜」
「いや、それほどでも…」
って照れる井本くん、可愛いな♥
「この後、どうする?」
駅に着いたら、井本くんが皆んなに聞いた。
そしたら三井くんがこう言ったの。
「悪いけど、解散というか、俺と田川さんで仲直りデートしたいんだ」
よく見たら、2人は手を繋いでいた。
「おう、分かったよ。そういう前向きな理由なら、解散しようか」
えっ、解散?アタシ、まだ井本くんと一緒にいたいのに…。
「じゃあ、仲良くね。田川さん、良かったね」
「ありがとう、井本くん。いつかお礼させてね」
「お礼は要らないよ。2人が仲直りしてくれれば」
じゃあねーと言って、三井くんと田川さんは駅から電車に乗って何処かへ出掛けるみたい。切符を買ってたわ。
アタシは…どうなるのかな…。
「井上さん!」
「えっ、はっ、はい!」
「アハハッ、ビックリした?せっかくだから、もう少し俺と過ごさない?」
「え、本当に?」
「うん。だってこのままだと、三井達だけいい思いしてさ、俺と井上さん、単に映画を観ただけじゃん。だから、近くのカフェで、軽くランチでもどう?」
「うっ、うん!是非一緒させて!」
「井上さん、凄い力強い返事だったね。よし、じゃあ駅ビルのカフェに行こうよ」
「うん」
アタシは井本くんの後を追い掛けるように付いて行った。
もう少し井本くんと一緒にいられる♪
良かった…。
「この店でいい?」
井本くんの言うお店なら、どこでもいいよ。
「すいませ~ん、2人なんですけど…」
店員さんが出てきた。
「あいにく室内は満席でして…。テラス席ならご案内出来るのですが、如何ですか?」
井本くんはアタシの方を見た。アタシは頷いて、テラスでもいいよと伝えた。
「じゃ、テラスでも良いので、お願いします」
「はい、ありがとうございます。コチラです、ご案内します」
店員さんの後を付いていき、テラス席に井本くんと向かい合うようにして座ったよ。
「ご注文が決まったら、そのボタンを押して下さい」
店員さんはそう言って、メニューを置いて店内へ戻った。
「まず井上さん、どうぞ」
「え、いいの?」
「レディファースト、なんてね」
「ありがと」
何にしようかな…。カレーライスとか食べたいけど、女の子としてそれはないよね。
「アタシは、チョコレートパフェにするね。じゃ、井本くん、どうぞ」
「早いね。ありがとう」
井本くんがメニューを見ている間、アタシはテラス席から見える景色を眺めていた。
遠くに海が見えるよ。
夏だったら、泳ぎに来れたのかもね。
ふと視線を感じて振り向くと、井本くんがアタシを見ていたの。
なんか照れちゃって、少し顔を赤らめて俯いちゃった。
そよ風が心地好いな…。
「俺も決めたから、ボタン押してもいい?」
「…うん」
井本くんはボタンを押して店員さんを呼んで、アタシのチョコレートパフェと、井本くんの決めたスパゲッティのカルボナーラを注文していた。
「ありがとう、井本くん」
「いやいや、俺は大したことしてないよ」
会話はちょっと止まったけど、井本くんはアタシの顔をずっと見てる。
とても優しい目で…。
「井上さん、今日はどうだった?」
「あっ、うん…。楽しかったよ。あのね、アタシね、井本くんに言いたいことがあるんだけど…」
「言いたいこと?えっ、何だろう…」
アタシは顔を真っ赤にして声を絞り出すようにして、言った。
「…好き。好きです。井本くんのこと」
「井上さん…」
「いや、好きとかそんな単純な言葉じゃないの。愛してる…も違うかな、とにかく、井本くんのことが、アタシ…」
アタシは必死に、今を逃したら何も言えなくなると思って、井本くんに対する思いを打ち明けたの。そしたら…
「ちょっと待った!」
「えっ?」
「俺が先に言おうと思ってたのにな」
「井本くん…」
「俺も、ちゃんと言うね。井上さん、大好きです。これからは友達じゃなくて、恋人になって下さい!」
「…はい…」
アタシ、嬉し過ぎて、涙が出ちゃった。
「泣かないで、井上さん。はい、ハンカチ」
なんて優しいの、井本くん…。
そこへ注文した、アタシのチョコレートパフェと、井本くんのカルボナーラが運ばれてきた。
「さ、美味しそうなのがきたよ。一緒に食べよう」
「うん!」
アタシ達は恋人になった。
そして初めてのランチを食べた。
井本くんはカルボナーラをアタシにも分けてくれたし、アタシもチョコレートパフェを少し井本くんに分けて上げた。
改めてお互いの顔を見つめ合って…
「仲良くしようね」
アタシ達はちょっとだけ椅子から立ち上がり、唇を合わせた。
明日からクラスで、どう呼ぼうかな?
「雅治くん」
って呼んだら、ビックリするかな?
これからは一緒に楽しいこと、辛いことを話したりしようね、雅治くん♥
========================
本日2本目の小説です。今回もピリカさんの企画に乗っかって、曲を素に小説を作りました。
チェッカーズで作ろうとしたんですが、これがなかなか難しい…💧
では発想の転換で、私が中3の時のヒット曲で女の子目線の気持ちを歌った斉藤由貴さんの「初戀」を選びました。上手く行ったかな💦
長文、失礼しましたm(_ _)m
サポートして頂けるなんて、心からお礼申し上げます。ご支援頂けた分は、世の中のために使わせて頂きます。