小説「15歳の傷痕」-39
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- 夢冒険 -
1
文化祭が終わった翌月曜、まだ文化祭の余韻が残る高校へと登校したら、女子から憧れの眼差しでも向けられるかな?とか、男子からも、お前すげぇな!とか言われるかな?などと妄想していたが、現実は厳しく、教室に入っても特に普段と変わりはなかった。
(やっぱりこんなもんか)
しいて言えば朝礼の際、末永先生が、俺の額の火傷は大丈夫?と言ってくれたくらいで、吹奏楽部のステージでドラムを叩いてキャーキャー言われたのは幻だったのかと思い始めた。
そんな一日を過ごし、放課後部活に出向いたら、福崎先生に呼ばれた。
「はい先生、何かありましたか?」
「上井、文化祭はご苦労さんだったな」
「あ、いえ…。もう今朝の段階では、クラスでは何も言われなかったので、幻だったんじゃないかと思ってますよ」
「そうか?もっと何かアクションがあってもいいのにな。まあそれはそれとして、上井よ、コンクールまで出てくれるのはありがたいんじゃが、打楽器で出るか、それともバリサクで出るか、決まってるか?」
俺は文化祭1日目の夜、宮田さんが泣きながらコンクールは打楽器で出て下さい、と直訴されたことも思い出しつつ、総文の後若本からコンクールは引退ステージだからバリサクに戻ってほしいといわれたことも思い出していた。
「…先生、実は悩んでるんです」
「そうじゃろ。実は宮田と若本で、お前の取り合いになっとるんよ」
「と、取り合い?ですか?」
「まず文化祭が終わった後、若本から、上井先輩はコンクールの時、バリサクに戻してくれませんか、と言われてな。まあその時は上井次第だ、と返しておいたんだ。だけど今日音楽の授業で、偶々宮田のクラスの日だったんよ。休憩時間に宮田に、夏のコンクールの話をされて、上井先輩は打楽器で出てくれますよね?と言われたんよ。答えに困ってなぁ…」
「なるほど、それで取り合いと…」
俺と福崎先生はしばらく黙り込んでしまった。無言状態が長く続いたが、先に福崎先生が喋ってくれた。
「結論は急がんけど、お前の正直な気持ちは、どっちにある?」
「…それが悩ましいんです。コンクールの曲の練習は、両方ティンパニということで、打楽器前提で始めてるんですけど、バリサクも私の原点ですから、勿論吹きたい気持ちはありますし。あとコンクールは去年のようなことがない限り、打楽器は人数が十分すぎて、逆に自由曲は出番がない部員がいるんです。サックスは、アルトが2人個人所有してるのがあるので、学校のアルトは1本余ってるんです。上手くコンバートすれば、私がバリサクで入る余地はあるのかな?とは思うんですが…」
「ホンマに悩ましいのぉ…。ある意味、去年とは逆の、贅沢な悩みじゃのぉ」
福崎先生は苦笑いしていた。
「ただ自分としては、既にティンパニの練習をしているので、打楽器で出たいという思いの方が、ちょっと強いです」
その言葉の裏には、文化祭の初日の夜に泣きながら俺に抱き着いてきた宮田さんの存在が隠れている。
普段は明るく、気の強い宮田さんが、自分をさらけ出して泣きながら俺に打楽器残留を訴えてくれた光景は、忘れようにも忘れられない。
かといって、過去を水に流し、自分がバリサクを吹きたいという気持ちを隠してまで、コンクールはバリサクで出てくれと言ってきた若本の気持ちも、それなりに重たい。
今の俺には、自分で選択するには、荷が重すぎる話だった。
「…先生、スイマセン、今日は部活に出てきましたけど、ちょっとどう行動すればいいのか分かんないので、1日、時間の猶予を下さい。どっちでコンクールに出ればいいのか、一晩悩んできます」
「ああ、分かったぞ。でも、最悪な答えだけは出さないでくれよ」
「え?なんですか、最悪な答えって…」
「コンクールに出ないって答えだよ」
「なるほど!って、そんなのは絶対嫌です。最後のコンクールですから、絶対金賞取りたいですし。それはありません」
「良かった、お前の答えを聞いて安心したよ。じゃあ今日はとりあえず帰って、夜にでもじっくり考えてくれ」
「はい、すいません、先生」
と言って、音楽準備室を出ようとしたら、同期の太田さんと鉢合わせた。
2
「ふーん、そうなんじゃね…。それはすぐに答えなんか出ないよね」
屋上で手すりにもたれかかりながら、俺はバリサクと打楽器のどっちでコンクールに出ようか悩んでいる、と太田さんに打ち明けていた。
6時間目が体育だったという太田さんからは、制汗剤の匂いがする。女子って大変だな…。
「でもさ、ミエハルって幸せだよね」
「へ?なんで?」
「2つのパートから、こっちから出てほしいって要請されとるんじゃろ?それも打楽器とバリサクっていう、まるで路線が違うパートじゃない?そんなことで悩めるのは、幸せだよ」
と太田さんは、時折吹いてくる強風にスカートを抑えながら言った。ここにいると風が強いのかな?
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ところでさ、ここだと風が強いから、階段の出入口の方に座って話さない?スカートとか、大変じゃろ?」
「あーっ、ミエハル、もしかしてアタシのパンツ見えたんでしょ?このエッチ!」
「えっ、いやいや、とんでもない!見えてないって!何色かも知らないし!」
俺が慌てて否定すると、太田さんはケラケラと笑った。
「ホンマにミエハルって、広田のフミが言う通りなんだね!アハハッ」
「な、なにそれ…」
「ミエハルって、みんなの前では明るくて、時々ワザとボケたこと言ってるけど、本当はシャイで、本音を突くとすぐ顔が真っ赤になる…って、フミは言ってたの」
「みんなして俺の分析してんの?」
「フミは、去年打楽器でミエハルと一緒になってから、みんなの前ではワザと明るく振る舞ってるけど、本当は凄い色んな悩みを抱えてるって見抜いてたんだよ。それが的中したのが、アンコンの後だって。確かトラック要員に、フミを指名したでしょ?」
「ああ、アンコンの時ね…。俺、アンコンに良い思い出が無いんよね」
「高校の玄関の前で、座って色々話をしたってのも聞いたよ。その時、地面が濡れてるからって、ミエハルがハンカチを出して、フミのスカートが少しでも濡れないようにしたってのも」
「そんなことまで広田さん、話してるんだ?恥ずかしい~」
「あっ、やっぱり顔が赤くなってる。図星だね!じゃ、アタシのパンツが見えたのも図星でしょ?」
「見えてないってば!」
俺は首を全力で横に振った。
「とっ、とりあえず座ろうよ。あのベンチにでも…」
「ミエハルをからかうと面白いね」
「ったく、俺の存在価値って、やっぱりお笑い担当で終わるのか…ショック!」
「まあまあ。アタシも体育の直後で足が疲れとるけぇ、座ろうよ」
俺は礼儀として、太田さんの座る位置にも、ハンカチを引っ張り出し、置いた。
「あ、アタシにもハンカチ敷いてくれるんじゃね。優しいね、ミエハルは」
「ちょっとベンチが汚いしね」
2人してベンチに並ぶようにして座った。
「さて…。ミエハルの悩み、どうしよっか?」
「ごめんね、せっかく部活に来たのに、俺の悩みを聞かされる羽目になって」
「ええんよ、そんなの。気にしないで。でも…本当にどっちがいいのかな」
そこで俺は、元々は打楽器のつもりだったこと、総文で若本にバリサクに戻ることを提案され、心が動いたこと、文化祭初日の夜に音楽室で宮田さんが泣きながら抱き付いて打楽器残留を求めたことを、一気に話した。
「ミエハル、モテモテじゃーん」
「じゃろ?こんなの人生で二度と…って、そんなこと言ってる場合じゃないんよね…」
「ゴメンゴメン、でも今のミエハルの話を聞く限りだと、アタシは打楽器で出るべきかな?と思うよ」
「打楽器?」
「うん…。宮田さんが泣いてまでお願いしたんでしょ?あの子が泣くなんて、想像も付かないもん」
「そう…じゃね」
「サックスは、もう十分にメンバーがおるじゃん。そこへ無理して入らんでもいいような気がするし。打楽器は自由曲で余りが出ると言っても、何か小さい楽器を分担すればいいんじゃないかな。って、アタシの勝手な意見じゃけどね」
「いや、参考になるよ。やっぱり一人で考えずに、他人の意見を聞いてみるってのは、いいことじゃね」
この時点で俺は、打楽器でのコンクール参加に、かなり傾いた。勿論、太田さんの意見が参考になっているのは間違いない。
「じゃあアタシ、部活に顔出してくるね」
と言って太田さんは立ち上がり、俺のハンカチをスカートのポケットに押し込むと、
「ハンカチは洗濯してから返すね。ありがとう」
「いいのに、そんなことしなくて」
「ううん、アタシもミエハルとこんなに喋れて楽しかったよ。アタシなんかがミエハルの役に立てるかどうか分かんないけど、また何かあったら、いつでも相談に乗るよ」
「ありがとう。同期って、いいね」
「ほうじゃね。あっ、あと、アタシのパンツ見たってこと、秘密にしといてね」
「だから、見えてないってば!」
「アハハッ、冗談よ。じゃあね、バイバーイ」
「うん、バイバイ」
そう言い、太田さんは屋上出入り口から音楽室へ向けて軽快に階段を下りて行った。
(あんなに綺麗で、なおかつ楽しく喋れるんだ。男子共が骨抜きになるのも分かるわ)
今は山中と付き合っていることを知っているため、俺も太田さんに恋愛感情は持たないように話したつもりだが、どことなく感じる小悪魔的な要素が、男を刺激するんだろうと思った。
(さて、帰るとするか…)
俺も下駄箱へと向かうため、屋上出入り口から階段を降り始めた。
そこへ現れたのが…
(次回へ続く)
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