【短期集中連載】保護者の兄とブラコン妹(第16回)
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いよいよ高校の家庭訪問の日となった。
俺はバイトのない月曜か水曜を希望したのだが、調整の結果、4月23日の月曜日、午後4時頃になった。
幸い3年になって履修科目を組み立てていったとき、月曜日は2限と3限の2コマ講義になったので、由美の高校の保護者関係行事に合わせて4限を早退する必要はなくなった。
ただサークルには出れなかったので、後でサキちゃんにだけは連絡しておこうと思う。
アパートに担任の先生をお迎えするにあたり、何を用意しておいたら良いのか、金沢の母に聞いてみたら、座布団とお茶は必須だとのことだった。
だがお茶は淹れ方がよく分かんないので、ペットボトルの麦茶を買って来たのだが、これでよいだろうか?
時間が迫るにつれ、緊張感も増してきたが、初対面ではないし、プロの保護者、即ち親ではない、兄貴なんだから…と思ったら、ちょっと気は楽になった。
コンコン!
ドアをノックする音がした。
(先生?えらい早いな…)
と思ってドアを開けると、やはり先生だった。
「こんにちは、伊藤君」
「こんにちは。市村先生、早くないですか?」
「いや、伊藤家が高校から一番近くてさ。でも公式的には家庭訪問時間の解禁は午後4時なんだ。だから、ちょっと早く行って伊藤君がいてくれたらラッキー、万一いなくて4時ギリギリになっても車で時間は潰せると思ってね」
「そうでしたか、どうぞどうぞ」
「それじゃ、お邪魔しますね…」
「先生、真ん中の丸いテーブルでお願いします。何処でも座って下さい」
「悪いね、じゃ失礼して…」
さすが体育の先生だ。4畳半の部屋がいつもより狭く感じられる。
「とりあえずよく分からんもんで、大学の帰りに麦茶を買ってきました。どうぞ」
「おぉ、ありがとう。意外に外は暑くてね、冷たいお茶は正直嬉しいよ」
先生は一気にコップのお茶を飲み干した。
「お代わりありますんで、先生、好きなだけ飲んでってください」
「ありがとうね。さてさてまずは保護者としての伊藤君とのお話しから始めさせてもらうよ…」
「はいっ。由美は高校ではどうですか?」
俺はちょっと緊張した。
「うん、高校の中では、人気者だよ。髪の毛がショートカットで背は高くて、物言いがハキハキしてる。性格も曲がったことが嫌いだからまじめで、それでいてギャグも飛ばす。もうね、クラスではリーダー的存在だよ」
「本当ですか?俺が保護者だからって、盛ってないですか?」
「なんで盛る必要があるのさ。あと勉強も頑張ってる。年末の三者懇談でも言ったけど、贅沢言わなきゃ、ある程度のレベルの大学は心配ないよ、今のところ」
「贅沢、というと…」
「早稲田、慶応、東大、一ツ橋、上智、そんなレベルだね」
「うわ、そんな大学に行かれると、由美の兄としての威厳が…。逆に言うと、今先生が言わなかった大学は、合格可能性があるってことですか?」
「そうだね、明治、青学、立教、法政、専修、日大辺りなら、今のところ6:4から7:3で可能性が高いよ」
「スゲー!あ、先生の前でスイマセン。それって、一般入試で…ってことですよね」
「そうそう。あくまで今の段階での模擬試験の成績だけでの判断だけど」
「そっかー。俺と大違いですね」
「伊藤君は?えーと…K大学か」
「そうなんです。高望みしすぎて落ちまくって、滑り止めにしてたんですよ」
「いや、K大学を狙って落ちる子もいるからね。決して偏差値的には低くない…うん、どの学部も50を超えてるし。もっと自信を持ちなよ」
「あっ、ありがとうございます…」
「でも由美ちゃんは、このアパートで部活後に家事もこなしてるんだろう?」
「そうですね。俺の帰りが早い時は、俺が夕飯とか洗濯とかしてますけど、俺の帰りが遅いほうが多いんで、由美には迷惑かけてます」
「その環境でこの成績を維持するのは、なかなかのモチベーションが必要だよ。きっともう本人の中では確固たる目標があるんじゃないかな…」
「具体的な志望大学とか、ですか?」
「そうそう。まだ伊藤君は聞かされてないんだね?」
「えぇ。なんとなく進路の話をするとギクシャクしそうで、由美から切り出さない限り、俺からは聞かないことにしてるんです」
「そしたら…。新年度早々に書かせた、進路調査があってね。本当は部外秘なんだけど、伊藤君なら信頼できるから、由美ちゃんが書いた希望進路、見せてあげるよ」
先生はそう言って鞄の中から束を一つ取り出し、氏名に伊藤由美と書いてあるものを丁寧に探してくれた。
「はい、これ…」
俺は今見ただけで、決して由美が帰ってきても口外しない、と心に誓ってから、その進路希望調査票を見た。
上は1.進学(大学・短大・専門学校・他)、2.就職、3.その他となっていた。
当然由美は、進学に丸をつけ、更に大学へと丸を付けていた。
その下に、具体的な進学希望先が決まっている場合は学校名を書くこと、という欄があり、3つの枠が設けられていた。
恐る恐る由美の書いた希望進学先を見ると…
①日本大学
②東海大学
③金沢大学
と3校書き込まれていた。
「兄として、保護者として、どう思うかな?俺は、日大や東海大より、ワンランク上を目指してもいいと思う。まあこの調査票には拘束力がないし、まだ4月だから今後変わってくることは大いにあるよ。多分由美ちゃんは、絶対確実な大学を書いたんだろうけど、③の金沢大学が俺には引っ掛かってね…」
由美の書いた日大、東海大は、私学の中でも学費がそれほど高くない大学だった。きっと由美は、水泳を続けたい気持ちと授業料を考えて、トップ2つをこの大学にしたに違いない。また今のアパートから通おうと思えば通える大学でもあった。
だが③の金沢大学は、由美の揺れる気持ちの表れではないかと思った。
「去年の三者面談でも、確かに金沢大学って名前は出てきたよね。ご両親が住んでるからということも関係してくるのかな?とは思うんだけど、もし金沢大学を受けるのなら、やっぱり国立だし、ついでに受ける大学ではないということを由美ちゃんに気付かせてやりたいな、と俺は考えてるんだ」
「そう、ですよね…」
「じゃ、ごめん、これは部外秘だから、決して由美ちゃんの前で、日大、東海大、金沢大のことは話さないようにね」
「分かりました」
「でも伊藤君も成長したよな~。俺が教習に行ってた時は男子バレー部に交じって、女子更衣室とか覗いてたのにな~ワッハッハ」
「先生、それは黒歴史ですよ~。由美には言わないで下さいね」
「分かってるよ。俺まで共犯なのがバレちゃうじゃんか」
真剣な由美の進路についての話の後は、しばし先生が教育実習に来ていた時の懐かしくもバカバカしい思い出話で盛り上がってしまった。
「おっと、もう次の家庭に行ってなきゃいけない時間だった。話が盛り上がっちゃったな。ごめん、これにて失礼するね」
「いや先生、これからも本当によろしくお願いします。俺にとって、可愛い妹なんで」
「分かったよ、任せておきな。じゃあまた。何かあったら、いつでも高校に来てくれていいからね」
「ありがとうございます!」
市村先生は、急いで下に置いていたマイカーへと戻っていった。
(公的行事なのに、マイカー使わされるんだ…。先生も大変だな)
次の家庭へ向けて市村先生が向かった後、俺はテーブルを片付けながら、由美が「金沢大学」を希望進路に書いていた意味を考えていた…。
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「愛しのお兄様、たっだいま~」
「お、今日はそうくるか!お帰り、由美」
「うん。ねえねえ家庭訪問、どうだった?お兄ちゃんの中二病はちゃんと治してもらったの?」
一瞬、先生と一緒に女子更衣室を覗いていたとかいう馬鹿な過去の話を蒸し返されたかと思ったが、由美は聞いてないはずだ。安心しろ、俺…。
「あのな、中二病の男がこんな豪華な唐揚げ作るかよ?」
今夜は鶏の唐揚げにした。家庭訪問が終わった後、買い物に出かけて、唐揚げ用鶏肉を大量に仕入れてきたのだった。
「おわっ、凄ーい!食べても食べてもなくならないんじゃない?ありがとう、お兄ちゃん、だから大好き」
由美は軽く何気なく言ったつもりだろうが、不意に俺は動揺した。
(お兄ちゃん、だから大好き)
由美が幼稚園の頃、将来の夢は何?と親が聞いたら、
「お兄ちゃんのお嫁さんになるの」
と答えたことがあった。
だがそんなのは遠い幼児の頃の話だ。
2人暮らしを始めてからは、初めて聞いた単語だった。
由美は気楽に言ったのだろうが、俺には結構重い一言に感じた。
(もしかして彼氏を作ろうともしないのは…俺のせい?)
奥の由美スペースで私服に着替えている由美を見て、つい思ってしまった。
(まあまあ、流れでそう言っただけだろう…)
俺は夕食のメニューをテーブルの上に並べつつ、大した発言ではなかったんだと思い込ませようとしていた。
「由美~、洗濯物は洗濯機に今の内に入れてくれよ~」
「はーい。あっ、お兄ちゃん!大変なことがあったの!」
俺は夕飯の準備の手を止めて、聞いた。
「なっ、何が起きたんだ?」
「遂にブルマが破れたの~。シクシク」
「な、なんだ…。ビックリしたじゃないか…」
「あっ、お兄ちゃん、たかがブルマと思ってるでしょ?忠実屋で買えばいいと思ってるでしょ?ウチの高校のブルマは特製だから、購買に申し込まなきゃいけないんだよ!で、時間が掛かるの!なんでか知ってる?氏名をウエストに縫い込むからなの!だから早く申し込まなきゃいけないし、待ってる間に2枚目、3枚目が破れていく可能性だってあるのよ!破れたらどうなるか知ってる?その下のパンツが見えちゃうのよ!」
その迫力に俺は気圧されていた。
「わ、分かった…。明日にでも、申し込んでおいで…」
「良かった~。じゃ、5枚申し込んでいいよね?」
「5枚!?なんで1枚敗れただけでそんなに?」
「だって基本的には部活の時使うから毎日必要だもん。入学説明会の時に5枚買ってもらったんだもん。その後足らないっていって、3枚追加したほどだもん。今使ってるのだって、破れるのは時間の問題よ?」
「わ、分かったから…。まあ水泳部だしな。普段の体育もあるし、部活で使う時もあるし、ということで…」
「ありがとう、お兄ちゃん!女子高生の必須品を分かってくれて。だからお兄ちゃんのこと、大好きなんだ。エヘヘッ」
また出た!キラーワード!
一体由美はどうしたのだろう。2人暮らしを始めてから、俺が由美の要求に応じたり、屈したり、色んな場面があったが、「好き」なんて単語は全く聞かなかった。
それが今、短時間で2回も、である。
「安心して唐揚げ食べれる~。お兄ちゃん、早く食べないと冷めちゃうよ」
この妹は一体どうしたんだ…。「金沢大学」の謎と、突然「好き」と言い出した謎と、新たな宿題を俺に課したような気がしてならなかった。
<次回へ続く>