小説「15歳の傷痕」-15
- Strawberry Time -
1
初の定演は、年度末の月曜日の夕方5時半開始という悪条件にも関わらず、そこそこの成功を収め、部員の間には高揚感が漂っていた。
曲の出来は別として、プログラムの広告集めや、オリジナルトレーナーの制作、日に日に増えてきたOBの参加表明など、本当にお祭りといった気分になった。
そんな中でも俺は、山中と大田に猛烈に推薦されて部長になれと言われた責任感を勝手に感じ、来年の第2回定演について、早くも考え始めていた。
そう、結局俺は山中と大田に口説き落とされ、部長になる決意を固めたのだ。
正式には新入生の入学式での演奏後に行われる役員改選ミーティングで部長に立候補し、部員の承認を得ないといけないのだが、定演の曲練をしている時も、俺が部長になったら変えたい所を意識するようになったし、また部長に立候補するような1年生は、他にはいないだろうと思っていた。
定演後の春休み中の練習でも、山中と大田は俺を励ましてくれ、部長になる意欲が萎えないように鼓舞し続けてくれた。
だが反面、親友の村山と最近はあまり喋ってないな、ということにも気付いた。
百人一首に出るか出ないか、というような話も、以前なら帰り道に村山に相談したりしていたのだが、山中も指摘していた通り、最近は村山が1人で勝手に落ち込んで部活を早退したり、逆にいかにも落ち込んでいますというアピール?と思うほど、わざと音楽室から丸見えの反対側の校舎の廊下で1人でポツンと立っていたり、単独行動が目に付いていた。
春休みの練習にも、定演が終わったら殆ど顔を出してないし…。
ま、男同士、そんなに深く悩むことはなく、そのうちまた元気になるだろうと思っていた。
そしていつしか入学式の日を迎え、吹奏楽部は恒例の演奏を行い、いよいよ役員改選のミーティングを行う時が来た。
須藤部長が前に立ち、一通りこの1年の活動についての感想を述べる。だが先輩方も含め、大半の部員は上の空状態なのが、手に取るように分かるのが、須藤部長には悪いけど、面白かった。
「えーと、それでは新しい役員決めを行いたいと思います」
ついにきた。俺の脈拍が加速していく。
「次の部長に立候補する1年生、いますか?」
須藤部長がそう言う。俺は横にいる山中と大田の目を確認してから、手を挙げた。
その瞬間、どよめきが起きた。
いや~、俺が部長になりたいと思ってたなんて、誰も思ってなかったんだろうな…と思ったらどうやら違うようだ。何?何のどよめき?
「3人も立候補してくれるなんてビックリです。嬉しいけど、部長は1人なので、急遽選挙を行いたいと思います」
えっ、俺以外に誰が立候補したんだ?
・・・大村!
・・・・・・村山!!
山中と大田もビックリしていたが、何より俺が一番ビックリした。
せっかく失っていたやる気を再び満タンにして満を持して立候補したのに、まさか対立候補が出るとは…。
2
選挙戦の結果が発表される時間が来た。
対立候補が出るなんて思ってもいなかった俺は、アドリブで所信表明演説をする羽目になり、何を喋ったのやら自分でも覚えてないほどだった。
それに対して大村は、意外と言ったら失礼なのだが、しっかり吹奏楽部をこう変えたい、そういう思いを持っていた。もしかしたら神戸さんが、部長になるように進言していたのかもしれない…。
村山は部長になりたいと思ったからこそ、最近、俺たちとの距離を遠ざけていたのだろう。
須藤部長と前田副部長が開票する際は、顧問の福崎先生も立会人として見守っていた。
そして結果が分かると、頷いて音楽準備室へと戻られた。
「では開票結果を発表します」
須藤部長が喋る。ざわついていた音楽室が、一瞬にしてシーンとなる。
「新しい部長は…」
うわっ、なんて心臓に悪いんだ!先輩、早く結果を言ってくれ!
「上井純一君です!」
あっ、俺?本当に?音楽室が拍手に包まれた。俺は一瞬呆然としていたが、山中と大田に脇を突かれ、我に返って、その場で立ち上がり、一礼した。
「良かったよ、お前の演説」
と山中が言ってくれたが、
「俺、何を喋ったか覚えてないんよ」
「そんなに緊張しとったんだ。でも、部長就任だね。おめでとう」
「ありがとう」
須藤先輩に促されて、俺は前へ出た。
須藤先輩がまず喋った。
「思わぬ選挙戦になって、俺らもビックリでしたが、それだけ今の1年生のみんなが、吹奏楽部をもっと良くしたいと思ってくれてるんだと確信しました。当選証書などはありませんけど、とりあえず…」
と須藤先輩は言って、俺に握手の手を差し出した。
もちろん俺は両手で握手を返す。再び音楽室が拍手に包まれる。
「では、今から第4代目部長になってもらう上井君に、部長就任の挨拶をしてもらいます」
須藤先輩に、教卓の前に立つよう誘導された。中学校の時とは格段に違う緊張感に包まれる。
「えーっと、皆さん、ありがとうございます。部長を務めさせていただくことになった、上井です。というより、ミエハルです」
笑いが起きる。そうそう、こういう雰囲気作りだ、俺が目指すのは。
「俺はさっきも言いましたけど、中学校の時も部長をやってて、さっきはその時の経験を生かして、なんてカッコ付けてましたが、実は内心、もう二度と部長とかやりたくないと思ってました。でもそんな俺の背中を押してくれた同期がいまして、もう一度部長を務め、コンクールではゴールド金賞を狙いたいですし、部の雰囲気も明るく楽しく、音楽室に来やすい環境作りを目指したいと思ってます。どうぞよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。再び拍手をもらえた。おかげでやっと安堵出来た。
次は須藤先輩が喋る番だった。
「これで世代交代になりますが、俺から上井君への引継ぎもありますし、副部長と会計担当役員も決めて、引継ぎしなきゃいけません。もう少しみなさん、残っててください」
そう言うと俺の方を見て、
「他の役員、誰にする?」
と聞かれた。勿論、立候補しながらも落選してしまった2人には役員になってもらわなきゃいけない。なんとなくやりにくい2人ではあるが…。
「大村ー、村山ー、ちょっとちょっと」
と手招きした。2人は飛んできた。
「副部長と会計を決めにゃあいかんのよ。是非お2人にお願いしたいんじゃけど、副部長も会計も2人制と決まっとるけぇ、2人には筆頭副部長と、筆頭会計になってもらって、もう1人は2人の権限で選んでもらっていいから、話し合ってくれんかな?」
「じゃあ俺、会計やってみたい」
先に村山が言った。会計をやりたいとは意外だった。
「村山、会計でええの?じゃあ俺、副部長にならせてほしい」
続いて大村が言った。
「いつもここで揉めるんよ。でも今年は逆にスムーズだね」
須藤先輩が言う。多分、部長に立候補する人間はいないか、せいぜい1人なのだろう。だから副部長や会計を決めるのにも押し付け合いとかがあったんじゃないだろうか。俺はそう思った。
「じゃあ筆頭役が決まったから、補佐…でもないけど、もう1人。誰か意中の1年生とかおる?」
大村が先に言った。
「神戸さんでいい?」
俺は一瞬固まって、即答出来なかった。まさかここで因縁のカップルが副部長コンビになるのか?でも断るわけにはいかない…。
「あっ、うっ、うん…いいよ…」
俺が受諾したことで、正式に副部長は大村&神戸のカップルが就任することとなった。
「じゃああと会計、村山は誰か一緒にやりたい人、おる?」
「俺は…やっぱ男子2人より、男女でやった方がええじゃろ。伊野さんを指名したい」
俺は再度固まった。部長になって、サポートしてくれる執行部メンバーに、俺をフッた女子が2人入るのか?
とはいえ、それだけの権限を与えると最初に言ってしまったので、断れない。
「…わ、分かったよ。いいよ…。じゃあ正式に新年度の役員体制が決まったから、指名した女子2人にも前に来てもらって」
大村が神戸さんを、村山が伊野さんを呼んだ。大村&神戸は、事前に色々こうなった時はどうするとか、話していたのだろう。神戸さんはサッと前の方に来た。
一方村山は、伊野さんに根回ししてなかったみたいで、伊野さんはなんでアタシが?という表情をしていたが、村山の説得で前に出てきた。
俺ら5人は並ばされ、改めて須藤先輩から紹介された。
「新役員が決定したので、紹介します。部長は上井君、副部長は大村君、神戸さん、会計は村山君、伊野さん、以上の5人です」
俺たちは揃って頭を下げた。
「ではこの後、引継ぎをしますので、特に用事のない方は今日は解散になります。あと3年生は、引き続き部活を続けるか、引退して学業に専念するかを、俺か、俺に言いにくかったら新部長の上井君に教えてくださいねー!」
音楽室が再びザワザワし始めた。
3年生の先輩方が、辞める?残る?という話をしているようだ。
文化祭までは出たいけど、コンクールはちょっと…というような声も聞こえる。
まあいずれ分かるだろう。
サックスの沖村、前田両先輩は、須藤先輩ではなく、俺に引退の意思を伝えに来てくれた。
「ミエ、部長だね、ついに」
前田先輩が言ってくれた。
「はい、自分で立候補しといて、全然実感がないんですけど…」
沖村先輩が続けて言ってくれた。
「アタシと前田さんは、一応引退の方向で、と思ってるの。サックスが今3人いて、新入生も入ってきて、更にアタシ達がいると重たいでしょ?でも、何か大変なことが起きたら遠慮なく声掛けてね。助けに来るから」
「ホントですか、ありがとうございます。この頼りない男を時々はチェックしに来てくださいね」
「ミエはこの1年で逞しくなったよ。大丈夫だよ。でも、たまには遊びに来るね」
思わず惚れてしまいそうな美貌の前田先輩がそう言い、じゃあまたねと、音楽室を去って行かれた。
俺は一抹の寂しさを覚えたが、須藤先輩から部長職の引継ぎを受けなきゃいけない。
須藤先輩が音楽準備室へ行こうと言い、俺は後ろから付いていった。
「先生、新役員が決まりました。新部長は上井君です」
「先生、よろしくお願いします。力不足ですが、一生懸命頑張ります」
「おぉ、頑張ってくれよ。実は上井のことは、お前の中学校の先生から、ちゃんと情報が送られてきてたんよ、今だから言うけど」
「えっ、竹吉先生から、ですか?」
「ああ。俺と竹吉君は大学の同期生なんよ。彼はファゴット専攻で、俺はサックス専攻。で、バリサク吹きたがってる上井ってのが合格したから、入部希望で入ってきたら、バリサク吹かせてやってくれ、ってな」
「そうだったんですか…。全然知りませんでした、スイマセン」
「いや何も、お前が謝ることじゃないよ。そういう裏話もあるよってことだよ」
と福崎先生は言ってから一息おいて、再び俺に言った。
「今の1年…じゃなかった、もう2年だったな。その中で俺が部長になってほしいと思ってたのは、上井、お前だった」
「ええっ?本当ですか?」
「ああ。まあ俺の立場上、誰が部長になっても文句は言えんが、ずっと見てて、山中か上井だな、と思ってたんだよ。でも山中は生徒会役員になっただろ?だから部長は難しいと思って、上井がなってくれたら、とは思っとった。これは、ここだけの話にしといてくれよ」
「はい、もちろんです」
「でもお前、大村と神戸が副部長だったらやりにくくないか?」
「…実はそうなんです。やりにくい要因が早速色々ありまして…」
福崎先生もよく知ってるなぁ。あの2人、先生方の間でも有名なんじゃないか?
「まあ何かあったら、俺に言ってくれよ。何でも相談に乗るから。なあ、前部長!」
「あっ、そうですそうです、ハイ…」
須藤先輩は体を縮めていた。
「とりあえず須藤、明日の最後の仕事、部活説明会は上手いこと喋ってくれよ。上井が部活を運営しやすい、明るく楽しい1年生がたくさん入るようにな!」
「分かりました…」
「じゃあ、後はよろしく。俺はこれで帰るから」
福崎先生とガッチリ握手すると、先生は先に帰られた。
「じゃあ上井君、改めて…でも、特にもう何も引き継ぐことはないよ。上井君のカラーでやってもらえればいいさ。あとは、残る3年生が誰か分かったら、その方の注意点とか教えるよ」
「そうですね、そこら辺は先輩に聞かなきゃ分かんないですね」
「それと先生も言ってたけど、副部長カップル。やりにくいだろうけど気を付けてな」
「はい…」
「じゃあとりあえず、今日は解散かな。あ、部長は最後まで残って、鍵閉めて、職員室へ返すってのがあるから」
「あ、それは中学と一緒ですね。分かりました」
それだけ話して音楽準備室から出てきたが、副部長の2人と会計の2人は、まだ引継ぎ中だった。
俺は須藤先輩が先に帰ったので、1人でその光景を見ていた。
全員、俺と何らかの因縁がある4人だ。特にその内の1人は、いまだに俺と目を合わせるのも拒否している。
そんな役員体制で上手くいくのだろうか…。
(次回へ続く)
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