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【読切小説】幸せになって下さい

「おはようございます!…え?これ何饅頭?」

6月の週明けの月曜日、いつものように出勤したら、課の職員全員の机の上に紅白饅頭が置いてあった。

「あ、おはよう、井上くん。その饅頭はアタシから。昨日、結納を交わしたの。そのご報告を兼ねて…」

「えっ、あっ、そ、そうなんですか!?朝木さん、おめでとうございます…」

朝木さんは、俺の1つ年上の女子の先輩だ。
新人の俺に一から仕事を教えてくれ、俺が仕事に慣れてきたら、仕事以外の会話もするようになり、いつの間にか俺は朝木さんに惹かれていた。

「井上くん、彼女はいるの?」

「いいえ、全然です」

「えー、そんな風には見えないけど」

「また朝木さん、俺を持ち上げちゃって。何せ失恋記録更新中ですから、俺」

「そうなの?じゃあ、もしアタシに行き先が無かったら、井上くんの所に行こうかな?」

「またぁ。本気にしちゃいますよ?」

「うふっ。さ、お客さんが来たわよ」

こんな会話をしたら、惚れてしまうだろ!というのに、婚約相手は大学時代に知り合った彼氏だそうだ。
なんだよ、ずーっと付き合ってた彼氏がいたんじゃないか!


あの時も…

「井上くん、これから免許取るんだって?」

「はい、仕事始めたら必要だと思いまして…」

「じゃあ井上くんが免許取ったら、助手席に乗せてね!」

本当は助手席に乗るつもりなんてなかったんだろ、どうせ…。



俺は自席に着き、ボーッと紅白饅頭を見つめていた。朝木さんは出勤してくる社員さんに、昨日結納を交わしたので…と挨拶していた。

俺が朝木さんを好きだと知っている社員さんは、俺に励ましの言葉を掛けに来てくれたが、中でも一番俺に気を掛けてくれたのが、俺が指導係的立場だった、俺と年齢は同じだがキャリアは1年下の野村君だった。

「井上さん、まず今夜は飲みましょう」


俺と野村君は駅前の居酒屋へ入った。

「飲み放題の店、探しときました。いくらでも飲めますよ」

「ありがとう、野村君」

「まずは生中ですね。すいませーん!生中2杯と、まずは枝豆、冷奴、串焼き5本、フライドポテト、とりあえずそんなところで」

はいっ、ご注文頂きましたーと店員さんは早速奥へと向かったが、直ぐに生中が運ばれてきた。

「とりあえず乾杯しましょう。これからの井上さんに幸あれ!カンパーイ」

グラスをコツンと合わせ、俺は一気にビールを飲み干した。

「あー、美味いけど、悲しい味だね」

「そりゃあ井上さん、俺が入社する前から朝木さんのこと、好きだったんでしょ?1年以上も好きだった女性に彼氏がいて、突然結婚しますって宣告されちゃ、普通じゃいられないですよ」

「まあ…俺自身、今日何の仕事したか覚えてないんよ」

次々提供される一品料理も食べながら、俺は生中を飲み干してはお代わりしていた。

「井上さん、俺が言うのもなんですが、飲み過ぎじゃないですか?大丈夫ですか?」

「らいじょーぶ!飲まずにいれるらって!」

野村君はそんな俺を見て、店員さんにコッソリ会計を頼んでいた。

「井上さん、今日は俺が全部奢りますから。いつか奢って下さいね」

「わーったよ!」

俺は呂律が回らなくなり、真っ直ぐ歩けなくなっていた。



翌日俺は酷い二日酔いに陥ったが、休むことは負けだと思い、必死に出勤した。
ただ朝木さんとは喋れなくなった。
何度となく朝木さんからの視線は感じたが、俺は

『こんなに好きにさせといて 勝手に好きになったはないでしょ』

という長渕剛の純恋歌の歌詞がずっと脳内をリフレインしていて、絶対に話すものか!と決意していた。

野村君はそんな中でも、俺に知り合いの女の子を紹介してくれたりしたが、俺を気に入ってくれる女性などおらず、全く女性運、恋愛運に見放されたまま、夏、秋と過ぎていった。
勿論その間、朝木さんとは一切言葉は交わさなかった。

朝木さんは朝木さんで、女性の同僚と、年明けに予定されている結婚式に向けて、色々話したり相談したりしていた。その声が嫌でも俺の耳に入り、俺の気持ちを塞がせた。


そんな中、年末となり職場の忘年会が開催された。

勿論主役は、年内で寿退社することになった朝木さんだ。俺は意固地になり、自分の席からは一歩も動かずに食べたり飲んだりしていたが、忘年会の締めを迎えた時、課長から呼ばれた。

「では寿退職される朝木さんに、一番仕事で苦楽を共にした井上くんから、花束の贈呈です」

え?

課長は俺に、いつの間にか用意されていた花束を押し付け、壇上に上がって朝木さんに渡すよう、促した。
既に朝木さんが、俺の反対側に立って、潤んだ瞳で俺の方を見ている。

俺は意を決して、俯きながら花束を手に朝木さんへと近付き、俯いていた顔を上げ、久々に朝木さんの顔を真正面から見た。

「朝木さん」

「井上くん」

「絶対に、幸せになって下さい!半年間喋らなくてごめんなさい」

「うん、うん。ごめんね、ありがとう」

朝木さんの瞳から涙が溢れていた。俺は泣きそうな気持ちを抑えるため、再び下を向いた。

「では全員で写真を撮りましょう!皆さん、壇上に上がって…」

野村君が俺の横に来てくれた。

「井上さん、大丈夫?」

「んー、流石に目から汗が止まらないよ…」



新年を迎え、空席となった朝木さんの席には、補充される社員もなく、一名減で俺の係は回していかねばならなくなった。

どうしても寂しさが拭えない中、野村君が俺に新たな女の子を紹介しますよ、と声を掛けてくれた。

「いいよ、もう。俺は女性運がないから」

「いや、今度は大丈夫です。井上さんの写真を先に見せてあるんです。優しそうな方だから一度会ってみたいそうですよ」

「マジ?じゃあ、早速段取り頼める?」

「任して下さい!」

朝木さん、俺に仕事を教えてくれてありがとうございました。幸せにならなかったら、許しませんからね!

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この小説は、半分ほどノンフィクションで、👆この企画に応募しようと書いてみたものです。
でも最初に書いたら3000字にもなったので、削りに削ったんですが、それでも2000字以内にはどうしても収まらず、1割強オーバーしてしまいました💦

審査員さんの目に留まると嬉しいのですが、字数オーバーでアウトかなぁ(苦笑)

サポートして頂けるなんて、心からお礼申し上げます。ご支援頂けた分は、世の中のために使わせて頂きます。