【短期集中連載】保護者の兄とブラコン妹(第17回)
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5月に入り、由美はインターハイ出場を目標に、部活に割く時間が増えてきた。インターハイに出るためには、2つの予選大会を突破しなくてはならないからだ。
中間テスト期間に入ったら部活は禁止になるのだが、テスト期間中も由美は1人で放課後、保土谷プールに通って、25mプールを納得がいくまで何往復もしてから、アパートに帰ってきている。
なので日によって帰ってくる時間は異なる。
納得いく泳ぎが出来たら早く帰ってくるし、納得いく泳ぎが出来なかったら、プールの閉館時間まで泳ぎ続けている。
由美は木曜から日曜までは、俺のバイトしている居酒屋に夕飯を食べにくるのが慣例なのだが、最近はプール漬けになっており、居酒屋にやって来ることも激減していた。
「最近は伊藤君の妹さんも忙しいみたいだね~」
と空いた時間に店長から聞かれた。
「はい、本人はもうインターハイで頭が一杯みたいです。だから普段の部活の後も一旦部活を締めた後、由美だけ別のプールでひたすら泳いでるみたいです」
「そうかぁ。でも食事とか、大丈夫か?体力付けなきゃいけないだろ?」
「そうですね。俺が早く帰れる日は鶏肉料理を作ってるんですが、俺が遅い時は何食べてるのやら…」
「よければさ、妹さんの大会が全部終わるまで、伊藤君は2時間ほど早く上がって、ウチの賄い飯を持って帰ってやりなよ」
「えーっ、そんな、申し訳なさすぎます」
「だって定時だとウチは夜11時だろ?伊藤君はちゃんとその後の片付けもしてくれるから、いつも最終近くで帰ってるだろ?それを9時で上がって、すぐにアパートに帰って、まだ温かい賄い飯を妹さんに食べさせてやりな。ウチの賄いは絶品だ!って前に妹さんが言ってくれたの、覚えてるから」
「そんなの…いいんですか?」
「おぉ、伊藤君はウチで働いてくれて何年になる?」
「大体丸2年ってとこですかね?」
「だろ?居酒屋で丸2年もバイト続けてくれるなんて、珍しいんだよ。入れ替わりが激しいからさ。入ってもすぐ辞めちゃったり。だから2年も勤めてくれてる伊藤君へのボーナスだ。あ、その代わり、開始時間は悪いけどそのままで頼めるか?」
「店長、なんとありがたいお言葉を…。でも、ありがとうございます。由美はここの賄い食が本当に好きなので、喜ぶと思います」
「じゃ、今日から早速実施しようか。賄いはもう作ってあるから、これをパックに詰めて…。はい、持ってってあげな」
「いいんですか?いきなり今日からなんて」
「いいよ。あ、もし妹さんがインターハイまで進んだら、水着にウチの店の名前をこっそり書いてテレビに映るようにしてくれよ」
「て、店長、流石にそれは無理かと…」
「ハッハッハ!分かってるよ。とにかくそれくらい、俺らも応援してるからってことだよ」
「ありがとうございます!ではお言葉に甘えて、早速今日の賄い食、持って帰らせて頂きます」
「ああ、気をつけてな。今日もありがとう」
俺が横浜駅地下街にあるこの居酒屋でバイトを始めたのは、滑り止めのK大学に通いながら、どうにかして屈辱を晴らしたい、そのためには働きながら大声を出せる環境がいい…と思ったのが理由だった。
幸い周囲の先輩方、正社員さんに恵まれ、ここまで辞めようと思うこともなく勤め続けられている。
店長には、もし就職活動が上手くいかなかったら正社員として採用できるから、いつでも相談してくれとまで言われている。
俺は大学こそ理想通りにはいかなかったが、その他のサークル、バイトでは人の縁に恵まれたなと思った。
念願の彼女もサークルで出来たこともあって、今となっては、K大学でよかったと思うことが増えている。
(人の縁って、何処でどうなるか、分かんないもんだな)
俺は少しでも早く賄い食を由美に持って帰るため、いつもは二俣川での乗り換えが面倒で横浜から各駅停車のいずみ野行に乗っているのを、急行海老名行に乗って、二俣川でいずみ野行に乗り換えようと思った。
(由美、待ってろよ〜)
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アパートに帰り付くと、電気は点いていた。由美はもう帰ってきているということだ。
「ただいま!」
「ホゲッ?お、お兄ちゃん?おっ、お帰り…。バイトは?」
「店長さんの計らいで、早く帰してもらえたよ。由美がどんな食事してるか心配されて、賄い食を持たされたんだけど…。なんだ、その格好とカップラーメンは」
正樹が呆れたのは、恐らく風呂から上がった後にパジャマも着ず、下着姿のままで胡座を組み、カップラーメンを食べていたことだ。
「だって、お兄ちゃんが居酒屋バイトの日、こんな早く帰るなんて思わないし。アタシも疲れてるから夕飯作るの面倒だし…。で、こうなっちゃうのね」
由美はちょっと照れながらそう答えた。
「まあ格好は自宅だからパンツ一丁でもいいとして、夕飯がカップラーメンでいいのか?俺がいる時は由美が水泳でいい記録出すために、少しでもカロリーとか計算して鶏肉のソテーとか作ってんのに、カップラーメンで台無しじゃんかぁ」
「お兄ちゃん、パンツ一丁じゃないよ。ブラも着けてるから…」
「そんなのどうでもいいんだよ!」
由美はシュンとしてしまった。ちょっと俺も言い過ぎたかな…。
「ごめん、ちょっと言い過ぎた。カップラーメンじゃなくて、これを食べな」
俺は居酒屋の店長が、由美のために作ってくれた賄い弁当を、テーブルに置いた。
「えっ、本当にアタシのために?店長さんが?」
「そうだよ。この厳選されたメニューを見よ!ヘルシーだろ?」
「うわぁ、まだ温かいよ〜。ありがとう、お兄ちゃん」
「本当のありがとうは、インターハイ関連が全部終わった後に、店長さんに直接言いな。あとその食べかけのカップラーメン、俺が食うから」
「じゃあ、上げる。これはこれで美味しいんだけどな…」
「はい、邪念を捨てなさーい。あと俺が目のやり場に困るから、せめてTシャツや短パンを着てくれよ」
「アタシは別に、今更お兄ちゃんにブラとパンツだけの格好見られても大丈夫だけど」
「あの…さ、由美が大丈夫でも…俺がムラムラしちゃうんだよ…」
「あっ!お兄ちゃん、遂に本音を吐いたね?そっかー、アタシも女として色気が身に付いて来たのね。んもー、素直じゃないんだから」
「何でもいいから、早く何か着てくれ、女子高生さんよ!」
「はーい」
由美はやっとTシャツと短パンを身に着けた。
その時に見えた由美のパンツは、俺がクリスマスプレゼントとして由美に買ってやった1枚だった。
(あのパンツ、気に入って穿いてるんだなぁ…)
俺は由美が一口だけ食べたカップラーメンを、そのまま食べ始めた。
「あっ、お兄ちゃん、カップラーメン…」
「ん?まだ惜しいの?」
「い、いや?そんなこと、ない、よ」
何故か由美は照れたように顔を赤くしていた。
「じゃあいいじゃん。由美は店長特製弁当で栄養付けな」
「うっ、うん…」
下着姿を見られても動じなかった由美が照れたのは、正樹がカップラーメンを、由美が口を付けた割り箸でそのまま食べ始めたからだった。
(お兄ちゃんと割り箸で間接キスしちゃった…。もう!お兄ちゃん、鈍感なんだから…)
正樹は全く割り箸問題には気付かず、あっという間にカップラーメンをスープまで全部飲んで完食していた。
「ふう、ご馳走さま。カップも割り箸も、燃えるゴミで良かったよな?」
正樹が燃えるゴミの袋にまとめて入れそうだったので、由美は慌てて止めた。
「ん?なんか分けなきゃいけなかったか?」
「あっ、あのね、そうじゃないの…」
相変わらず由美は照れているが、すっかりリラックスモードの正樹は気が付かない。
「まとめて入れていいんだろ?」
「えっとね、あっ!そう、わっ、割り箸は、細長くてゴミ袋を突き破りやすいから、他の割り箸とまとめて捨てるようにしてるの、そうだったわ、忘れてた…」
由美は顔が赤いだけではなく、脂汗もかいていた。
「なんだ、じゃ、カップだけゴミ袋に入れとくよ。割り箸は別に置いとくから」
「うん、ありがと、お兄ちゃん…」
「どうした?顔が赤いけど。あっ、長いことパンツ一丁だったから、風邪引いたんじゃないか?」
「ち、違うよ!そんなに直ぐに風邪引くような、ヤワなアタシじゃないよ。何部だと思ってんの?」
「そっか。気のせいかな?まあ、店長特製弁当、冷める前に食べなよ。俺、風呂に入るから」
「うん、そうする。お兄ちゃんは早くお風呂に入っちゃって!」
「はい、はい…」
「お兄ちゃん、『はい』は1回!」
「急に厳しくなったな。ま、風呂入る時に洗濯機回すから、由美も何かあれば今の内に入れといてよ」
「アタシはさっきお風呂に入る時に、洗いたいのは全部突っ込んだから、大丈夫!とにかく早くお風呂に入って、お兄ちゃん!」
「なんか追い出されるような感じだな。着替えだけ取りに行かせてくれよ」
「そそそ、そうねっ、どーぞ!」
ドタバタしながらも、正樹が洗濯機に脱いだ衣服や下着を突っ込んで、洗濯機のスイッチを入れ、風呂に入ったのを見て、由美はやっとホッとした。
(お兄ちゃん…。鈍感!でも割り箸は大切にするんだから…)
由美は正樹から奪還した割り箸の先端にキスしてから、丁寧に洗い、由美の机の引き出しに仕舞った。
(どうしよう…。サキ姉ちゃんに勝てないのは分かってるのに、お兄ちゃんのことがどんどん好きになるよぉ。こんな時、どうすればいいの?)
由美は2人暮らしを始めてから気付いた、兄・正樹への気持ちが、日に日に増して来ていることに悩み始めた。
<次回へ続く>