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なぜ本を書くのか
どうしてわざわざ小説家になったの? 会社員や公務員になった方が安定した生活を送れたんじゃないの?
そんな疑問に答えるべく、まふゆは心の奥地へと向かった。
そこで見つけた答えは、
読者の皆さんを私の文章で楽しませたいからです
というありふれたものだった。
もちろんこれが世間体を気にした薄っぺらい嘘であることは誰の目にも明らかなので、我々は本音を求めて深層心理へと潜り続けた。
そうして見つけた答えは、
未来永劫、愛され続けたいから
という我欲にまみれたものであった。
うーん。これってどういう動機なのか説明してくれませんかね、まふゆさん。
「はい! 私は子供の頃からずっと、全人類に愛されたいと願い続けていました。お父さんやお母さんから受け取る愛情だけでは物足りず、心を許した大人全員に擦り寄り、じゃれつき、甘えるような子供でした。
私は最初からほとんどの人間が好きです。なので皆さんにも私を好きになってほしいです。
他の全てを投げ打ってでも私のことだけを考えるようになってほしいです。何かを犠牲にしてでも私に夢中になるように仕向けたいです。
アホな女子高生時代はSNSに自撮りを上げてちやほやされることにハマった時期もありましたが、途中でその虚しさに気付いて辞めました。若い女目当てで寄ってくるのは男の人ばかり。これでは物足りないのです。私は女性にも愛されたいのです。
そんなある日、ネットで小説を書くと性別に関係なく応援してもらえることに気付きました。物語の世界なら私は男にも女にもなれるし、人種だって自由に変えることができます。素晴らしいことです。これなら老若男女の心を魅了することができます。
そしてもっと嬉しいことに、小説は作者が死んだ後も影響力を残し続けることができるのです。既に亡くなっている作家の本に心を奪われた経験って、皆さんにもありますよね? そう、これこそが本の力です。
私の体が朽ち果ててもなお、私が遺した作品が読まれた瞬間、誰かを魅了することができるかもしれないのです。十年後も二十年後も百年後も、その可能性が残り続けるのです。
この世に私の作品がある限り、私は思い出してもらえる。愛してもらえる。誰かの心を奪い、絡め取ることができる。
ああ……本当に本当に素晴らしい!
永遠に愛されたい!
死んでも愛されたい!
人類が存在し続ける限り、誰かの心を掠め取りたい!
だから私はこれからも小説を書き続けるのです。お金とか名誉とか、そんなものがほしいわけじゃないのです。
文字通り、永遠の愛を掴み取る手段がこれなのです。会社員や公務員として出世したところで、それは叶わない望みですからね。だから作家を続けるしかないんですよ」
彼女は焦点の合わない目で言い切ると、「みんな愛してる」と呟き、執筆を再開した……。