この世で最も恐ろしいバイトはコンビニ
現代社会で最も難易度の高いバイトってコンビニだと思う。
だって偉いおじさんの接待とかあるし人間関係もめんどくさいし、完全に感情労働だと認識している。
が、私がこういうことを言うと大抵の人は「ん?」みたいな反応をするので、どうも話が噛み合わない。
あ、あれ? 私が経験したコンビニバイトってなんか皆と違うのかな……となるのである。
要はコンビニでチョコを買ったら昔の記憶が蘇ってきたので書いてみるね~といういつもの流れなんだけど、「自分が知ってるアルバイトと違う」と思ったら遠慮なくコメントで指摘してくださいね。いや、ほぼ間違いなく私の方が特殊なんでしょうけども。
そうですね、あれは私が二十歳の頃でした。当時の私は自分専用のノートパソコンが欲しくなり、近所のコンビニでアルバイトを始めることにしたのです。トロくて空想癖があるINFPの私ですから接客業との相性は最悪でしたが、背に腹は代えられない。
精一杯の愛想を振り撒いて面接を受け、無事合格したはいいんだけど、
「来てくれて助かる。ほんとバックレる子が多くてな」
と店長さんに不穏な感謝をされたのを覚えている。
バイトが突然辞めることが続いている……? なんでだろう。
聞けば私が採用されたお店は、やたら若い女性店員が頻繁にバックレてるらしいのだ。
駅前の店舗だったからピークタイムはめちゃくちゃ忙しいし、そのせいなのかなぁ……と思っていたが、後に全く別の理由があったと思い知る。
さて私の指導係にはTという男性が割り当てられた。Tさんは三十歳のフリーターである。彼はとにかく几帳面で口うるさくて説教が大好きで、だが仕事はめちゃくちゃ出来るという人物であった。人の二倍の速さで仕事をこなし、後輩のミスを見つけてはバックヤードに呼んで叱りつけるのを生き甲斐としていた。性別こそ男性だが、「嫌な姑」といった感じの性格だ。
案の定、グズでのろまな私は毎日叱られる羽目になった。
ただどんなにガミガミ叱ってきても、仕事さえ終わればケロっと穏やかになって後を引かないのがTさんの良いところだ。
とはいえなるべく関わりたくない人種ではある。
というのもTさんは女の子が体調不良でシフトを休みたいと申し出ると、
「え、生理? 生理?」
と嬉しそうに聞いてくる悪癖があって、女性陣の間ではある種の妖怪として扱われていたのだ。
なんというかこう……デリカシーとか共感能力とか、そういったものが生まれつきインストールされていないらしいのである。店長にも「もっと後輩に優しくしろ、お前と一緒のシフトを嫌がる人が多い」と注意されていたのだが、そのたびに彼は「やっぱ俺がフリーターだから舐められてるのか」とぼやくのだった。
いや、確実に社会的地位ではなく他人との接し方に不満が上がってるんだけど……なんでそういう解釈になるの? と当時の私は不思議でならなかった。
ちなみにTさんは女の子がバックレまくる直接の原因ではなかったりする。おぞましいことにまだ理由があるのだ。
連日のように叱られながらも、目標金額を貯めるまでは絶対辞めないとしがみついて数週間が過ぎた。
いつものように私が死んだ目で出勤すると、なにやらスタッフルームの空気が張りつめていた。
店長とTさんが重苦しい表情で腕を組んでいるのだ。
うわぁ、なんかやだなぁ。怒られそうだなぁとビクビクしていると、二人同時に私の方を見て、「待ってたぞ」みたいな顔をしてきた。
「今日はシフト終わっても帰るなよ。夜は空いてるか?」
「????」
「絶対帰るなよ。とにかく残れ。いいな?」
ああきっとこれは長時間のお説教が待ってるんだ。私は何かとんでもないミスをやらかしたんだ。
絶望感に苛まれながらレジ打ちをしているうちに時間は流れ、トイレ掃除を済ませると退勤時刻になっていた。
これから怒られると決まっているのに、何が楽しくてスタッフルームに入らねばならぬのか。
胃の痛みを感じながら「お疲れ様でーす」とドアを開けると、なにやら知らないおじさんが椅子に腰かけていた。
「……?」
三十歳から五十歳の間なら何歳にでも見える、年齢不詳の風貌である。服装はポロシャツで、顎には無精ひげが生えていた。勤め人の雰囲気ではないが、店長とTさんはやたら彼にペコペコしている。
「この人はうちのオーナーだよ。ほら頭下げて」
店長よりさらに偉い人となれば失礼な態度を取るわけにはいかない。私もぎこちなくお辞儀をして挨拶を済ませた。
「そんなに緊張しなくていいぞ。今日はな、オーナーが頑張ってる店員に飯を奢ってくれるんだよ。良かったなぁ」
店長は笑顔を浮かべながら私に語りかけてくる。彼はガラは悪いが優しいところがあったので、私はこの人に対しては好感を抱いていた。
「もちろんお前も来るよな? な? 酒もタダだぞ」
まあ、店長さんがそう言うなら行ってみようかなという気持ちになっていた。
それにこの頃の私はまだ二十歳。世間知らずなのである。
『わあ、偉いオーナーさんが私の頑張りを認めてくれたんだ~!』
と素直に喜ぶ気持ちもあった。
私は意気揚々と着替えを済ませると、店長の所有する黒塗りのワゴン車に乗り込んだ。絵面が完全に拉致なのだが、そんなことはどうでもよくなるくらい浮かれていた。
運転席には店長が座り、オーナーは助手席でぼーっとしていた。
私とTさんは真ん中の列という席順である。
「実はな、ここら一帯のコンビニはこの人がオーナーなんだ」
店長はアクセルを踏みながらそんなことを言った。
え、一人で何店舗も持つことが出来るの!? このおじさんって凄いお金持ちなんだ……と感心している間に車が動き始め、国道に向かって突き進んでいく。
道中、何度か同じ系列店のコンビニの前で停車し、そこのお店の「頑張っている店員」を拾っては車に乗せていくということが続いた。
そうして私の後ろには三人のアルバイト店員が乗せられたわけだが、このあたりから「なんか変だな」と感じ始めていた。
というのも三人全員が二十代の女性で、派手な身なりをしているのである。
あれ……頑張ってる店員へのご褒美なら男の子やおばさんが混じっててもおかしくないのに、なんで若い女の子に偏ってるんだろ……?
あと私達が乗っているワゴン車の後ろに、ピタリと黒い普通車が付いてくるのも引っかかる。
私はハンドルを握る店長にたずねた。
「あの車はなんですか?」
「あれはKの車だな。あいつも一緒に飲むことになるから、店に着いたら挨拶しとけよ」
「はあ。……Kさんって誰でしたっけ?」
「俺のダチ。あの車にも女の子が乗ってるから、友達ができるかもな」
いや、あの車も女の子がいるなら逆に安心できない。
おじさん達が運転する車で大量の若い女を運んで、一体何を始めようというんです……?
やがて店長は道路沿いにあるカラオケ店を見つけると、滑るように駐車場にワゴンを停車させた。
すぐ隣ではK氏の車も停まり、中から同年代の女の子が二人降りてくる。そのうちの一人は爪が長かったのを覚えている。
ふ~ん、これが「頑張ってる店員」ねえ……。
疑いの目を向ける私を他所に、一行は騒がしく移動を開始する。
店長、オーナー、Tさん、店長の友人K氏、五人の知らない女の子、最後尾に私。
合計十人の大所帯でカラオケ店に入る。
正直帰りたかったが大人に逆らうのは怖いしただの飲み会かもしれないし、悲観的な想像を押し殺して受付を済ませる。
そうして見たこともないくらい大きな部屋に通されると、店長が「なんでも好きなドリンク頼んでいいぞ。オーナーの奢りだからな」と笑いかけてきた。
私は「じゃあメロンクリームソーダがいいです」と言ったのだが、店長は「いや、アルコールだろ」と圧をかけてきた。目が笑っていなかった。
……おかしいな。この人普段は優しいんだけどなぁ。
私以外の参加者もお酒を頼んでるし、やむを得ず甘ったるいサワーを頼むことにした。
運ばれてきたグラスで乾杯をすると、私の隣には店長の友人K氏がいつの間にか座っていた。
K氏は赤ら顔で背の高い四十代半ばくらいのおじさんである。
初対面の中高年男性と何を話せばいいのかわからないので緊張していると、彼はご機嫌な様子で話しかけてきた。
「君いくつ?」
「二十歳です」
「☓☓☓☓はしたことあるの?(何かものすごく性的な質問をしてきたのは覚えているが内容が邪悪過ぎて思い出したくない)」
……わからない。
この人は私の父親とそう変わらない年齢なのに、なんで初対面の二十歳にいやらしい質問ができるんだ……?
怖すぎて泣きそうになっていると、周囲の女の子達が可愛らしい曲を歌い始めた。
少し離れたところではTさんが女子高生の魅力を熱く語っている。この人はどうしちゃったの。そ、それが本性なの?
女の子達はかわるがわる媚びた声を出し、男性陣を喜ばせている。
なんなのこのバカ騒ぎ?
……コンビニバイトって怖いなぁ、こんなこともしなきゃいけないのかぁ、と縮こまりながらグラスを弄っていると、私も何か歌えと迫られた。仕方ないので下手くそな流行歌を歌ってやり過ごすと、女の子達から白い眼を向けられた。「あの子浮いてるけどなんで連れてきたの?」と言いたげである。
いや、私だってこういう集まりなら来るつもりなかったんだけど!
……怖いよう、早く帰りたいよう、人間社会嫌だよう、死にたいよう……。
もはやこわばった作り笑いを浮かべることしかできない。隣では相変わらずK氏がR18なトークを繰り返している。
この催しがあと三十分続いたら泣き出す自信がある。
もうトイレ行く振りして逃げ出そうかな……と思い始めた頃、ずっとつまらなそうにしていたオーナーが「君こっち来たら」と声をかけてきた。
「え」
この場で一番の権力者に呼ばれたのである。誰も逆らえるはずがなく、私は席を移動させられてオーナーの隣に座ることとなった。
このおじさんもセクハラしてくるのかなぁ、怖いなぁと身構えていると、意外にも彼は私に対して無関心だった。
オーナーは心ここにあらずな様子でお酒を飲んでいたが、突然思い出したようにこちらを向いて言った。
「面白くないだろ」
「や、そんなことは」
「俺はつまんないよ」
本心だと思った。
このお金持ちのオーナーが、心の底から退屈しているのはひしひしと伝わってくる。
少し彼に興味を持った私は、おずおずとたずねてみた。
「オーナーさんって普段何やってるんですか?」
「……何もしてない。何も」
「へ?」
「酒飲むか、パチ打つか。他に何もしてない」
「どういう……?」
「俺ん家、地主だから」
――地主!
そういうことか、と色々納得した瞬間だった。
多分このおじさんは親から継いだ土地を管理しているだけで生活できる、裕福な遊び人なのだろう。それで年齢不詳というか世の中に居場所がないというか、どこか虚無的な雰囲気を漂わせているのだ。
その後はオーナーさんとの会話は途切れてしまい、二人して無言で座っているだけの時間が続いた。
ただ、私がK氏にセクハラされまくっているのを見かねて助け舟を出してくれたのは間違いなさそうなので、悪い人ではないのだろう。
……地主じゃなくて普通の家に生まれてれば、もっと充実した人生が遅れたんじゃないかなぁ。などと失礼なことを考えているうちに宴会はお開きとなり、私は無事に家に帰された。
何人かの女の子が帰りの車にいなかったのは、途中で帰ったのかそれとも参加していたおじさんの誰かにお持ち帰りされたのかは、深く考えないようにした。
その日以降、怪しげな宴会に呼ばれそうになるたび私は毅然とした態度で断るようになったため、特に被害は受けていない。
風の噂によるとあのカラオケに参加していた女の子達の何人かはバックレ退職したらしいので、実は嫌々盛り上げていたのかもしれない。
そうして数ヵ月が経ち、目標の金額が溜まったのと、店長の友人K氏が定期的に私のレジにやってきて性的な話題を振ってくるのが嫌になったため、私はそのコンビニを辞めることにした。
色々あったが店長さんは優しいところもあったので、最後にお礼を言って退職したのを覚えている。
とまあ、私が経験したコンビニバイトはこんな感じなので、割と怖い職場という認識である。
実際のところ、どうなんですかね?
穏やかに働けてるコンビニの方が多数派なの……?
あと世間ではコンビニオーナーは激務って聞いたんですがどういうことなでしょうね? 地主さんだと色んな仕事から解放されるのかな?
あ、一応今回も個人の特定を防ぐために若干の改変は加えてるけど大筋の流れは実体験です。現実は小説よりずっと奇で地獄です!
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