妹の話
私には妹がいるのだけど、これがまたビックリするほど似ていない。
あの子は私よりも背が高く、すらりと手足が長い。ちょっとしたモデルさんみたいだ。学生時代は陸上部に所属していて、種目は長距離一筋だった。
妹が私の身長を追い抜いたのは中学の時で、その頃からどうも私を侮っているような気配がある。
「こんなちっちゃい奴が幼い頃は威張ってたのか。ふふん」と言いたげだ。
一方、下から妹を見上げる私の体つきはというと、骨格こそよくある日本人体型だが、胸のボリュームは明確にあの子を上回っている。どうやら第一子としての威厳は全部ここに集まったらしい。
ちなみに私も学生時代は陸上部だったが、種目は短距離一筋。一瞬に全てを賭ける感覚が好きだった。というか長距離は拷問としか思えなかった。
私達は趣味や嗜好も正反対。
私は抽象的な物は何でも好きで、国語、数学、美術が得意だった。
妹は実用的な物が好きで、勉強よりも資格取得が得意だった。
私が学生時代に憧れていた男性は太宰治や芥川龍之介や三島由紀夫。
妹が学生時代に憧れていた男性は流行りのジャニーズアイドル。
共通点があるとすれば、一人行動が好きなところと内向的なところかもしれない。
二人ともマイペースなのであまり喧嘩はしなかったけど、特段仲が良かったわけでもない。お互い「話は噛み合わないが悪い子じゃない」と思ってたはずだ。
子供の頃からこんな感じで価値観が全然違ったので、大人になった今ではすっかり別々の人生を歩んでいる。
私は地方の農村部で小説家をやってるし、妹は都会のド真ん中で事務員をやっている。
たまに電話をすると、互いに「なぜそんなところで暮らしているのか理解できない」と首を傾げることとなる。
妹が言うには、都会は大層楽しいそうだ。オシャレなお店やディズニーランド、繁華街などがたまらないらしい。私からすると謎の感性だ。
私に言わせれば、原っぱで寝転がりながら本を読む方がずっと楽しい。何より田舎は物価が低いのでお金が貯まる一方だと力説すると、「世捨て人?」と笑われる。いや、全然世を捨てたつもりはないんだけど……むしろ拾って愛でているつもりだ。
農道を通ると、用水路の中からチャプチャプと水音が聞こえる。私の足音を察して魚かカエルが騒いでいるに違いない。命の跳ねる音だ。いい。
そうやって道の真ん中で佇んでいると、ブゥゥゥン……と低い音を立てて蜂が視界を横切る。空を切り裂くような速度。
夕方になると、太陽が真っ赤に燃えながら地平線の向こうに落ちていく。視界を遮る建造物など殆ど見当たらない。母なる太陽が眠りに就く姿を悠々と観察できるのだ。
夜になれば星々の瞬きが始まる。何億光年も先、遥か過去から飛んで来る光。ひょっとしたらもう死んでいるかもしれない星の光。私の先祖も見ていた光。人類がまだ言葉や火を手に入れる前の時代からある光。それを目にすることができるなんて、贅沢すぎる。
妹はなんでこれの良さがわからないのかな。
いい子なんだから、帰っておいでよ。彼氏に振られたって泣きつかれるたび、つくづくそう思うよ。
私達の目は都会のネオンなんかじゃなくて、夏の星座を眺めるためにあるんじゃないかなあ?