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短編小説『幸せ屋』(1)
昨日の夜から降り続いていた雨も明け方には止み、快晴となった天気につられ、街には少しづつ人通りが増えてきていた。
街はすっかりクリスマスのムードになっており、浮かれた曲がどこかしこから聞こえてくる。
12月20日、日曜日午前10時。
野村昭恵はその日、ある店に行こうとしていた。
月曜日から土曜日はみっちり洗濯仕事をしている彼女に取っては、日曜日は唯一の休日である。
「…はぁ」
彼女からはため息がこぼれ、顔には胃が痛そうな表情が充満している。
平日は仕事と家事に追われているため、肉体的に大変な事は確かであったが、それ以上に彼女は精神的な面で、酷くやられていた。
これから行く場所は、お店といっても美容室やショッピングセンター、マッサージ屋などの一般的に人々が周知しているような店舗ではなく、自身でさえも48年間の人生で一回も耳にしたことがないような特殊な場所であった。
彼女は、スマートフォンを片手に目的の場所付近にくると、ブロック塀に取り付いていた一つの表札を確認して呟く。
「本当にあった。…ここね…。ここの201号室だったはず」
彼女の目の前には、昔ながらのアパートが建っていた。二階建ての木造で、外壁は本来白色だったのだろうが、年月がたち今では白というより灰色と言ったほうが実際の色を正確に捉えているかもしれない。
彼女は意を決して敷地に入ると、目的の部屋である201号室へと足を運んだ。
階段の上にはプラスチック製の茶色の波板が簡易的に取り付けられてはいるが、所々に穴が空いており、そこから大きな雨粒がポタポタと落ちてくる。
綺麗な場所であれば安心するというわけではないのだが、とりわけこれだけ年季が入っている建物であると、昭恵の心の内は知らず知らずのうちに不安が増していくのであった。
201号室は、アパートの一番奥にひっそりと存在していた。部屋の前まで行き足を止めると、彼女は“201”と表記されたプレートの下の張り紙を確認した。
“幸せ屋はここです”
幸せ屋。彼女の今日の目的地である。
こんな場所にくるのは、彼女には大きな決心が必要だったのは間違いない。何度も詐欺ではないかと疑ったし、最悪の場合はやくざの様な人種が出てくる可能性も想像の範囲内であった。
しかし、彼女にはそのリスク以上にこの怪しげな店に頼らなければいけない理由があった。
昭恵は、ドアの前で3回大きく深呼吸をすると、震える手でインターホンをならす。
「ブーーーーー」
1秒ほどブザーを鳴らす。
“ドクン、ドクン、ドクン、ドクン”
昭恵の心臓の鼓動はこれ以上なく早く、強く全身に響き渡っていた。
ブザーが鳴り終わって2秒ほど経った時、ガサコソという物音と共に、男の声が聞こえてきた。
「はい、今いきます。」
昭恵は今すぐ逃げたしてしまいたい足を必死に踏ん張って、男が出てくるまでの永遠にも感じるその時間を耐え忍んだ。
ドアが開く。
昭恵はずっと下を向いていたが、一瞬だけチラッと姿を確認した。
とても背の高い、細身の男がいた。
「こんにちは。野村さんですね、お待ちしておりました。」
「は、はい」
昭恵の声は震えていた。
その様子を見ると、男は目をすっと細め少しだけ微笑みかけると、彼女を中に案内した。
「狭いですけど、どうぞ中へ」