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ちょっと離れた心地よさ

『だいじょばない。』

うまいことゆうなー!と感心していたこの言葉。
大丈夫じゃない。が、可愛く変換されたワード。
まさか。私が使うことになろうとは。

私は、ボーカル講師をしている。



子供から年輩の方まで、その人の人生に、音楽という花を、パッと明るく咲かせるお手伝いが出来る事に、とてもやりがいを感じている。
仕事がとても好きだ。

そして、ライブで歌う時は、フロントマンとして、注目される立場にいる。

そのような事から、必然的に、私はしっかりしているし、めっちゃ明るく人見知りしないし、それはすっかり、私をつかさどる性格となった。

そこで、大体、初対面で言われるのは、


ねーさん。


こうだ。

しかし、誰も気づいていない。
私の肋骨の奥にある『ねーさんしっかりしなければスイッチ』が、そっと、押されることを。


特に、ここ大阪においては、
ねーさん、と呼ばれる事は、師匠、につぐ最大の賛辞である。


ざこば師匠
巨人師匠
ハイヒールのモモコねーさん

そう。




私は、親しみと少しの尊敬を込めて、ねーさんと呼んでもらえているのである。

なんと有難い。
贅沢ゆうなっちゅう話。


しかし、なのだ。


私は、ねーさんかもしれないが、その前に、みどり、という名前の女性なのだ。
名前は、ねーさん、ではない。

ねーさん。と呼ばれた時点で、あ、はい、わかりました。では、そうします。となります正直。
せめて、名前はつけてほしい。みどりねーさん、と。

はっきり言います。
ねーさんと呼ばれて嬉しい一般女性は、いません。


ところが、

そんなことは、ちゃんとわかってるよ。と、黙って共有してくれる友人が少し、いてくれてるのです。


しんどい。辛い。
と、言うことにも慣れていないし、頼り方もわからない。
そんな事をいってしまったが最後、母親に、それは悪だ!と、しばき倒される子供時代を過ごしたからである。

結果、感情を表すことがとても下手くそで、時に爆発してしまうのだが、友人はきちんとお見通しなのである。

そして、この感情の下手くそさが、最も悪い形で出ることが、これまでの失恋や離婚の一番の要因であるが、あらゆる本を読んでも、アドラーを読んでも、未だに解決法を見出せずにいる。




ちょっと重たくなるけど、父が急死した時のこと。


ある日突然、自宅で家族不在時に、父の心臓が止まってしまった。

持病もなく元気な人が、一人で亡くなったことから、当然ながら警察としては、事件性も疑わなければならないので、病院で死亡宣告を受けるやいなや、刑事から事情聴取があり、現場検証で、指紋ポンポンなど鑑識が来た後、死亡解剖にも立ち合う中、葬儀の手配や、遠方の親族の交通やホテルの手配、これら全てを、数時間のうちに、一手に引き受ける事となった。

これほど恐ろしい経験を、こんなにいっぺんにしたことないし、それに耐えるのにせいいっぱいで、悲しむなんて、時間も心のキャパもなかった。
しっかりしなければ。しっかりしなければ。

ただ、救われたのは、これら全てに関わる方々が、父を悼む態度で粛々と接してくださったことだ。


とても夕焼けの綺麗な日だったし、
病院帰りに、母と歩きながら、途方に暮れて笑うしかなく『どうしよっか…』としか、言葉を交わせなかった。

それと同じくらい鮮明に覚えているのは、
葬儀の日に、身なりをちゃんとしなければと、放心状態で髪をコテで巻いていた事。

これ、如実に私を表しているなぁ、と今は思う。

そんな時でさえ、しっかりしなければスイッチが押されるのだ。

よう頑張ったなあ。

だけど、気づけば友達たちがいつのまにか、横にいた。
助けにきてくれたのだ。


雨も降ってないのに、なぜか大きな傘を持って、はぁはぁ言ってかけつけてくれたり、そばにいるしかでけへんけど、と、戸惑いながら、とにかくきてくれた。
悲しめない私を理解して、ずっとそばにいてくれた。

かたや、

実家の近所で、昔からみどりちゃんみどりちゃん、と可愛がってくれた、森田のおっちゃんが、ずかーっと家にやってきて、我慢してあれこれ奔走してた私を、あほー!ゆうて、ぎゅーっと抱きしめてくれた。


こんな時に、なんで、あほー!ゆわれなあかんねん、と、一瞬ムカついたが、森田のおっちゃんなりの優しさを、すぐに痛いほど感じて、


どうしたらいいのか、わからへん。。

と、やっとの思いで言えたのだった。

友達や当時の彼氏がそばにいてくれたこと、
森田のおっちゃんが、あほー!と抱きしめてくれたこと、


そのどちらも、心から救われた宝物だ。今でも感謝している。


それから数ヶ月たち、
普段の生活に戻ったある日、


地下鉄のホームで、たまたま道を訪ねてきた知らないおばあちゃんと世間話になり、
ふわっと、大好きなお父さんが、急に死んじゃって、と、なぜかとめどなく話していたら止まらなくなって、駅のホームで、何かが決壊して、わんわん泣いたのだ。

知らないおばあちゃんだからこそ、悲しい辛い寂しいどうやって生きていけばいいのかわからない。と、素直に言えたのだと思う。


父の死後、あんなに泣いたのは、初めてだった。

つくづく、下手くそが過ぎるなぁと思う。


おばあちゃん、私が急に大泣きしたもんだから、ちょっと困ってたけど、優しくよしよししてくれて、ありがとう。
もし、おばあちゃんにまた会えたのなら、今度は私がおばあちゃんの話を聞くね!



さて、


ここで、冒頭の『だいじょばない。』に戻る。


最近、とても辛いことがある。

しかし、先述の通り、私はなかなかそれが言えないし、言わなくてもなんとかやっていかねばと思う中、

遠く離れた神奈川の友達に

『だいじょばない。』

と、するすると言えたのだ。

大阪⇄神奈川と、離れていて、会えないからこそ、言えたのだと思う。

今、忙しいかな、とか、そこも甘えも飛び越えて、聞いてもらったのだ。


しんどいと言える、大切な場所は、ほんとは、すぐそこにちゃんとあるのだ。

甘えて頼らせてもらったらいい。
それは、私にとって勇気のいることだが、これから頑張るべきは、
勇気を出す勇気を持つことだ。


そして、また、いつもしっかりして、明るくて頼りになるねーさんでいればいいじゃないか。

その両面と、うまいこと、堂々と付き合っていけばいい。
それが私なのだから。

『だいじょばない。』が言えた。
辛い事があったから、言えたのだ。
言えた自分に天晴れだ。
言わせてくれた友達はもっと、天晴れだ。


胸張ってけ。

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