ハーエートーダー・ハイデダーン
トップガンが帰ってきたが、見に行きそびれたまま、終わってしまいそうだ。
さて。
初代トップガンが大ヒットした頃、私は、まん丸に太ったメガネの地味なコミュ障女子だった。
その度の強いメガネは銀縁で、サイドになぜか、
阪神タイガースのエンブレムがついていた。
それゆえ、知らんおっちゃんに、阪神ファンか!と嬉々として間違われ、非常に迷惑だった。
私は野球知らないので、メガネになんかの模様が入ってる、ぐらいしか思っていなかった。
そして、ヘアスタイルは、当然、定番三つ編み両サイドおさげだ。
友達がいないから、休み時間は読書だ。
当時、理科の教科書に出てきたミドリムシから、私のあだ名は、ゾウリムシ、だったが、
かろうじて、いじめられてはいなかった。
どうだ。典型的なバックグラウンドだろう。
そんなある日、
クラスの男子全員が好きだったほど、可愛い可愛い人気女子、峠さんが言った。
『みどりちゃん、エレクトーン上手やんか、
だから、トップガンの歌詞を、カタカナで書いてくれへん?♡』
おい、待て待て。
「だから」の筋が通っていない。
エレクトーン弾けるからって、英語できることにはならへんやん?
混乱した。
峠さん、今思えば、可愛い顔したジャイアンだった。
しかしながら、
「地味コミュ障の私が、もしかしたら、この無茶振りを受けることによって、英語のできるすごい女子、に格上げされ、クラスの人気者のスターダムを、一気に駆け上がれるかもしれない。」
自己顕示欲と邪念が、ふつふつと湧いたのである。
『…うん。…いいよ。』
そうやって言葉少なめに、ジャイ子の無茶振りをお受けし、放課後、メラメラと静かな闘志を燃やしながら、走って帰ったのである。
英語の授業はまだ先の学年だったし、アルファベットすらわからず、英語の歌を口ずさむことは未知の世界。
もちろん、歌詞カードは全く読めず、意味も全くわからないなりに、耳で聴いたまんまを、カタカナで一心不乱に紙に書いた。
それがこちら。
ハーエートーダー・ハイデダーン
(Highway to the Danger zone)
なんでそうなる。
歌うケニー・ロギンスも、きっと激おこだ。
さらにもう1曲、
トムクルーズのラブチューシーンで流れていた、
ベルリンの「愛は吐息のように」は、
ワリバリマーシャ
(Watching every motion)
もう、ここまできたら逆に、センスさえ感じる。
とはいえ、
ハーエートーダー・ハイデダーンも、ワリバリマーシャも、いまだ忘れもせず、呪文のように覚えているほど、当時は、ものすごく一生懸命に、聴いたのだった。
そこは、よくやったと褒めてやりたい。
話を元に戻し、依頼から数日後、
カタカナ歌詞フルコーラス2曲分を、峠さんに持って行った。
彼女は、すごいねすごいね!と非常に喜んでくれて、瓶に入ったキャンディをお礼にくれて、彼女の取り巻き(いじわる女子)たちも、クラスの男子も女子も、私がカタカナで書いた歌詞を見ながら、全員で大きな声で歌う、という日々が、しばらく続いた。
私もとても嬉しかったし、大きな達成感で満たされた。
スターダムこそのし上がれなかったが、峠さんの取り巻きのいじわる女子たちが、急に優しくなり、仲間にいれてくれて、時には一緒にイズミヤに行ったりした。
少し調子に乗った私は、おさげ三つ編みを切って、マッシュルームヘアにイメチェンして、明るいオレンジ色のセーターなんかを着た。
すると、男子から
『玉ねぎ』
という、新たなあだ名をつけられた。
ま、ゾウリムシよりは進化したか。
そんなこんなで、
トップガンといえば真っ先に思い出される、甘酸っぱい思い出。
峠さんは、頼んだこと、全く覚えていないだろうが、峠さんみたいな女子の、お願い甘え上手は、いまだに憧れである。
余談ではあるが、
ゾウリムシ→玉ねぎ、の後についたあだ名は、
『食い意地』
いくらなんでも、それはやめたげて。