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「チャイルド」にとって必要なこと。「感情に寄り添う』とは。

自分の中でピンと来たことがあったので書き留めておく。

私の母は5年前に病気で亡くなり、父は縁があり再婚した。私はそのこと自体は良かったなと思っていたのだが、どうしても父の相手の方と仲良くしたいとは思わなかった。ずっとモヤモヤとしていたが、今日ある言葉が落ちてきて、その理由がわかった。
「父を取られた」から。
そっか、それで嫌だったんだね。
そう分かったら、気持ちがスッとした。
自分の中の「チャイルド」の気持ちが言語化され、分かってもらえた、と自分の中で思えたから。

そりゃ子どもだったら、父を取られたら嫌な気持ちになるわな。

頭の中でずっと、「父にとっては良かったことなのになぜ心から祝福できないんだろう」「相手の人になぜ嫌悪感を抱くんだろう」と思っていたけど、「チャイルド」の気持ちになってみれば当然と言えば当然だ。

「父を取られた」なんて、普通は口にしないし、本気で誰かに言ったりもしない。でも、「必要な言葉」だった。

もう一つ、今日出来事があった。
小1の娘が、もう寝る時間も過ぎているのに動画から目を離さない。あと10秒と言ったのにまだ見ている。「ええ加減にしいよ」と強めに怒ったら、ふてくされて逆ギレしてにらんでくる。いつもなら寝る前にいろんな話をして過ごすのだが今日は難しそう。謝ったり話しかけたりしたが一向に機嫌は直らない。ずっと怒っている。なのに、そうこうしてたら娘が啜り泣きしだした。えっと思って見守っていたら、絞り出すような声で「そんなつもりじゃなかった…」と。娘は自分が悪かったのをわかってて、すぐ気分を変えたかったけどずっと怒ってしまったことに罪悪感の涙を流しているらしかった。
「そんなつもりじゃなかった」という言葉で私の怒りもすっとどっかへ言って、「ママもう怒ってないから」と言うことができた。

「感情に寄り添う」「気持ちに寄り添う」ってよく言うけど、それって「必要な言葉を用意してあげる」ってことだったんだ。

この時の娘は自分でその言葉を用意した。すごいと思う。

「そうか、あなたはこういう気持ちなんだね」

その感情にピッタリの言葉を「用意して」「声をかける」。これが、「自分の中のチャイルド」や文字通りの「チャイルド=子ども」にとても大切なことなのだ。

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