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10月の夜、札幌で過ごした不思議な夜。

初めての札幌

仕事で札幌に来ていた。
人生で初めての北海道はいつ、誰と過ごすことになるだろうと、ずっと期待していたものの、初めての北海道は一人で出張になってしまった。
もう少し…こう……胸の高鳴りが欲しかった……とは思うものの、仕事だから仕方がない。

2泊3日の札幌出張。
1日目の仕事を終えた私は、札幌の街に繰り出す。
隣にいるのは、73歳の松原さん(仮名)。


札幌って何があるんだろうか。

海鮮、味噌らーめん、とうきび、白い恋人、月寒あんぱん、縦長の海鮮おかき。
なんだかんだ、名物ってそれくらいしか知らない。
何を食べようか、どこに何があるのか、調べないまま札幌に来てしまった。
ジンギスカンは、食べたことないんだけど、多分、きっと、私は苦手。
500%食わず嫌いなんだけど、想像するだけで駄目だ。
私はそもそもにおいがするものが苦手で、柔軟剤だってわざざわ無臭の柔軟剤を探して使うほどのにおい嫌い。
そんな私が、クセのあるお肉なんて食べられるはずがない。
上司には「いっぱい美味しいジンギスカン食べてきなね~!」とは言われたものの、口にする勇気も、お金を払ってまで挑戦する勇気もない。
美味しいジンギスカンなら行けるのかもしれない…と頭によぎったりもしたけど、いやいや、そもそもなんだろうとにおいがするモノが駄目なんだからと考えを止める。

9月から九州、中部、東海、東北とあちこち出張の日々。
この出張では、到着してすぐ現地のラーメンを食べることを自分なりのノルマと課していて、もはやそれがルーティンのようになっていた。
札幌に行くなら、味噌バタコーンらーめんだろう、と勝手に思い込んでいた私はジンギスカンのジの字も頭によぎらせないまま、お店を探すことにした。
札幌駅に着いて、文字通り右も左も分からない私。
エスタとアピアの違いも分からない。
エスタ・アピアの文字と、矢印が書かれていたところで、そもそもそれが何を表しているのかすら分からない。
ショッピングセンターかと思って入ったらオフィスビルだったとか、マンションだったみたいなことが東京ではしょっちゅうあるのだけど、これはもしや札幌でも同じミスをしでかすのではないか…とついつい震えてしまう。
間違った建物に入った時の「え?いや、私この建物に用事があってきてるんですけど?」みたいな空気感を醸し出すのは世界で一番うまい気がする。
けど、北の大地を踏みしめている私はそんな小手先の演技をしたくもない。
(何を言ってるんだ)

どうやら、エスタもアピアも商業施設らしいということが分かり、安心して食事処を探すが…
これはどこがエスタで、どこからがアピアなんだ…そしてこれは地上にはどうやって出れるんだ、てか上の階にはどうやって行くんだ…え、これ今わたし何階にいるの…?という迷い具合。
段々仕事の時間が迫ってきて焦っている私が辿り着いたのは恐ろしい国。

なんやねん、「ら~めん共和国」って。
恐ろしすぎるぞ。一回足を踏み入れると出てこれないヤバイ国じゃん。

念願の味噌バタコーンをお腹に詰め込んで仕事に向かう。
味噌の味が口に残る私は、コーヒーでさっぱりしたくなって、ファミマに寄ることにした。
店員さんが目を見て「ありがとうございました!」って口にしてくれる…。
こんな優しさ、東京じゃ味わえない…他の地方でもなかった…。
前週に訪れた仙台のファミマなんて、店内に入ったら店員がブチギレてて納品のカゴと什器を殴りつけたりして叫びながら暴れてたからギャップにやられた。
(仙台の人、あの後大丈夫だったのかは永遠の謎)
(知らない方が良いこともあるよなと教えてくれたかけがえのない出来事です)
(ってことにしておこう)

ラーメン食べてファミマに行っただけで、
ちょっと札幌っていい街じゃないのよ……!
という雰囲気が私の周りに漂っていた。


不思議な出会い

私は、あざとい、らしい。
26歳社会人男性、あざとい、らしい。
なぜか最近、年上の女性に可愛がってもらえることが多い。

札幌での仕事、職場にいた清掃員のお姉さん。松原さん(仮名)、73歳。

「大学生?ちゃんと勉強しなきゃダメだぞー」

そう言って話しかけてきてくれた松原さん。
いやいや、社会人です。
なんて返答をしつつ、ちょっと嬉しくなる私。
最近、疲れ顔が気になっていたから、あれ、若く見えてます?なんて些細なことで心が弾む。
話をしていると、お孫さんがいて、東大に通ってる大学生なんだとか。
生まれも育ちも札幌で過ごされたらしい松原さん。
どうやら私のことを、お孫さんだと思って話をしてくれているらしい。
決して、認知的に障害があって、みたいな話ではなく、単純に年齢的に近いから優しくしてくれているというお話し。
私もずっとおばあちゃん子だったからなぁ、なんて思いながら話をする。

「今日かなり寒いんですけど、札幌って最近ずっとこんな天気なんですか…?」
「今日は寒いね。かなり寒い。」
「こっちの人からしても寒いってことは、東京から来た私は寒くて当たり前ですね…」
「今日は寒いよー。かなり寒いよ。」
「寒いんだろうなとは思ってたんですけど、ちょっと舐めてました。ここまで寒くなるとは…」
「今日は寒いからね、寒いよ、かなり。」

会話になってるのかこれは、というツッコミたい気持ちはありつつも
清掃の手が空いた度に私のところに来て、こんな話をしてくれる松原さん。

ローソンのコーヒーとスイーツをわざわざ買ってきて私にこっそり差し入れまでしてくれちゃう松原さん。
私は、札幌で仕事をしながら一体何をしているんだろうというよく分からない感情を抱きつつも、北海道のやさしさ具合は異次元だなと驚いている。

そりゃみんな東京に来たら、東京の冷たさにびっくりするわ、と納得してしまったりもして。
北の大地から上京して歌詞を書き続ける山口一郎の気持ちが少しだけ、少しだけ分かったような気がする。
とか言いながら、いや、これ、松原さんはかなり特殊なパターンなのでは…?と頭の中がはてなマークで満たされていく。

ホットコーヒーを身体に流し込みながら仕事をこなしていく。
ありがとう松原さん。


私のすすき野の過ごし方

仕事も終わり、どこかに一人でご飯でも食べに行くかと思っていると目の前のバス停に見覚えのある小さい背中。

「この辺って何か美味しいところあります?札幌駅まで行かないとないですかね」
「そっちいくと狸小路あるよ」
「たぬきこうじ……?」
「狸小路知らないんかい!」
「なんか商店街的な…?」
「そうだよ、すすき野のところにあるんだよ」
「すすき野!すすき野って近いんですか?」
「もうすぐそこだよ」
「あれ、もしかして、すすき野ってあの、有名なウヰスキーの看板あります!?」
「そうそう、それがすすき野」
「そっち行ってみたいです!」
「バスもあと20分来ないから市電まで歩くかな、一緒に行こう」
「え!良いんですか!行きます行きます!」
「ちなみにすすき野で夜の遊びをしたかったら良い店紹介するけど行く?知り合いが風俗経営してるから教えるけど」
「あ、全然大丈夫です」

工事中の札幌市内の道路を横目に観ながら、73歳のおばあちゃんお姉さんと一緒に歩く夜。
こんな過ごし方をするなんて考えてもいなかったけど、これが旅の醍醐味ってやつですかね。
あ、セイコーマートだ。

松原さんのこれまでの人生、旦那さんとの出会い、狸小路のおすすめのお店、仕事の話。
たくさん話を聞きながら、ゆっくりすすき野までの夜散歩を楽しむ。

「ほら、あれが看板だよ、ここがすすき野の入口」

私がスマホを取り出して写真を撮っていたら、松原さんはいつの間にか横断歩道を渡って市電に向かっていってしまった。
「ありがとうございました!また明日!」
聞こえてるか分からないけど、そう叫んで私はまた札幌で一人になった。

73歳 松原さん(仮名)のお背中

寒さに沁みる美晴さんの歌声

松原さんにすすき野まで連れてきてもらったのは良いものの。
私はお酒が飲めない。夜の街も興味がない。
どうしようか。
すすき野の街を見渡していると、どこからか歌声が聞こえてきた。

音楽を欲していた私は、何も考えずに無意識にその歌声のもとに歩みを進める。
大学を卒業してから一応、音楽に関係するような仕事をしている私(お茶は濁しておきたい)は、なんとなく、直感で好き嫌いが分かるようになってきた。
好きと嫌いのその理由は自分ではよく分からないし、言葉にはできないのだけど、直感で判断はできるようになってきた。
札幌の夜、私の耳に入ってきたギターの音と歌声は、聴きに行くことを選ばざるを得ないほどすすき野前の交差点に澄み渡っていた。

歌っていたのは美晴さんという、シンガーソングライターの方。
ギター1本で大阪から来たらしい。
普段東京にいる私が、札幌で大阪のシンガーと出会うなんて。

ただでさえ、今日は札幌と松原さんのおかげでいい夜になっているのに。
まだいい夜にしようとしてくるのか札幌。憎いぞ札幌。

美晴さん

東京にいると上手い路上ライブなんてたくさんあるけど、その場所で聞く理由がいまいち分からない音楽が多いような気がする。
演奏も歌も上手い、けど、今日、ここであなたの音楽を聴く意味は…?
と考えてしまうと、なかなか足が止まらない。
私は直感で好き嫌いを判断してしまうところがある。
だから、音楽とは出会いが大切だ。どう出会うかが大切。
好きでも嫌いでも良いけど、何かを思うことができれば心に残っているのだろうけど、東京で聞く音楽は好きにも嫌いにもならない音楽が多い。

その日、その夜、札幌の交差点で耳にした美晴さんの演奏と歌声は、恐ろしいくらい、この寒さとマッチしていた。
鼻を真っ赤にしながら口にする言葉には、とにかく真っすぐな感情が込められていて、どこか、寂しく思える歌詞が散りばめられている。
だけど、寂しさだけじゃない。強がりにも似たような、ちょっとした意地も言葉になっているような感じがする。

路上ライブで最後に演奏していた曲の「星を繋いで」という曲。
大きく空気を吸って、十分な間を取ってから歌い始める一曲。
この吸い込んだ空気で、一気に世界観を作り上げる。

満天の星を繋いで 願いをかけたの
来年の今頃もあなたと こうしていたい
満天の星を繋いで 知りたくなかったこと1つ
見上げても探しても あなたはもういない

美晴 ― 「星を繋いで」

美晴さんが高校生の時に初めてつくったというこの曲。
あなたがいない理由は分からないけれど、絶望している自分だけは確かに今ここにいて、それでもそれでも空を見上げるとあなたがそばに居るような気がして。
私に温かさを与えてくれたのはあなたで、また今、寂しさを感じている自分は確かにここにいるのだけれど、あなたと出会う前の寂しさとはちょっと違うんだよな。

「皆さんの大事な人を思い浮かべて聴いてください」と言いながら歌い始めたこの曲。
それにしては、あまりにも寂しすぎる曲じゃないか、なんて思っていたけど、目の前にいる美晴さんは物凄い笑顔で、歌詞を口にしている。
そうだ、そうだ、誰かとの別れというのは決して、1種類だけのものではなくて、色々な別れがあるんだった、ということを思いだした。
どうしても、自分自身の身の回りに起きた「直近の別れ」をすぐ頭に思い浮かべてしまうけれど、別れって色々なものがあるんだった。

空を見上げることで思い出してしまう、死にたくなるような夜もあれば
空を見上げることで思い出すことができる、温かい夜もあるわけで。
どれも共通点は、あなたはもう、今ここにはいないけれどという事実。

この曲を寂しい曲だと思っていたけれど、前を向くという意思を星を経由して、どこにもいなくなったあなたに伝える、そんな前向きの曲に聞こえてきて。

路上ライブで美晴さんを観ていたのは時間にして20分ぐらいの僅かな時間。
それでも、ギター1本で札幌に歌いに来た美晴さんの、"アーティスト"としての決意みたいなものが伝わってきた。
歌いながらあちらこちらと観衆を見渡すその目線からは、感謝の気持ちを伝える優しすぎるくらいの真心と、音楽と生きていく事を誓った力強い意志を感じて、グッと心を鷲掴みにされた。

素敵な夜でした。

2022年、素直に欲しいと思って手に入れることのできた唯一のCD。『君が旅立つ前に』


↓美晴さんのこと↓



ありがとう松原さん

2日目の札幌。松原さんとは最後の1日。

「これ、お土産」
カップ麺の詰め合わせ。
昨日出会ったばかりの若造にこんなことまでしてくれちゃっていいんですか、松原さん。
ありがとうございます、本当に。

帰り際に
「よかったら記念に写真でも一緒に撮ってもらえませんか」
御礼と共に、思い出を残しておきたくて事務所まで行ったら、松原さんもう帰ってる。

昨日たまたま出会った清掃のおばあちゃんお姉さん。
これまでの人生を聞きながら夜のすすき野を一緒に歩いて、
お土産をたくさんもらって。
何があるか分からない人生だ。

札幌で過ごしたほんのわずかな時間。
寒くて凍えそうな夜は、どこよりもあたたかい夜だった。

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