【一駅日記】夜に溶け合ってる気になるなよ ― マカロニえんぴつ「ブルーベリー・ナイツ」
夜の改札口、抱き合う2人、泣き出す2人、歩き出す2人、色々な2人がいる。どれも邪魔な2人だ。
人前で何してる。どいてくれ。通路で立ち止まるな。邪魔だよ。
壁にもたれかかってるからよけてますよっていう配慮はしてるんだろうけど、結局そこにいたら通路がその分狭くなるんだ。
どうであれ、なんであれ、そこにいるな、帰れ。令和だぞ。いつでもどこでも繋がれるシームレスな社会なんじゃないか、帰れ帰れ。
2020年の夏、熱帯夜の纏わりつく空気のせいで汗をかいていた私は涙も垂れ流していて、人前であることを忘れて顔面をぐっしゃぐしゃに崩していた。ここは改札の前。
今日は私が邪魔な存在。
駅を利用する人にとっても邪魔な存在。
も？あなたにとっても？
傷つかないための気付かないふりばかりだ
信じることは悲しいこと
人前を気にしないで抱き合う2人や夜に溶け合ってると勘違いをしている2人に、死んでもなるもんか、と思っていた私はいとも簡単に消え去って
ああ、そうか、人はいつどの立場になるかなんて分からないんだな、だからこそ他者に寛容にあるべきだし、理解できないからといって決めつけてしまうのではなく想像する力が必要なんだよな、どっちが正しいかどうかの論争をするよりも、どうしたら自分の頭の中では組み立てようもない出来事が世界では容易く起きてしまうのかに関して考えることができるようにしなきゃいけないんだよなとか、この瞬間に全く必要のないゴミ同然のようなことに想いを馳せて現実逃避をしようとしている。
それはきっと、あなたに伝えたい言葉でもあったんだなと今になればわかる。
今なら、私のこともっと知ろうとしてくれても良かったんじゃないのって言葉に集約できる想いもその時は言語化ができなかった。
姑息で孤独なあなたが嫌いで、でも好きで
そんな自分も好きだった
ああ、そんなこともあった。
うんうん、懐かしいね、この場所だよ。
なんて思えるようになった2022年の今日。
初夏の気温が訪れた東京で私は久しぶりに泣きじゃくった改札前を抜けていった。
あの時と同じことを探してみる。
なんだろう、何があるだろう。ただ汗ばんでることぐらいか。
これは成長？自立？記憶が薄れただけ？
それともそんなこと思う時点でまだ何も変わってない？
ただ改札を通るだけ、なのに前日から寝れないとかそんなことある？電車恐怖症？そうなのかもしれないね。
ねぇ行かないで 棄てないで
もう縋ったって遅いけど
最近何してるか知ってる？と聞かれて「知らないんですよ、最近連絡とってなくて」と答えるまでの僅かな時間の中で
連絡なんてもう取ってないし、取る気もないし、死んでしまえとしか思ってないし、未だに中指を立てているし、あんなに仲良くしてもらってたのにびっくりですよね、そうですよね、私もびっくりですよこんなことになるなんて。今この世にいる人間のなかで一番距離感が広がってしまいました、人生何があるかわかりませんね本当に、本当にこれまで大変お世話になりました、その節はどうもどうも。でも別に誰が悪いとかじゃないんです、なのでこれからも仲良くしてあげてください、気にかけてあげてください、ボタンの掛け違いってだけなんで、あ、でもこのボタンを掛けなおすことはもうないんですよ、その衣装のままもう歩き始めてしまったので。
とか言おうかと思ったけど、別にわざわざ言うまでのこともない。
少し前までなら自分を保つために、自分のガス抜きをするために口にしないと心が押しつぶされてしまいそうだったけれど、
なんだろう、今日は押しつぶされずに乗り越えられる気がするし、この人たちの前では仲良かった2人の姿を壊したくないとか思ってしまう。
せめてこの人たちの頭の中には、あの仲良かった2人を生かし続けて、残しておいてもいいんじゃないかと思ってしまった。
そうじゃないと本当に私の思い出が何一つなくなってしまう気がして。
覚めないで 夢なら
忘れたいの 本当なら
行かないで 棄てないで
もう縋ったって遅いかな
ヘンゼルとグレーテルのパンくずのように、一つずつ記憶を置いて歩いて行ってもいいんじゃないかな。
私の記憶、私にまつわる記憶、私だけの感情の記録。
それを鳥たちが食べるかどうかは知らないよ、好きにしたらいい。
きっとパンくずを撒いて歩いている記憶だって次第に無くなっていくんだ。
こうやって、少しずつ夜を乗り越えていける私のように、変わっていくんだ。
手に持っていたパンは、いつまでも過去のために使わないよ。
新しい道を見つけたんだ、この道はパンがなくても良さそうだよ。
振り返る必要がなさそうだからね。
そんなことを思った私の横で流れていた音楽はマカロニえんぴつの「ブルーベリー・ナイツ」でした。
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