草稿|詩人と人喰いの鬼
こんにちは、緑木ともです。
現在執筆中の作品の冒頭部分(まだ草稿の段階ですが)を公開しようと思います。
内容はそのまま詩人と人喰い鬼のお話。
今まで書いてきた物語の中で一番構成を練りました。というか構成やテーマをきちんと細かく編んだのは今回が初めてかもしれません。
誰かに響く作品に仕上げていきたいです。
麓の街から見た山は恐ろしいほどに美しかった。その山について住民に聞くと、なぜか誰も近づかないという。多くの人があの山から目を背ける中、もう一度返り見る。人の手がほとんどつけられていない綺麗な森が現実的ではなく不気味だった。
一年ほど前、その麓の街で何不自由なく暮らしていた一人の少年の消息がわからなくなった。家族を持たない少年だったが、学校の成績は優秀で愛嬌もあった。多くの住民が彼を心配して、街の警備隊も捜索にあたった。しかし、半年経っても彼の行方は分からなかった。もしかしてあの山にいるのではないかと噂されている中、誰一人として山まで探しに行くような人はいない。今では彼の幼馴染だけが、街の片隅で探し続けている。
そんな麓の街から続く舗装されていない山道を歩き続けると幻想的な花の群生地に足がつく。さらにその奥、もう少し上ったところに流れる川の上流に一つの洞窟があった。そこに鬼が住んでいる。
この世界に名を馳せる著書のいくつかが散らかった岩窟だった。彼女はそこでもう何年も生きている。本以外何もない。しかし彼女は別にそれを気にはしていないようだった。
彼女はやつれた本を地面に置いて何かを呟く。いやいや立ち上がると、脳みそが縮むような不快感とともに視界が白んだ。フラフラと壁に寄りかかって一息つく。座りたくなっても、またこの不快感を味わうのが嫌だったから無理矢理足を動かして外に出た。
雲に隠れた太陽から放たれる白い日光が彼女と枯れた森を照らす。冷えた風が落ち葉を拾って行った。その寒さが彼女の体を震わせる。冬が始まろうとしていた。
落ち葉を踏むと遠くから枝が数本折れた音が聞こえた。
「誰かいるの?」
彼女は言った。返ってこない言霊が、ただ一人ぽつんと立つ彼女を額縁で括った。彼女はさしてそのことを期待しているわけでもなかった。
むしろ怖い、恐ろしい。恥ずかしい。
彼女にとっての食べ物はまるでその死を慈しむかのように散った山茶花に囲われていた。食欲にあがらうことはできずに彼女は鋭利な牙をその死に突き刺す。固まった肉を貪る、血が溶けて流れ込む。何もかも罪の味がする。生きるために仕方ない食事をなぜか、罪以外だとは思えない。それが彼女にとっての生だ。
えも言えない寂しさが彼女を襲って、仰いだ空は赤く燃えていた。詩人はその空の感情を見て詩を書く。彼女は枯れた涙を流した。