パパのドーナツ
夫・アディが仕事から帰ってきた。
大きな袋を手に提げている。
ドーナツやポテトチップス、牛乳などの娘プーちゃんや私の好きなお菓子や飲み物が入っていた。
「も~、これから晩ごはんなのに、こんなもの買ってきて今渡さないでよ~(ごはんより先にお菓子を食べちゃうから)」と思ったけど、言わなかった。
アディの顔色があまりよくなかったからだ。
今日アディはお腹の調子が悪くて、昼間にお手洗いにこもるために帰宅したほどだった。
「まだおなか痛いの?」
「ちょっとね」
そっか。ごはん食べられるかなぁ…疲れてそうだなぁ…。
*
アディは、もって生まれたものなのかどうか知らないが、とにかく家族のことをよく考えている。
「自分のことはいつも後回しにして家族のことばかり優先する母親」が語られることがしばしばあるが、我が家に限っていうと、これは父親であるアディのことだ。
今日もおなか痛くて疲れてるのに、プーちゃんや私を喜ばせるためにお菓子を買ってきてくれたのだろう。
しかし、アディの「家族のことを考えている」は、アディの考えたいことをアディの考えたい方法で考えたものなので、私のそれとは異なる。
たとえば冒頭のように、アディは私たち(とくにプーちゃん)が喜ぶだろうと、帰宅後すぐに「じゃじゃーん!サプラーイズ!」とお菓子を渡すが、私は「ごはんを食べなくなるから今渡さないで~」となる。
このお菓子についてもう一つ付け加えると、アディは一日単位で収入を得て家にお金を入れるのだが、その日の収入が多いとこうしてお菓子を買ってくる。
私は「ぎゃー、ちょっと今日の収入が多かったからってすぐにお菓子買わないでー。うちら借金返さないといけないんやからー」とアディのお金に対する計画性のなさに怒りと失望との混じった気持ちになる。
これまで何度か指摘してきたが、右から左に聞き流されているのか、いっこうに変化がない。
私は、アディが私たちを喜ばせたいがばかりにそうしているのはわかるが、「本当に喜ばせたいなら私の言ってることも聞いてよ!」と思っていた。
*
話を戻して、今日のお菓子のこと。
プーちゃんが早速、ドーナツをパクパクッと一つ食べた。二つ目に手を伸ばそうとしている。
「あー、もうこれで今日の晩ごはん食べへんな…」と思ってプーちゃんの手の先を見ていたら、ドーナツがすごくおいしそうに見えた。
「ママにも一個ちょうだい」
私もおなかがすいていたのだ。
プーちゃんは快く「いいよー。どれにする?」とドーナツを箱ごと差し出した。
「ママはドーナツを1個食べたあと晩ごはんもちゃんと食べるもんね…」と心の中で誰に向けてかわからない言い訳をしながら、私はドーナツを一個手にとった。
いっただっきまーす!
ドーナツの上に彩どりのチョコレートカラースプレーが飾ってある。それが落ちないように、あーんと大きく口を開けて、ガブリと一口目のドーナツを食べた。
あ~おいし~!
思わず頬がデレ~ンと緩んだとき、アディと目が合った。
私はアディに向けて笑った。
アディの口から、ブホッと息と声とが一緒に出た。
アディも笑っていた。
父親が子どもを見て「かわいいなぁ」と思うような顔だった。
いや、「愛おしい」のほうがより似つかわしい。
清少納言の「なにもなにも ちひさきものは いとうつくし」の世界だ。あれは女性が共感する文章だと思っていたが、女性だけではないのだな。
アディのこの顔をみたとき、私はアディが心から私たちが喜ぶことを喜んでいるのだとわかった。
頭で知っているのと違う、「わかった」という実感。
あぁ。「ごはん食べなくなるやん」とか「貯金が」とか、チンケなことを考えるのはよそう。
おいしかった、ありがとう、パパ!
アディは、その一言を聞きたくて、今日も一日働いたんだから。
ありがとう、パパ!
今日もお疲れ様でした。
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