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ちるの日記vol.20 今年は選手名鑑が書けなかった
日々は、なかなかに慌ただしい。
先々週はインドへ出張に行ってきた。
「インドでお仕事」なんてちょっとインパクトのある響きだが、行先は”インドのシリコンバレー”の別称でも知られるバンガロールであり、豪勢な造りの空港、それなりに整ったインフラ、決してきれいではないもののそこそこ澄んだ空と、言うなればスタンダードな海外都市の景色がそこにあった。人生を変える体験なども特になく、粛々とお仕事をするだけの日々だった。特筆すべき体験なんて、到着初日、僕の頭の上に鳥のフンが落ちてきたことくらいだ。話のタネにすらならないトラブルに遭遇した僕はいろんな意味でがっかりして、ローカルスタッフに「たとえば鳥のフンに当たると宝くじにも当たるとか、そういう迷信が南インドにはあったりしないかな」と尋ねてみたが、彼は憐れむようにかぶりを振り、そんな縁起のいい迷信は聞いたことがないし、そもそも宝くじなどというものすらここにはないのだ、と言った(インドは大半の州で賭け事の類が禁止されているらしい)。彫りの深い顔の彼が哀しみの表情を湛えると、その情感が10倍増しくらいでこちらに伝わってきて、なんだか慰められる。とにかく急いでホテルに戻ってシャワーを浴びた。
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妻の出産予定日も刻々と迫ってきた。僕も休日は「プレパパ教室」に参加し、赤ちゃんの人形を相手に慣れない沐浴体験をやったりしている。その出来栄えはというと相当ひどいもので、助産師から「◯◯◯さんの持ち方、赤ちゃんの頸動脈を締めて殺しちゃってますよ」などと指摘が入り、僕は「あっあっあ」と狼狽えたりしている。こんな調子で僕は本当に父親になれるのだろうか。
妻はというと、図書館で借りた「たまひよ女の子のしあわせ名前事典」と「輝く未来へはばたく赤ちゃんの名前事典」を、最初から最後まで読破したようである。そもそも命名辞典というのは一冊まるまる読むものなのだろうか。候補をいくつか考えたのち、参考までにパラパラとめくる代物なのではないか。もう軽はずみに「娘の名前、ルンちゃんはどうかな」とか、冗談でも言えない。
今まで勝手に「ぼんやりした者同士の夫婦」だと思っていたけれど、妻は日増しに母親の顔になり、お腹の子は着々と育ち、僕は言い知れぬ焦りを感じている。いちばんどーんと構えてなきゃいけないのはお前なんだよ、気合入れろよ、と心の声を感じつつも、ただただ焦る。
そんなこんなで、どうやら今年は選手名鑑を書く暇がない。
過去3年間、僕ははてなブログのほうに、東京ヴェルディのオリジナル選手名鑑を書いていた。自分で言うのもなんだが、相当熱量高めに書いた記事であり、新シーズンを前に読み返してみてもなかなか乙なものだと思う。よかったら見てみてね。
サポーターが書く選手評ほど面白いものはない。そう思っている。番記者が書く文章には到底クオリティが及ばないとしても、そこに記された偏愛が持つ力は、時に公式のそれを凌ぐと思う。それに、人の記憶なんてとても曖昧だから、その時々に刻まれた本音は、貴重な証言になる。っていうか、過去の選手評を後々Web上で見返すことができるの、単純に楽しいし。今でも僕はブックオフで10年20年前の選手名鑑を思わず手に取ってめくってしまう人だ。
もともとはヴェルディに興味のなかった友人に対して作った、極めて個人的な名鑑だったとはいえ、広くサポーター界隈に向けて書くことへの意義も見出していたつもりだった。
ただし、今年はちょっと無理。毎年これを書きあげるのに2月上旬の通勤時間のほぼ全てを執筆に費やし、休日を2日間くらい潰していたけど、もうそんな時間はない。あと、今まで主に公式から写真を勝手に引っ張ってきていたけれど、別に一銭も収益を得られないブログとはいえ、その行為に対する罪悪感がいよいよ大きくなってきたのもある。ヴェルディがJ1に上がったことで、サカダイやエルゴラの名鑑も充実したから、書く理由が薄れたな、って本音もある。
でも、せっかく3年間続けてきたことを放り出してしまうことへの悔しさがないって言ったら、それも嘘になる。
たかが個人ブログの一記事が書けなくなったってだけの話だし、もちろん今なによりも優先すべきなのは家庭のことだと、重々承知している。だけど、物を書く文化の担い手になりたい、という気持ちは自分の中でずっとあって、毎年作る選手名鑑はその象徴だった。それなりに重たいものだった。
書く、ひねり出すの作業をする人はみんなえらい
— ふかば (@VCB_25) February 4, 2022
”平凡”な人生をこなすのに精いっぱいのお前が、文化を作ろうだなんてとんだ思い上がりだったんじゃないの?
心の声がまた聞こえてくるけど、返す言葉はない。