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癌になり30代で遺影を撮った日の後悔と気づき。


撮影の動機

今は亡き父方の祖母は、元気なうちに美しく愛らしい遺影を写真館で撮影してもらい、それは現在も本家のお仏壇に飾ってある。
それに対して今も元気な母方の祖母が「自分ばっかりあんな素敵な服着て!若くて綺麗なうちに撮影しておくなんて!」と褒めてるのかけなしてるのか分からない嫉妬をしているが、相手は既に死んでいるので憤りをぶつける先がない。その姿を見た孫の私が笑うばかりだ。
一方、祖父が死んだ際は遺影の用意がなかったので、集合写真から抜き出したバストアップを拡大し背景を無地に変えたものを使用した。
祖父は伊達男だったが集合写真の彼は目が半開きで、更に拡大したため画質が悪く、ボンヤリした遺影には彼らしさが全く無い。
オシャレや身なりにうるさかった本人もあの世で「しくじった」と悔やんでいるに違いない。

死後10年経てば遺影だけが史実

祖父母の死後、幼い娘たちを連れて本家を訪れた私は気づいてしまった。
彼らの死後に生まれた者にとっては、部屋に飾ってある一枚の遺影が故人の情報の全てであることに。
可愛い服を着て甘く微笑む祖母の遺影は娘にも好評で、娘が祖母について聞いてくる時は「あのニコッて笑ってる写真のお婆ちゃんってさ~」という言い方をする。遺影の姿が焼き付いているようだ。
祖父のことを尋ねられることもあるが、特に遺影に言及されることはない。
古いアルバムをめくればイケメンな祖父も出てくるが、滅多に引っ張り出さないアルバムの写真よりも、自然と目に触れる遺影の印象が勝つ。
私にとって(これは祖父じゃない)と感じる味気ない遺影も、生前の彼を知らない曾孫達にとっては曾祖父そのものなのは見ていて少々もどかしい。
私が遺影に拘るのは一度きりの葬式のためじゃない。(直葬希望だし)
欲しいのは将来生まれる子孫たちに「わ~~~昔こんな可愛いおばあちゃんがいたんだ~~~♡♡♡」って思ってもらうための自宅用の遺影だ…!

写真館に電話する

癌で手術したもののまだ腫瘍が残ってるし、人間いつ死ぬか分かんない。
よし、遺影の撮影に挑戦しよう。
写真館のメニューを見ると遺影撮影コースがある。
ただし60歳以上が対象。
どうしたもんかな。
とにかく電話してみなきゃ始まらない。

プルルル…。

写「はい、〇〇写真館です」
私「あのぉ、遺影撮影をしたいんですが、30代でもいいですか…?」
写「はい?遺影ですか?」
ウワァァァやっぱり珍しいパターンなのか!?と焦ってどもる私。
私「ええとですね、60歳未満なんですけど、こないだ癌になって、手術もして、何があるか分かんないからイエィを…w」
聞かれてもないのに重い身の上話を始めて自爆し更に焦る私。
写「なるほど、セルフポートレートをご希望ですね^^」

そんな素敵な言い回しがあったんかーーーい!!!

言わなくてもいいことを言っちゃって恥ずかしい…と思っていたが、精算時には「ハッキリ遺影と仰っていたので、遺影撮影コースのお値段でいいですよ」と言ってもらえた。
ありがとう写真屋さん。

撮影開始

お気に入りのワンピースと、普段より気合の入ったメイクでスタジオへ。
カメラマンは私より一回りほど年上の女性で、彼女が雑談を振ってくれて和やかな雰囲気で撮影開始。
写真館側があくまで『セルフポートレート』という意味合いで撮影してくれたお陰か、椅子にもたれたり、ちょっと首を傾げてみたり、遺影にしては遊び心のある写真になった。
撮影後、何十枚もある写真データの中から気に入った一枚を選び(これが難しい!)、代金を払って、あとは仕上がりの連絡を待つのみだ。

痛恨のミス、後悔、気づき

癌サバイバーであることを打ち明けていたこともあり、精算時にふとカメラマンさんが「お若いのに大病をされて親御さんもさぞ心配しているでしょう」と言った。
私は咄嗟に「いえ、あまり仲が良くないので会ってないんですよ」と答えた。
彼女はハッとしてから「いつか後悔しますよ、親は大事にしてあげないと…」と呟いて悲しそうに俯き、私は自分のミスを悔やんだ。
もしかしたらカメラマンさんは親とすっきりしない別れ方をしたのかもしれない。どんなに懸命に介護をしてもまだ出来ることがあったのではないかと思ってしまうものだと聞くし。
そしてきっとカメラマンさんの親は私の親とは違うのだろう。
母は私が癌になった時、手を叩いて笑っていた。本当に。
「近所の人がね~!(癌になったのが)自分じゃなくて良かったって喜んでたわ~!」と弾ける笑顔で報告するためだけに県外から車を飛ばして来た彼女を見て、ストンと(ああもう人間じゃないんだな)と腑に落ちた。
他人の注目を集められる話題が出来たことが嬉しかったのだと思う。
悪意は極めると無邪気に戻っていく。
大きな身振り手振りで子供のように話す母。
『娘が癌になった話』がご近所の大人にウケた様子を熱を込めて何度も再演してみせる姿は幼児と大差なく、今まで他人を妬んだり恨んだりしてばかりだった母が『娘が若くして癌になった』というインパクトのある話題で他人に注目され、幸せに浸れるなら、もうそれでいいと思えた。
とにかく、私の癌は母に切り売りされていた。
そういう親であることは割り切っている。
でも世間様には未熟な親不孝者としか見られない。それはまだ苦しい。
さっきまで親しく話していたカメラマンさんが遠い人になった気がした。
ネット上には毒親サバイバーの手記が多くあるので麻痺していたが、私たちはこの世界で異端なのだ。
大抵の親は子供を愛していて、未熟な子供側がそれをうまく受け取れなかったり照れくさかったりして「親孝行、したいときに親は無し」という諺にある結末を経験する。それは人間として切なくも健全な通過儀礼に思えた。
カメラマンさんに「違うんですよ」「そういう親子関係じゃないんです」と言い返したかったけれど、それを言って何になる。
癌になって云々よりもっと面倒な身の上話。
発言後に後悔して、二度と写真館に顔を出せなくなるのは明らかだ。
私は「そうですね、そうします」と嘘をついて笑顔で写真館を後にした。
酷い娘だと思われただろう。
それに、もしかしたら普段は忘れていられる悲しい過去を思い出させてしまったかもしれない。
ずっと仕事モードだった彼女の動揺や、物思いに耽るような悲しい目が印象に残っている。
お仕事中、本人の心構えもないまま素を暴いてしまったようで申し訳ない。
「後悔しますよ」「大事にしてあげないと」という言葉は、私への善意のアドバイスであり、彼女自身に深く言い聞かせるようでもあった。
悔いがあるからこそ、年下で親が健在の私に言わずにいられない。そんな感じがした。
きっと、幸せな親子関係にも苦しみや後悔は存在する。
例えば親が認知症になって自分のことを忘れても、私だったらどうとも思わないが、親を大好きだった子供にとってはどんなに辛いことだろう。
生まれた時からずっと心の支えだった親が、自分を忘れ、弱り、人並みのことも出来なくなっていく…。
世話をしていれば、その現実に直面し続けることになる。
毒親サバイバーにとって理屈では理解できるものの、心から共感することは出来ない悲しみだ。
私たちはそれぞれ、分かち合えない不幸を背負っている。
そう考えれば、世間に理解されない悔しさや腹立たしさも少しは紛れる。
お互いに歩んできた道が違うのだから、相手が見てきた景色が想像できないのは仕方ない。
一般的には「親を大事にすべき」という常識があるから、親から逃げた毒親サバイバーはマイノリティかつ肩身が狭く、世間からの無理解に苦しむことになるのだが…少なくとも私は自分の頑張りを知っている。
だからこそ私は同じ境遇の人たちの頑張りを肯定する。
誰かが認めてくれるのを待つよりも、私は私を認めるし、私と同じ道を選んだ人たちを認める。
世間からの許可を待つ側で終わらず、自分が許可を与える側になる。
だからって、理解してくれない人を責めもしない。
ただ歩んできた道が違うだけなのだから。
カメラマンさんとのやりとりを通して、それが大事だと気づけた。
そして親と付き合いが無いことを軽はずみに話してはいけないことも学んだ。
いい親だろうが悪い親だろうが、子供の心には親の爪痕が残っていて、ほんの些細なきっかけでそれが疼いて動揺するのだ。

セルフポートレートを残す

後日、写真館から仕上がりの連絡をもらい、私は遺影サイズのセルフポートレートを受け取った。
「1~2年に一度、記念を残すつもりで撮影にいらして下さいね。いつだってその時が一番若いんですから」とカメラマンさんがすかさず営業トークをしてくる。良かった、すっかりお仕事モードだ。
彼女は「次も私が担当しますからお任せ下さい」と約束してくれた。
話が合う部分もあれば、絶対的に分かり合えない部分もある人。
この人に限らず、すべての人がそうだ。
彼女に会うたびに、わざわざ蒸し返して謝るほどではない後悔や、理解してもらえないという独りよがりな寂しさ覚えた日のことを思い出すだろう。
彼女もまた私に対して思うところを胸に秘めながら撮影に臨むのかもしれないが、それはもう確かめようがない。
私たちはカメラのレンズを通して、良い写真を撮るという共通の目的に向けて協力しあうだけ。今ここにいる私(被写体)の最高の一瞬を残すために。
これまでセルフポートレート撮影という概念は無かったが、遺影の撮影に挑戦したことで、素敵な服を着てメイクした姿で「一番若くて綺麗な自分」を定期的に残しておくのも悪くないと思うようになった。
生きてさえいれば2年スパンで撮影に行ってもいいかな、と考えている。
最新の写真は遺影候補としてストックしておき、無事に2年後を迎えたら以前の写真は遺影候補からセルフポートレートになる。

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