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掌編 ある一書
神話部お題 「見るな!/The Taboo
of Don't Look ! 」
【ある一書】
夢にうなされて目を覚ました鳥麻呂は、カタカタと揺れる文箱を凝視した。中にはスメラミコトに献上する日を待つ書物が入っている。
ーー 夢はまことの話とーー
夢に現れたのは、白く揺らぐ霞のような物だった。
書物を手にする鳥麻呂に、霞の奥から声が聞こえたのだ。
「舎人鳥麻呂よ、それでは不完全であろう」
「…… なんと……」何者にしろ、鳥麻呂は心を見透かされたようで青ざめた。
「それを献上する前に、せねばならぬ事があるはずだ。真を記し、決して誰の目にもふれぬようにして祀れ。さすれば我が魂は眠りにつき、偽りは偽りのままやがて正しきものに昇華するであろう」
「いったい誰なのだ …… 」
「我はふることのふみ」
鳥麻呂は、古事記編纂の実務を行う舎人のひとりで、帝紀旧辞の解読や古くからの言い伝えを調べながら、作業を行なう舎人衆をまとめていた。舎人の入れ替わりもある、長い歳月をかけた作業だったが、完成まであとわずかだった。じっくりと読み直すために持ち帰ったものの、これで良いのかと悩んでいた。
ーーかなりの作り替えがあるーー
古い時代の言葉を解読するにつれ、帝紀旧辞ですら正しきから離れている事に気がついた。
ただ、先に献上された書紀共々この国の国書に相応しい書でなくてはならぬと、そこは心底心得ていた。
ーーそうは言っても神代の物語なのだーー
神の名が整然と並ぶ、あまりにも出来すぎた冒頭。
話を繋ぐために置き換えられた神格。
「畏れ多い事」
考えるや否や、鳥麻呂は文机に向かって筆を走らせていた。
思いつく限り、真実だと思う話を書き連ねてゆく。
既に完成している古事記を大極殿に戻すと、風邪をひいたと嘘をつき、ひと月近く寝食を忘れて作業に没頭した。
「よし、これでいい」
精も根も尽き果てていたが、鳥麻呂はさる人物を頼って山城まで赴いた。
「それで良いのだな」秦一門の男が念を押す。
「はい、決して祠を開けぬよう、中を見られぬよう計らっていただきとうございます」
こうして真実の古事記は封印後にしかるべき場所に納められ、表に出た古事記が予定通り国書として定められた。
その後を伺い知る事はできないが、ある時、葛城山山中の社の側を寝ぐらにしていた浮浪人が命を落とし、落雷が原因だと報告された。近くにあった祠は無事だったと言う。
誰の目にも触れさせてはならぬと、永遠の眠りについたふることのふみの魂は、鳥麻呂の名前同様噂にすら登らずに、深く歴史の中に消え去った。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
*ふることのふみ 古事記の古い読み方
*架空人物による、全くの作り話です。
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![吉田 翠*詩文*](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/95218590/profile_9dba4d3876244d33cb4e6135eeeaca14.png?width=600&crop=1:1,smart)