掌編 実り来たりて古き時を思ふ
神話部お題 「三/TRIAD」
掌編 実り来たりて古き時を思ふ
良い気候に恵まれて今年も無事に実りの季節を迎えております。
程なく行われる新嘗祭の準備を前にしてのひと時、中宮宣旨の桂様による、神代を学ぶ会が開かれたのでございます。桂様は大層教養が高く、思慮深いお方でありました。
神代の話は多少なりとも聞き及んでいた女房達でありましたが、最近では歌以外にも日記などしたためる者も居り、神代の話に想像が膨らんで参ります。
国産みの後伊邪那美様が亡くなり、黄泉の国での修羅場を清める際に、伊弉諾様の体からは次々と神がお生まれになりました。
日輪なる天照様、月の神なる月読様。このニ柱に比べてとても生々しい存在の素戔男様。天照様が治める高天原で、天照様と素戔男様が対峙した後、地上で繰り広げられた素戔男様の活躍に話が及びました。
「とても面白うございます」
堅苦しい講義では無いため、女房達は思い思いを言葉にいたします。
「天照様のお召し物は大層雅なものだったのでしょうね」
うっとりとした顔で、いの一番にそう口にするのはやはり女でございます。
「伊弉諾様の左目から天照様、右目から月読様がお生まれになって、素戔男様はお鼻からとは、なんだかお可哀想。鼻汁にまみれてしまいますわ」
何を言うのかと笑い声もたちましょう。それにしても女同士の口は滑らかでございます。
「まぁ、伊弉諾様が三つ目では困りますもの」
「素戔男様は天照様とも月読様とも有り様が違いますね」
「神様と言うより、我々の世にいるお方のようにも思います」
女房達の口をついて出るあれこれを聞きながら、宣旨の桂様は口元に笑みを浮かべておられました。
ーー 気が付きましたか。上二柱からは人の及ばぬ理が、素戔男様からは人の有り様が伺える。母を慕って泣く幼な子の頃、姉を慕いつつ反逆的な行いをしてしまう若芽の頃。また怖れを厭わず大蛇を退治する盛りの頃。そして若人を鍛えて一人前にする翁の姿。およそ人が歩く道のおかしきを、素戔男様はたったおひとりで語っておられるのです。そして鼻は息をするところ。イキ、つまり「生きるを成す」初めのところなのですーー
桂様は一度居住まいを正すと、お優しい顔で女房達を見回されました。
「おやおや畏れ多い事。三柱はやがて時を経て帝に繋がるのですよ。さあ、噂話はそれくらいにして、先に進みましょう」
庭の木々が錦のごとく色付く季節。束の間、宮中には古の風が流れているかのようでございました。
〈了〉
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宣旨
中宮、東宮、斎宮に置かれた職。女房を束ねる筆頭としての役割を担う。
桂とは、実在人物では無い。わたしの作り話。
スサノオが鼻から生まれたとは、書紀においては一書曰くにあるのみで、古事記にて伝えられる話。
但し平安時代、書紀は読まれていたものの、古事記にはほとんど関心が払われていなかったのが実態。ただ今回は鼻を使いたかったので実態を捻じ曲げた←
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