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掌編 夢の跡
神話部お題 山岳
夢の跡
「小僧、そんなものは無い」
「金作だ、小僧はやめろ」
「よかろう金作、蓬莱山などは無いと思え。よしんばあったとしても、そいつを見つけたが最後、夢だと気付き幻となる」
蕾の膨らんだ桜が今か今かと咲く日を待つ。
つい先だって行商から帰ったばかりの男は油断なく周囲を見回す。眼光の鋭さは、隠し持つ短剣と同じだ。
不貞腐れている金作とは顔馴染みで、土手に腰を下ろしているのは、金作に旅の話をせがまれたからだ。
「お前もここの生まれなら、蓬莱山に行ってみてえなんて寝言を口にするもんじゃねえ」
「なんでだよ!不老不死の薬があって、天下を見下ろす極楽みたいな場所じゃないのかよ!」金作は気色ばんだ。
「蓬莱山を極楽みてえな場所だと思ってるなら尚更だ。そんな場所は無い。
いいか、我らは古い昔、烏天狗と噂されていた時代よりも更に古い時代から山に籠って修練を積んできた」
「山で修行って仙人みたいに?ならなんで蓬莱山なんか無いって言うんだよ…… 」
「よく聞け。役小角が祖と言われている修剣道が始まりだ。お前が思ってるのとは違うだろうよ。あまりにも強いので烏天狗に間違われただけだ」
「決して表に立たずに時代時代の天下取りに関わってきた。だが誰が天下を取った所でたいして変わらねえ…… 人は欲深い。天下を手に入れた後は世を見ずに栄華に酔いしれ、その欲の行き着く所が不老不死だ。…… くだらん。もし蓬莱山があったとしても、そこに辿り着くには何度も死を覚悟しなけりゃなんねえ厳しい道のりの筈だ」
そう言われは金作も俯いた。
「俺も旅に出たい、旅をすればいつかこの世の極楽みたいな場所にも行かれるって思ったのにな…… それが蓬莱山だと思ったんだ」
「お前なんぞはまだ小僧だ。生きるってのは旅そのものだ。その目で世をよく見てみるんだな。自分の目で見て自分の頭で考えるんだ。この里に生まれた者なら、俺の言った事がいずれわかる時がくる」
もうひと雨くればこの里でも花が咲く。
やがて満開の桜がここ、伊賀の里を隠すのだろう。
小僧と言われた少年は、後々句を詠み旅に生きるようになる。この里の出であることから、何らかの任を受けた旅もあったのではなかろうかと噂されたが、伺い知る事はできない。
蓬莱山を現実の理想郷だと思い込んでいた少年は、果たして理想郷の何たるかを知ったのだろうか。
俳諧の道を極めた男の作と言われる句がある。その男とは彼の事なのかも知れない。
夏草や兵どもが夢の跡
(了)
烏天狗を描いてみた。中世あたりではこの天狗が主だったらしい。
掌編本文 1000字
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どっかからお叱りを受ける前に言っておく。作り話だ、作り話( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
●芭蕉が伊賀の出身だったのは事実。ただ金作とは言ったが直接芭蕉と言うのは控えた。ニュアンスだけだ。←
● かつて日本においては蓬莱と常世は折り重なるイメージで考えられていたフシがある。理想郷に近い。
●修剣者ー山伏ー忍←単なるわたしの憶測。そして天狗が山伏の格好をしているのは興味深い。憶測には根拠があるがここは控える。
幼き頃の偉大な俳人と忍者の会話に、烏天狗と蓬莱山をかませて神話部的妄想が結実成就した🤣
毎度説明文が長くて申し訳ない😓
#mymyth202205 #掌編小説 #イラスト
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![吉田 翠*詩文*](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/95218590/profile_9dba4d3876244d33cb4e6135eeeaca14.png?width=600&crop=1:1,smart)